56.熊肉ジャーキー
ほかの買い物も済ませて山小屋に戻ると、昨日からシャルロッテが仕込んでおいた野菜スープを温めて昼食のかわりにした。
朝食をたっぷりいただいたシャルロッテはそれだけで十分だったけれど、ハルはスープだけでは足りないだろうと、斜めにスライスして表面をあぶったバケットも添えて。
そのバケットを少しずつちぎってスープに浸しながら食べていたハルだったが、そのうち砕いたバケットを全てスープ皿に放り込み始めたハルを見て、クスクス笑ってしまうシャルロッテだった。
「行儀が悪くてすまない」
少し拗ねたような顔をするハルがおかしくてさらに少し笑ったあと、シャルロッテはちがうの、と言った。
「カタリナがここに泊ったときにも、いまのハルさんと同じ食べ方をしていたことを思い出していたんです」
「そうか。てことは、これが第五騎士団スタイルってわけだな」
ハルは笑いながら、ぺろっと昼食を平らげた。
その肉の塊はどうするのかとハルが覗き込んできたのは、シャルロッテがまな板の上にそれをドンと乗せた時だった。
「これは、熊肉なんです。これでジャーキーを作るんですよ」
適当な厚さと大きさに切り分けて、干して、燻製にすると大雑把に工程を説明すると、ハルは興味津々な表情で「是非手伝わせてくれ」と言った。
狩った直後のものではなく1か月ほど熟成させたモモ肉をとお願いしていたから随分と柔らかくはなっているけれど、それでも切り分けるのはそれなりの重労働になるため、男の人に手伝ってもらえるのありがたい。
刃渡りの長いナイフを渡し、厚さの指示をしてハルの手さばきを見ていたシャルロッテは満足げに頷いた。
「ハルさんて、やっぱりすごい。何でも器用にこなしてしまうんだもの。さすがです」
「シャルロッテは褒めるのが上手いな」
その笑顔に不意にドキっとしたシャルロッテは、それをごまかすようにもう1枚まな板を取り出して、ハルが切り分けた肉をさらに縦長になるように切り分けていった。
ふたりで効率よく作業できたこともあり、切り分けだけで夕方遅くまでかかるのではないかと思われた切り分けの工程は驚くほどあっさり終わった。
棚から取り出した黒く乾燥した植物を見て「それは何?」と怪訝な顔をしたハルに、これは黒ユリと黒竜という植物を乾燥させたものだと説明しながら、シャルロッテがそれを顔に近づけると、ハルは何の疑いもなく鼻をくんくんさせる。
「へぇ~、ハーブ?」
「~~~~っ!!」
数秒後にハルが鼻と口を手のひらで覆いながらも咄嗟に悪い言葉が出なかったのは、さすが王族、立派だわと思いながら、シャルロッテはクスクス笑った。
「それ……何というか、随分クセのあるにおいがするね」
シャルロッテは、うふふっと笑いながら切り分けた肉にそれをまぶしていく。
「そうなんです。あ、安心してください。これは人間用ではないので」
安堵の息が聞こえる。
「よかった。熊肉ジャーキーだなんて初めてだったから是非食べたいと思っていたけど、その香りは俺には無理だ」
まんべんなくまぶし終えると、再び布にくるむ。
これで再び熟成させて香りをつけてから乾燥の工程に移る予定だ。
あの子の大好物だった熊肉のジャーキーを、タージンと一緒ではなくハルと一緒に作っている。
いつかまた会える日が来たらと思いながら、黒ユリの咲く季節になると山に登ってそれを摘み、乾燥させて保存していた。
それが日の目を見たわけだ。
あの子はまだこの味を、覚えているかしら……。
この日の夕食は、熊肉を手配してくれた『うさぎのしっぽ亭』のドリスがおすそ分けしてくれた、熊肉の鍋になった。
ありがたいことに、アク抜き、脂抜きの下ごしらえもしてくれていたために、野菜と煮込むだけですぐに食べられる状態だった。
熊肉は下茹でを何度か繰り返しておかないと脂っぽくなりすぎるため、丁寧な下ごしらえが必須の食材だ。
鍋には、キャベツ、ゴボウ、ニンジン、きのこ数種類を入れて、スープのベースはトマト味。そして白ワインを少し多めに入れた。
「ああ、美味しい。さっきの強烈なニオイの印象のせいで熊肉が苦手になりそうだったけど…これいいね」
味わい深く体が温まる絶品の熊肉スープにハルが目を見張るのを、シャルロッテはまた満足げに頷きながら眺めたのだった。




