35.ケヴィン・マクロード(1)
高等学院を卒業した後、王国騎士団の入団試験を受けた。
正直に白状すると、どうしても騎士になりたかったわけではない。血は苦手だし、剣術に長けているわけでもない。
マクロード公爵家の跡目は長兄が継ぐことが決まっている。僕は後妻である母の連れ子で継父とは血のつながりがないし、端から公爵家を継ぎたいという野心も皆無だ。
こういう家族関係は貴族の間で珍しいものではなく、身の振り方は様々だ。
このまま養子として血のつながらない父や兄に仕えて仕事を手伝うのが一番ラクな道なんだろうと思う。
ありがたいことに家族関係はとても良好で、周囲からは僕が当然そうするものだと思われていた。
だからこそ、その暗黙の了解の既定路線から外れてみたいと思ってしまったのかもしれない。
「騎士団の入団試験を受けてみたいんだ」
家族がそろった夕食の席で思い切ってそう告げたとき、みんな一様に驚きの表情を見せたものの、後押ししてくれた。
「ダメもとでやってみろ」
「若いうちは何かに挑戦してみたくなるものだから」
「気持ちに区切りをつけるためにちょうどいいかもしれない」
どれもこれも僕が入団試験に落ちる前提の言葉である気がしたが、次兄の言った「気持ちに区切りをつけるため」は、刺さる言葉だった。
次兄はいま、王城で文官として勤務している。それは、跡取りではない者の身の振り方のお手本だ。
次兄がどういう思いでその道を選択したのかはわからないが、自ら納得して次に進むために何かにチャレンジしてみたほうが、たとえそれに失敗したとしても後々自分の人生を振り返った時に悔いは残らないだろうという気がした。
こうして受けた騎士団の入団試験にどういうわけか合格してしまった僕は、晴れて?王国第五騎士団所属の見習い騎士として、新たなスタートを切った。
第五のカタリナ・ハービッツ副団長のことを、最初はただの「お飾り」だと思っていた。
なぜなら彼女は、筆頭公爵家のご令嬢で、母親のアイリーン様は降嫁して王族を離れたものの国王陛下の妹君だ。つまりカタリナ・ハービッツは国王陛下の姪っ子という正真正銘のお嬢様なのだから。
そんなお嬢様がどうして男並みの腕っぷしと体力で重たい長剣をぶんぶん振り回して、口調も男みたいで、脳筋で、団員からは親しみを込めて「鬼」と呼ばれているだなんて誰が想像できる?
しかも、中身はまるっきり男のようなのに、王国主催の行事で披露するハービッツ副団長の剣舞はなんとも流麗で、シャランシャランという音とまばゆいばかりのキラキラが見えるような気がして、観衆を魅了するのだ。
ハービッツ副団長は、実力も容姿も完璧な美しい騎士だった。
そんな憧れの存在であるハービッツ副団長が、リリーズ貿易港での遠征任務を終えて帰ってきたあたりから、メガネのメイドをよくそばに連れて歩くようになった。
そしてそのメイドは、頻繁に朝の訓練を高台から見物していた。
騎士団の団員には女性もいるが、揃いもそろって全員が脳筋なため、良くも悪くもあまり「オンナ」を感じない。
そんな生活を送っている男どもは、あの子のお目当ては一体誰なんだという話で盛り上がっていた。
まさかそれが自分だなんて思ってもみなかったから、そのメイドを伴ったハルさんに呼び止められて訓練場の裏手へと誘導されたされたときは戸惑った。
第五は「訳アリ」の団員が多く、その筆頭がハルさんだ。
おそらく団長と副団長以外は、誰も彼の家名すら知らない。我々とは別行動が多く、諜報活動員なのではと噂されているが表立った詮索はタブーだ。
そのハルさんとも知り合いとは、このメイドは何者なんだ?
そう思っていると、ハルさんは呼び止めるのも聞かず、僕とメイドを置いて立ち去ってしまった。
メイドをチラっと見ると、何やらモジモジしている。
「あー、ええっと…このあとも訓練あるんで、手短にお願いします」
この雰囲気は、学生の頃にも何度か経験がある。
校舎の裏手に呼び出されて、女の子がモジモジしながら言うあれだ。
「わたし、シャルロッテです。わたしのこと覚えて……ないよね?」
お前のようなメガネのメイドなど知らん!
というか、そういう回りくどい言い方はやめてくれ。さっさと本題を言ってくれたら、こっちもバッサリ断りを入れてそれで終了だ。
「ごめん、そういうのいちいち覚えてないから」と冷たく言うと、次は3歳の頃の僕を知っているという突拍子もないことを言い始めた。
その頃はまだ実の父親であるバロン男爵も姉も生きていた頃だ。
何言ってんだ、コイツ。
「………3歳!?あーえぇっと…僕マクロード公爵家の三男てことになっているけど、後妻の連れ子でね、父のランツ・マクロードとは血がつながっていないんだよ。だからその頃はまだ公爵家には住んでいなかった。誰かと間違えてないか?ていうか、きみ、失礼を承知で聞くが何歳なんだ?」
「わたしはケヴィンより2つ年上よ。人違いではないわ、あなたの右側のおしりにはハート型の赤いあざがあることだって知ってるもの」
な、なんでそれを!
水浴びの時に団員たちに「かわいいじゃねーか」とからかわれてしまう乙女な形状のあざのことを、なぜこのメイドが知っているんだ!?
「お、おまえ、なんでそれを…まさか覗きか?痴女なのか!?」
「わたしは、あなたのお姉ちゃんのシャルロッテよ!」
そう言われて、周囲の空気が突然ひんやりした気がした。
ふつふつとした怒りがこみあげてきて「姉を侮辱するのは許さない」と吐き捨てると、僕はその場から立ち去った。
そういえばいつだったか、王城の廊下でたまたますれ違った次兄に、母のもとに王太子殿下からの使者がやって来て、過去のことをあれこれ尋ねて帰っていったらしいという話を聞いた。
ハルさんとも知り合いってことは、あのオンナまさか諜報員か?
筆頭公爵家にメイドとして潜り込み、さらにマクロード公爵家のことも調べているのか!?誰の差し金で?
……にしては、なんだか話の持っていき方がヘタクソすぎだったよな?
いやいや、それが作戦か?
ああ、わからない。もう知らねー。
とにかくもう二度と僕の前に現れないでくれ、とだけ思っていた。
しかしそいつはまた、なんとも忌々しいことに僕の初陣であるブッシュモスキート討伐の日に現れた。
相変わらずハービッツ副団長に気に入られているらしく、仲良く談笑しながら同じ馬に二人乗りしていた。
近いうちに、あのメイドには気を付けたほうがいいと副団長に進言してみよう。
小隊に分かれたときにハービッツ副団長と一緒になったのは偶然なのか、それとも僕ともう一人の見習い騎士が初陣であることを気に掛けてくれたのかは不明だった。おまけに、普段はいないはずのハルさんまで一緒だ。
今年のブッシュモスキート討伐は例年とは少し作戦が違うと聞いていた。
囮となった先輩騎士ふたりの間にあのオンナが座って何やら談笑しているのには、取り入るのが上手い奴だと腹が立ったが、討伐作戦は大成功し、安全にたくさんのブッシュモスキートを狩ることができた。
頭と胴体の間を縦方向に一閃で、という訓練通りに僕も落ち着いて順調に狩っていき、集合の合図がかかったときには、やり切った高揚感に満たされていた。
そのときだった。
背後の藪がガサガサと音を立て始め、その音がどんどん大きくなったと思ったところへ、突然キラーマンティスが姿を現した。




