27.兄弟子
「いや、あの…これはですね…」
メガネっ娘メイドスタイルをサイラスに上から下までじろじろ見られてシャルロッテは真っ赤になりながらうろたえた。
「カタリナに、王城内をひとりで歩くときはこうしたほうがいいと言われて…」
「それで?医務室にもそのまんま入る気だったのかい?」
サイラスに尋ねられて、ずっと丸めて小脇に挟んだままになっていたモノを思い出したシャルロッテは、それをバサっと広げた。
「いえ、入室前にローブをすっぽり羽織ってしまえば、下に何を着ていても問題ないかと。ほらこの通り」
サイラスは、ローブを羽織ってドヤ顔をしている愛弟子の右手を握り、歩き始めた。
「あのねえ、『ローブは神聖なもの』なんて言う気は全くないけど、その使い方はどうかと思うなあ」
シャルロッテは手を引かれるがままについて行く。
「あの、サイラス先生もしかして怒ってらっしゃいます?すみません…」
謝ってみたものの、ローブを丸めて小脇に挟んでいたのがいけないのか、王城内で最初からローブを羽織らなかったのがいけないのか、お仕着せを隠す道具としてローブを使うのがいけなかったのか、実はよくわかっていないシャルロッテだった。
「怒ってなんかいないよ。きみの予測不能な行動とドヤ顔がかわいいから怒る気も失せるよ、まったく。もっと早くきみと出会って僕好みに育ててみたかったな。天然の度合いをもう少し抑えて、ちょっと小悪魔要素も取り入れて…やっぱりツインテールは外せないなぁ…」
サイラスの言葉は途中から独り言になり、何やらシャルロッテには訳の分からないことをブツブツ呟き続けていた。
サイラスが妄想に耽り始めたため、つないだ手を離す機会を失ったままサイラスとシャルロッテがともに医務室に入ると、医務室は一瞬静寂に包まれた。
「やあ、みなさん、おはよう。ご苦労様」
サイラスがにこやかにその静寂を破ると、今度は一転、医務室はどよめきに包まれた。
「サイラス先生だ」
「占い師様だ」
「早くルーゼン室長を…」
「おはようございます、サイラス先生。それにシャルロッテ様」
シャルロッテの治療を担当してくれている女性が慌てて駆け寄ってきた。
「やあ、エミリー。きみがこの子の担当だったんだね?腕を上げたなあ。この子の薬指、ちぎれかけてたって聞いてるけど、もう治っちゃったよね」
この人の名前がエミリーだっていうことも、薬指がちぎれる寸前だったってことも、今初めて知ったわ。
シャルロッテはそう思いながら、左手をエミリーに診てもらう。
「もう大丈夫ですね、完治です。最初の治療は私だけでなくスタッフ総出で行いましたので。そうそう、昨日、王太子殿下が直々にこちらにいらしてシャルロッテ様の怪我の具合を心配しておられたので、もうほぼ治りましたと申し上げておきました」
エミリーがにっこり笑って言うと、サイラスは目をスウっと細めた。
「ほんと、困っちゃうぐらいの早さで治ったね」
昨日聞いた「ケガが早く治ったらあの坊やが反省しない」というサイラスの言葉を思い出した。
昨日ここへ来た「王太子殿下」はクリストファーなのかそれともハルなのか、どっちなんだろう?いや、そういえば最初に、わたしが怪我をしたときにここへ「血相変えて飛び込んできた殿下」も、一体どっちだったんだろう?
シャルロッテが首をかしげているところへ急に影が差し、後ろからぬうっと現れた人物がいた。
「サイラス先生、お久しぶりです」
頭の上から突然ビブラートのきいた野太い声が降って来て、驚いたシャルロッテは「ひゃっ」と小さく叫ぶと思わずサイラスの腕に抱き着いた。
「ロバート、僕のかわいい愛弟子のシャルロッテを驚かさないでくれるか。シャルロッテの心臓がバクバクいってるじゃないか。大体呼んでもいないのに何しに来たんだい?」
「これは失礼しました。私、この医務室の室長をしておりますロバート・ルーゼンと申します。あなたがシャルロッテ様ですね、以後お見知りおきを」
ルーゼン室長は跪いてシャルロッテに挨拶をした。
白髪でロマンスグレーの髪と、同様の色の髭をもっさり生やした巨体。
「いえ、そんなご丁寧な挨拶は不要です。左手の治療でお世話になりました。ありがとうございます」
シャルロッテは頭を下げながら、熊のような人だと思った。
「ここのスタッフは優秀だね。おまえの教育がいいんだろう。僕も師匠として誇らしいよ」
サイラスは立ち上がったルーゼン室長と握手を交わしている。
「シャルロッテ、このロバートはね、僕の最初の弟子なんだよ。つまりきみの兄弟子だね。最初に僕のところに来たときは、小さくてお肌つるつるで可愛かったのに、いつのまにかゴリラになっちゃってガッカリだよ」
ルーゼン室長はガハハと笑った。
「師匠は相変わらず若々しくてうらやましいかぎりです」
「ちがうちがう、おまえが老けすぎなんだロバート。今日の昼前に僕の研究所に来い。アンチエイジングの特製ゴボウ茶をごちそうしてやろう」
シャルロッテがふたりを交互に見ながら、一体サイラス先生は何歳なんだろう?と考えていると、突然サイラスがシャルロッテをぎゅーっと抱きしめてローブですっぽり包んだ。
「ではみなさん、ごきげんよう」
ポン!
という乾いた音が響いたと思ったら、もうサイラスの研究室の中にいた。
抱きしめられたまま、思わずサイラスの首元をくんくん嗅ぐと、今日は例のあのニオイはしなかった。
「ふふふ、シャルロッテ、加齢臭対策はバッチリだよ!もっとくんくん嗅いでくれてもいいよ?」
ドヤ顔のサイラスとは対照的に、タージンおじいちゃんと同じあの懐かしいニオイがしなかったことをシャルロッテが少し残念に思っているとは知る由もないサイラスだった。
********
ラフニール王国稀代の占い師であり魔導研究所の所長を務める大魔導師であり、ロバート・ルーゼン医務室長の師匠でもあるサイラス・ドリュクが去った後、また数秒の沈黙の後、ルーゼン室長は医療スタッフ全員から質問攻めにあっていた。
「室長、サイラス先生って一体何歳なんです?」
「あのシャルロッテ様は何者ですか?」
「いや、あれってサイラス先生の愛人かなんかですか?」
「それはないだろう、だってあの子を最初にここに担いできたのは王太子殿下だぞ?」
「昨日は第五のハービッツ副団長と一緒だったよなあ?」
「あの子、なかなかやるなあ」
「ていうかあの子、今日ローブの下にメイドの服着てなかった?」
ルーゼン自身も、サイラスのシャルロッテに対する態度に驚いていた。
あの方はもっととても冷徹で厳しい方だったのに、仲良く手をつないだりあんなに愛おしそうにしっかり抱きしめたり、寵愛っぷりがひどい。
よほどあの子がかわいいのか、それともよほどあの子に才能があるのか…。
「いやあ、若い頃の師匠はオンナ嫌いで有名で……」
スタッフ全員の興味津々なまなざしが向けられていることに気づいてはいたが、ルーゼンはそれ以上の言葉を紡ぐことができなかった。
脇腹が!脇腹がぁぁぁ!
部下たちの前で醜態をさらすわけにはいかないと猛ダッシュで室長室に入り、扉の鍵を閉めると、声を押し殺して床を転げまわった。
お仕置きは一生涯有効なのか…と頭の片隅で思いながら――。




