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41.ドラゴンの専門家

 ブッシュモスキート討伐とケヴィンの一件が落ち着いて、シャルロッテはようやくドラゴンに関する調べものに着手し始めた。


 毎日午前中は、サイラスの紹介状を手に役に立つと思われる魔導研究所内の各研究室にお邪魔させてもらい、専門家の講義を聞いたり個人的に教えを請うことに費やしたが、正直ドラゴン関係の「自称専門家」は何の役にも立たなかった。


 わかったことは、おそらくこの研究所にはドラゴンのことをよくわかっている人はひとりもいないということだけだ。


 ランチのあと夕方まで書庫にこもり、ドラゴン関連の書物を読み漁っているほうがよっぽど役に立つ。

 先日読んだ本には『黒竜と白竜の違いで特筆すべきは、繁殖方法だ』と書いてあったのがとても興味深かった。

 これはとても古い研究書で、筆者の経歴にはオルディスの竜騎士団長を務めていたとあったから、それが本当ならばこの本の内容はかなりの信ぴょう性があると思われた。


 黒竜は基本、性別関係なく個体が絶命した後、その亡骸を苗床に黒ユリが群生し、ある日そこからまた黒竜が生まれるのだという。

 つまり繁殖ではなく、「生まれ変わる」わけだ。

 新たに誕生した黒竜は前世の記憶もしっかりあるという。

 そして、その果てしない輪廻の中で、稀に鱗の白い「白竜」に生まれ変わることがある。

 白竜は必ずメスで、黒竜ほどの大きさもパワーもない(といっても青竜に比べるとはるかに強い)かわりに、オスと交尾して産卵し、繁殖することが可能らしい。

 一度の産卵でタマゴはひとつのみ。

 何色の竜が生まれるかは、生まれてからのお楽しみだが、白竜が生まれることはないという。


 今朝は、この本の内容について、ドラゴンの専門家だというマーガレット先生に尋ねてみたのだけれど、彼女はそれを鼻で笑い飛ばした。

「そんなものデタラメに決まっています。まるで見たかのように何を言っているんだか。作り話だってことぐらいわかるでしょう?そもそも白竜の存在自体が創作だとも言われているのを知らないんですか?そんな本を信じるとはまったく…」


 端っから話にならないな、と思いながらシャルロッテがじーっとマーガレット先生の顔を見つめていると、研究室にいたひとりの女の子がおずおずと手を挙げて言った。

「あの…わたし、白竜を見たことがあります」


 するとほかの3人の弟子たちが一斉にその子のことをからかい始めた。

「出た!またルイーズの『わたし白竜見ました』発言!先生がいないっつってんだから、いないっつーの!いつまでそれ言うんだよ」

「嘘で気を引こうとか、そういうのやめなさいよ」


「嘘じゃありません。わたし3年前に本当に見たんです、あの白い体は白竜だったと今でも信じています」

 ルイーズと呼ばれた子は泣きそうな顔で必死に主張しているが、マーガレット先生は呆れた顔をしているし、弟子たちは一様ににやにや笑っていて、誰ひとりとしてそれを信じている者はいない様子だ。


 シャルロッテはルイーズのそばに近寄って尋ねた。

「それ、どこで見たの?あなたどこの出身?」

「リリーズ貿易港です。3年前の深夜にふと目を覚まして窓の外を見たら、白い竜が飛んでいたんです。海に向かって飛んでいきました」


 そうか、あの子はやっぱりオルディスに向かって飛んで行ったのね…。


「教えてくれてありがとう。わたしはあなたのこと信じるわルイーズ。その白竜、きっと今も元気に過ごしていると思うわよ」

 この研究所の建物を破壊するぐらいに元気よ———その言葉はどうにか飲み込んだ。


 何の役にも立たなかったが、とりあえずお礼を言って研究室を出ようとしたときに「頭のおかしなヤツがひとり増えたな」と、シャルロッテを揶揄する言葉と、どっと笑う声が聞こえた。



「サイラス先生、この国はひどいですね。ドラゴンとはとても闘えそうにない騎士団と、ドラゴンのことを何も知らないドラゴン専門家たち。いっそ、ドラゴンにめちゃめちゃにされてしまえとすら思うようになりました」


 サイラスはププッと笑った。

「いつになく辛辣だねえ、もしかして怒っているのかい?平和ボケというやつだよ、仕方ないだろう。ドラゴンになんて攻め込まれた経験がないんだから。幻の白竜が飛来してきて研究所の天文台が尻尾ひとふりで吹っ飛ばされます、なんて言って信じるわけないよね」


 シャルロッテは首を傾げた。

「サイラス先生が言えば信じるのでは?占いが外れたことないんでしょう?」

 素性の知れないシャルロッテがいきなり白竜のことを言って信じてもらえないのは仕方ないとして、サイラスの言うことならみんな真剣に捉えるはずだ。


 そう考えると、第四騎士団のサンダース団長はよくわたしの言うことを信じてくれたな…と、急にあの少年のような笑顔が浮かんだ。


「近いうちに国王陛下が諸国外遊から戻られる予定だから、そこで何か発表があるかもね。いま陛下は、周辺諸国に協力を取り付けるために御自ら頭を下げて回っているんだよ。ドラゴンが攻めてくるって聞いたら、みんな一体どんな顔をするんだろうね?」


 サイラスはなぜか楽しそうだ。

 おそらく、そういう占いが出たという発表があれば、貴族たちは冬の間に王都を離れてなるべく遠くの領地に行くのだろう。国内から脱出する人たちも多いかもしれない。


「なるべく早く、研究所の中を空っぽにしておくつもりではいるよ。建物に被害が出ても中に人がいなければ問題ないからね。それにドラゴンの色なんて白でも黒でも青でも、正直どうでもいい。医務室長のロバートにはすでにドラゴンの炎による火傷の治療を想定して回復魔法の鍛錬をしておくようにと伝えているから大丈夫」


 シャルロッテはしばらく黙っていたが、意を決したように言った。

「ドラゴンの来襲で王太子殿下が大怪我をします。ご本人にはハッキリ言えませんでした」

 その未来視を見たからには防ぐことはできない。

 クリストファーはドラゴンに大怪我を負わされることが確定しているのだ。


 サイラスはシャルロッテの震える手をしっかりと握った。

「わかった。よく教えてくれたね。それもロバートに内々に伝えておくようにする」


 そのまましばらく首をかしげながらシャルロッテの手を握り続けたサイラスは、神妙な面持ちで告げた。

「シャルロッテ……呪い殺したい相手でもいるのかい?もしそれがクリストファーなら、さすがにやめておいたほうがいい。それ以外の誰かなら、場合によってはきみのかわりに僕がそいつを殺してやるから、言ってごらん」


 シャルロッテはサイラスが突然何を言っているのかよくわからず、逆に首をかしげた。

「どういう意味でしょう?」

 サイラスの顔は真剣そのものだった。

「だから、きみが誰かのことを呪い殺す罪を背負う気なら、代わりに僕がするって言ってるんだよ」

「サイラス先生、それ、意味わかって言ってます?」

「もちろんだ。僕はかの戦争で大虐殺を行っているからね、殺した人数があとひとり増えるぐらい、どってことないよ」


 ドヤ顔で言うことではないだろう…。

 というか、意味不明だし?


「サイラス先生、落ち着いてください!わたしは誰も殺したくなどありませんから。突然どうしたんですか?」

 シャルロッテがサイラスの手を握り返して語気を強めると、サイラスは再び首を傾げた。


「だってシャルロッテ、きみは禁書に手を出しているじゃないか。わかるんだよ、僕には。ああいう類のものには、それ自体が呪いだったりするんだからね。書庫の司書に言っておかないといけないなあ。かわいいシャルロッテに妙な本読ませないでくださいって」


 サイラスに「禁書」と言われてようやくシャルロッテはピンときた。

 確かに読んだ。

 しかしそれは、人を呪い殺すためではなくて……


「乗り手のいないドラゴンの操り方を調べていたんです」

 そう言ってシャルロッテはにっこり笑った。

 


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