36.ケヴィン・マクロード(2)
背後の藪がガサガサと音を立て始め、その音がどんどん大きくなったと思ったところへ、突然キラーマンティスが姿を現した。
前肢の鋭い鎌を高々と振り上げ、羽を逆立てて上体を起こしたその体躯はハービッツ副団長の背丈を優に超える大型で、そのファイティングポーズは足がすくみあがるほどの凄まじい威圧感があった。
「おぉー、お出ましか!開けたほうへ誘導しろ!」
指示を出す声は第四のサンダース団長だろうか、キラーマンティスを森の木立から開けた池のほうへ誘導しろとの指示が飛んでいるが、自分も同僚も、そして正面に対峙するハービッツ副団長も動けずにいる。
その副団長に駆け寄ったのは、バンダナを巻いたハルさんだった。
腰に向かってタックルするように副団長を担ぎ上げ、池へと向かって走る。それを追ったキラーマンティスが池まで誘導される形となった。
池のほうでそれを待ち構えていた魔導師部隊と第四の精鋭が中心となり、キラーマンティスの討伐戦が展開し始めた。
ブッシュモスキートの討伐訓練をしていたときに、ある日から突然キラーマンティスの討伐訓練まで追加されるようになった。
しかも「大型」という想定で。
キラーマンティスが厄介なのは、凶暴性がひどく周囲の動くものなら何でも襲うことと、視野が広い上に両前肢の鎌は動きは360度、背後の敵にも体の向きを変えることなくその鋭い刃が刺さることだ。
安全な討伐には物理攻撃だけでなく、魔導師部隊の魔法攻撃の助力が欠かせない。
ここ数日の訓練では魔導師部隊まで加わって最終的な打ち合わせが行われていて、一部の団員からは「ブッシュモスキートの討伐なのになぜ?」と疑問視する声もあがっていたのだ。滅多に遭遇することのない魔物だったからだ。
まさか本当にキラーマンティスが出現するとは…。
魔導師部隊は氷の魔法をキラーマンティスにぶつけている。
周囲の外気と体温を低下させると動きがてきめんに鈍る習性を利用した作戦だ。
振り上げていた前肢の鎌が下がったところで縄が投げられ肩をがっちり縛り上げるように輪が引き締められた。
鎌が使えなくなったキラーマンティスは殺傷能力が急激に落ちて倒しやすくなる。
ここまでが訓練通りの展開で、これでもう終わりだと油断したのがいけなかったのだと思う。
縄で前肢を動かせなくなったキラーマンティスはそれでも尚激しく抵抗して羽を動かそうとし、大きく膨らんでいる腹を大きく左右に振ってきた。
その勢いで巻き起こった風に、油断していた僕たちは吹っ飛ばされた。
勢いよく尻もちをついて「イテテテ」と言いながら起き上がりながら前方を見ると、先輩団員たちには僕たち新米のような油断はなく、若干崩れかけた陣形を立て直して踏ん張っていた。
しかしキラーマンティスの抵抗が激しくて押され気味だ。
これでは鎌を動かさせないように引き締めている縄が切れてしまうかもしれない。
「分が悪くなってきたかもしれないな」
すぐ後ろにいるはずの一緒に尻もちをついた同僚に話しかけると「…ぁ…あぁ……」という呻き声が聞こえて、もしや怪我でもしたか!?と驚いて振り向いた視界に飛び込んできたのは……
尻もちをついたまま首筋に鋭い吸血口と体を痺れさせるトゲを突き立てられた同僚と、その同僚の血液をドクンドクンと腹を揺らしながら吸い上げるブッシュモスキートの姿だった。
「くっ!」
歯を食いしばって剣を構えた。
油断した。僕たちはキラーマンティス討伐の見物に来たわけではない。ブッシュモスキートの産卵地にいたんだ。あれほど何度も「常に気を抜くな」と言われていたはずなのに!
頭と胴体の間を縦方向に一閃で——そんな切り方をしたら同僚まで一緒に切ってしまうことになる。
逡巡している間にも、ブッシュモスキートは剣を構えた僕になど目もくれずに血を吸い上げ続け、同僚の顔はもう青を通り越して真っ白になっている。
「コノヤロウ、やめろっ!」
ブッシュモスキートの腹に剣を突き立てて引き裂いた。
その瞬間、大量の返り血を浴びた。
腹を切り裂かれてこと切れたブッシュモスキートの吸血口はまだ同僚に刺さったままで、それを手で引き抜くと、同僚はドサっと倒れた。
はあ、はあっと大きく息を吸い込むと、血の臭いにむせ返った。
早く同僚の手当てをしなければと思うのに体の力が抜けて動くことができず、吐き気がこみあげてきた。
情けない、そういや血が苦手だったんだよな。
それなのに何故、騎士になりたいだなんて思ったんだっけ…?
同僚の横に倒れた直後、誰かが駆け寄ってくるのがわかった。
「ケヴィン!ケヴィン!大丈夫よ、しっかりして。お姉ちゃんが助けてあげるからね!」
あれ、僕は怪我をしていないはずなんだけどな、何で天国からお姉さまがお迎えに来るんだろ…。
「サイラス先生、今すぐ来てください!早く来て!」
泣いているような声で誰かを呼んでいる。
すると、突然人の気配が増えた。
「おや、なるほど。派手に血まみれだねえ」
今度はのんびりとした声が聞こえたと思ったら、突然目の前に左右の色が違う瞳が見えた。
その双眸に吸い込まれそうになりながら「僕じゃなくてこいつを助けて…」とガラガラのかすれ声で懇願した。
「わかってる。きみも、きみの同僚も助けるから安心してお休み」
その言葉が合図となって、僕の意識は闇へと沈んでいった——。




