34.ブッシュモスキート討伐
カタリナと馬に二人乗りっていう時点で、周囲から「なんなんだ、こいつ」という視線が向けられているのは痛いほどにわかる。
とりあえず「横座り」ではなく、しっかり跨っているというところは評価していただきたい。
思いもよらない形で、カシム村から王都に来る道中で語り合った「カタリナと一緒に馬に乗りたい」という夢が叶ったことを素直に喜べない状況が歯がゆい。
シャルロッテたちの馬のすぐ近くには、同じく馬に跨ったハルがいた。
さらに後方、こちらからは見えない位置にケヴィンもいるはずだ。
このブッシュモスキート討伐にどういうわけか帯同しているシャルロッテの存在に気づいていることだろう。だって、副団長の馬に乗っているんだもの。
つきまとっていると思われているだろうか。
いや、実際つきまとっているのだけれど…。
そんなことを考えていたたまれなくなっているシャルロッテの横を、第四のサンダース団長が「おいおい、ピクニックじゃねえんだぞ」とシャルロッテとカタリナを、大声でからかって笑いながら追い抜いて行った。
到着した森の中の池のほとりでは、今回が初の試みであるという作戦の最終確認が行われていた。
そんなことをしている間にも、偶然フラ~っと現れたブッシュモスキートを狩る部隊がすでに動き始めている。
団員たちから集めた「とっておき」の汚れた靴下を入れた麻袋の紐を解き、各団の「足くさ選手権」の優勝者ふたりが座る池のほとりに置いた。
シャルロッテは囮の優勝者ふたりに付き添って、一緒にその場に座っている。
ウロウロすると邪魔になってしまうだろうというシャルロッテなりの配慮だった。ケヴィンのそばにずっと張り付いていたいところだが、その役目はカタリナとハルに任せている。
ブーツを脱いだ足は風下に向けているため、深呼吸せず、あまり意識せずに過ごせばどうにか耐えられそうなレベルだ。
「はじめまして。この作戦の発案者のシャルロッテと申します。今回はサンダース団長とロックウェル団長のご厚意で、この作戦の行く末を見届けるべく討伐に帯同させていただきました。普段は、魔導研究所の所属です」
「え、きみ、ハービッツ公爵家のメイドじゃなかったのか?」
「はい、紛らわしい服装でいつも訓練を見学してしまって申し訳ありません。実は魔導師見習いです」
「なーんだ、そうだったのか」
ふたりの間にちょこんと座るシャルロッテとにこやかに談笑する騎士たちは、ブーツを脱いで足を延ばし、くつろいでいるかのように見える。
一見するとここだけ楽し気な「ピクニック然」としていて、それを遠目に見る他部隊の大きな舌打ちが聞こえた。
しばらくは静かな時間が流れ、シャルロッテは両側に座るふたりの騎士にブッシュモスキートの生態について詳しく語って説明していた。
その途中で池の周囲のあちこちからザワリという嫌な気配が漂ってきた気がして、森の奥に視線を巡らせた。
そこへ、3匹のブッシュモスキートが木々の合間から同時に現れた。
隠れた位置にいる団員たちに、サンダース団長が「待て」という指示を身振りで出して様子をうかがっている。
ブッシュモスキートたちは一様に「とっておき靴下」と囮の騎士たちの足のニオイを嗅ぎに来た。
シャルロッテの両側に座る騎士ふたりは、さすがに談笑をやめ、そっと剣の柄に手をかける。
ブッシュモスキートの特徴的な白黒の胴体と脚がゆらりゆらりと揺れだした。
「いまオスを呼ぶフェロモンを出しているところだと思います」
シャルロッテが小声で説明した。
まるでそのささやきに呼応するかのように、オスのブッシュモスキートが森の奥から現れた。
メスのすぐそばまで飛んでいき、互いにゆらゆらと体を揺らしながら飛んでいる。
木こりの孫としてこの場面を何度か見たことがある。
ブッシュモスキートの「求愛のダンス」だ。
一対のオスとメスが交尾を始めたのを皮切りに、囮の騎士の足のニオイに引き寄せられて集まってくるたメスたちと、そのメスのフェロモンに引き寄せられたオスたちが続々と交尾し始めた。
交尾を終えても人間を襲うことなく、再びゆらりゆらりと揺れて飛ぶメスの様子を見て、討伐対一同が作戦の成功を確信した。
ここまで見届けてようやくサンダース団長の討伐命令が下った。
交尾に耽るカップルを切りつけることに若干の抵抗感はあったものの、ブッシュモスキートはヘタすると吸血された人間が失血死してしまう厄介な魔物だ。団員たちは心を鬼にして、せめて苦しまないようにと一閃で確実に仕留めていった。
「オスもメスも一網打尽とは、シャルロッテ殿、なかなか素晴らしい作戦です」
「うふふっ、木こりの知恵です」
「自分の足のニオイでブッシュモスキートがメロメロになるとは、帰宅したら妻に自慢してやりますよ」
「……褒めてくれるといいですね?ははっ」
ブッシュモスキートの殲滅活動が遂行されている中、やはりこの一角だけは「ピクニック然」としていたのだった。
相当数のブッシュモスキートを狩って、森の奥から新たに現れる個体がいなくなったところで集合の合図である指笛が鳴らされた。
シャルロッテたちもブーツを履いて立ち上がる。
おびただしい数のブッシュモスキートの亡骸は、池のほとりに山積みにされ、燃やしているところだった。魔物によっては、その亡骸が人間にとって有益な道具の素材や薬の原料として利用されたり、そのまま食材になったりするものもあるけれど、ブッシュモスキートはその対象外らしい。
ケヴィンは?と見回すと、血にまみれた様子もなく同僚やカタリナとともに元気な様子で歩いて戻ってきた。
よかった、何ともなさそうだ。
……もしかして、ケヴィンが血まみれになるのは今日ではない?
そう思い始めたときだった。
突然、カタリナの背後の藪がガサガサと大きな音を立て始め、藪から大きな黒い目をキョロキョロ不気味に動かす三角形の頭が現れた。
咄嗟に剣を抜いて体をひるがえしたカタリナの前に姿を現したのは、大きなカマキリ型の魔物、キラーマンティスだった。




