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26.白竜の夢と迷子のシャルロッテ

 夢を見た。


 山の頂上付近の一角、漆黒の細い葉を茂らせる「黒竜」という植物と黒ユリが群生する不思議な空間があった。


 初夏、タージンと共に山菜採りをしていたシャルロッテが、そろそろ黒ユリの花が咲いているのではないかとそこへ足を踏み入れると、白くて丸い、うごめく何かがいた。


 動物?いや、魔物?

 近寄ってみると、白いのは毛ではなく鱗だった。

 シャルロッテが黒竜の下草を踏みながら近づく足音に気づいたのか、その生き物が頭を上げた。


 大きくて丸い真っ赤な目をくるりと光らせシャルロッテのことを見つめた後、その生き物は大きな口をパカっと開けると、いきなり炎を吐いた。


「うわぁぁぁぁっ!」

 スカートの裾に火がついて、慌てて転げまわってそれを消化したシャルロッテは、その生き物を振り返らずに一目散にタージンの元へと走った。


 転がるような勢いで戻ってきたシャルロッテのスカートが焦げてボロボロになっていることに気づいたタージンが目を見張る。

「どうした?」

「おじいちゃん、大変!黒ユリの花畑に炎を吐く白い鱗の生き物がいる!」


 タージンはまずシャルロッテの手足にやけどがないかしっかり確認したあと、背負っていた山菜のカゴをその場に置いて、おじいちゃんとは思えない身のこなしで黒ユリの花畑に向かって走っていった。


 シャルロッテが遅れて、再び花畑に到着すると、そこには小さな白い生き物を抱きしめるタージンの姿があった———。




 あの子、元気にしてるかなあ?

 シャルロッテは寝起きのボーっとする頭で夢に見た「あの子」のことを思い出す。

 生きていれば今頃、かなりの大きさの白竜になっているんじゃないだろうか…。



 魔導研究所内の居住区にあてがわれたシャルロッテの部屋は、ルームシェアではなく個室だった。

 ベッドから起き上がり身支度を整えると、昨日サイラスからもらった黒いローブを羽織り、食堂でさっさと朝食を済ませる。


 白い丸パン、スクランブルエッグ、マッシュポテト、そして、この赤くて少しクセのある味の燻製肉はキジかな?

 

 視界の端に光るものが見えて、ふとそちらへ目を向けると、テーブル2つ向こうの10代後半と思しき男子が指先から小さな炎を出して、そのキジ肉をあぶっていた。

 この研究所と騎士団の食堂は雰囲気がずいぶんと異なる。

 朝食は同じメニューなんだろうか…と考えるシャルロッテがいた。


 朝食を終えると、そそくさと一旦部屋に戻ってメガネっ娘メイドになり、毎日の日課になりつつある騎士団の訓練場が見える小高い場所へと向かった。


 今日もケヴィンは元気に朝の訓練に励んでいて、そのすぐ近くにはバンダナを巻いたハルもいた。彼もブッシュモスキート討伐に出向くのだろうか。

 しばらく眺めていると、訓練を指揮していたカタリナがシャルロッテに気づき、互いに手を振った。


 昨日はカタリナとランチを食べた後、共に王都の隣のロゼッタの商業区へと向かった。王都よりも価格がリーズナブルなロゼッタで、前借りした今月分のお給料を使って生活必需品をそろえた。


 買い物をしながら、ケヴィンのそばにいたいからブッシュモスキート討伐に帯同しようと思う、そのために第四と第五の団長をなんとか説得してみる、という話をカタリナにした。

 

 買い物を終えて馬車で王城に戻る途中、これっきりお別れというわけでもないのにカタリナがひどく寂しそうにしているのを見て、毎日一緒にランチしよう、外泊許可も出るみたいだからまたカタリナの実家で一緒に泊まろう、となぜかシャルロッテが必死にフォローする不思議な構図となった。


 山小屋から持ってきたわずかな荷物と共に、購入した荷物を研究所内の新たな住まいに運ぶのをカタリナにも手伝ってもらった。

 研究所の廊下を大きな荷物を持って並んで歩くふたりを、すれ違う研究所の魔導師たちは不思議そうな顔で眺めていた。


 第五騎士団のハービッツ副団長を荷物運びに使っているあのちっちゃいメガネは一体誰だ!?


 メガネで視界が半分になり、しかも普段から周囲を見ないように心掛けているシャルロッテは、自分が注目の的になっていることに全く気付いていなかった。

 かたやカタリナは、不躾な視線を投げる輩たちに優雅な微笑みを返してけん制しながら、ここにシャルロッテをひとり残すことに大いなる不安を抱いていた。

 

 自分も含めてほぼ全員が脳筋の騎士団とは違い、この研究所は魔導師とその見習いたちの集団だ。

 何を考えているのかわからん腹黒い奴らにシャルロッテを任せてはおけない!


 それはそれでカタリナの偏見ではあるのだが、この不安から行動したある過保護な行動が後のシャルロッテの運命に大きくかかわっていくことになるとは、カタリナ本人すらまだ知る由もなかった。

 



 さてと、医務室に寄ってから研究所に戻って、サイラス先生に朝のご挨拶を。


 ケヴィンの訓練が終わったところでシャルロッテもその場を離れることにした。

 訓練場の出入り口付近を通りかかったときに、偶然出てきた集団に鉢合わせそうになり、ガヤガヤという声が次第に大きく近づいていることに気づいたシャルロッテは、咄嗟に木の陰に隠れた。


 通り過ぎてゆく騎士たちの集団の中にはケヴィンの姿もあり、今度のブッシュモスキート討伐が自分の初陣になると張り切って語る姿を拝むことができた。

 大人になったケヴィンの声を初めて聞いた。

 記憶の片隅に残る3歳の頃の甲高い声とはもちろん異なるしっかり男らしい声だった。


 医務室へ向かうべく、王城内をメイドスタイルのまま歩くシャルロッテは、さきほど聞いたケヴィンの声を思い返してはほわほわな気分になり、その結果、いつの間にか自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。


「あれ?ここはどこだろう?」

 そう思った時にはすでに遅く、自分が王城の何階のどのあたりにいるのかすら不明で立ち尽くした。

 せめて廊下に外を見渡せる窓があれば、そこから階数と、日の当たり方からどの方角にいるのか手掛かりが掴めるはずなのだが、廊下の両側にはずらっと部屋が並び窓がなかった。


 引き返して廊下が左右に分かれている分岐点に出て左右をキョロキョロ見るものの、窓はなさそうだ。

 左右のどちらから来たのかも覚えていないし、誰も通りかからないため医務室はどこかと尋ねることもできない。


 まずい…ケヴィンの声を聞いて浮かれていたら王城内で遭難した…。わたしって、馬鹿?


 ただでさえ、まだうろ覚えだった医務室までのルートを、一人でほわほわと浮かれながら歩いていたのだ。

 迷子になるのも無理はない。


 今何時だろう。サイラス先生を待たせてしまっているかもしれない…。


 シャルロッテがそう思ったとき、ポンッと乾いた音がして、目の前に忽然と現れたのは――いままさに考えていたサイラス・ドリュク本人だった。


「おはよう、シャルロッテ。きみに呼ばれた気がしたから飛んできたよ。ところできみ、おもしろい恰好をしているね」

 サイラスはオッドアイを意地悪く輝かせながら微笑んだ。

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