23.王太子の謝罪
その夜は、またハービッツ公爵家に泊まることになった。
本来ならば王城内のゲストルームでひとりで寝る予定だったのだが、帰りの馬車の中での震えるシャルロッテの様子が見ていられず、カタリナが実家で一緒に泊まることを提案したのだった。
「王城には伝令を送ったから大丈夫」
「カタリナは過保護ね。でも、ありがとう」
ふたりとも夜着を着て広いベッドに一緒に寝転がっている。
シャルロッテの夜着は、またもや背格好の似たメイドさんから拝借したものだ。
「シャルロッテの衣類をこっちにも置いておいたほうがいいなあ」
「なんだか…主のハービッツ公爵夫妻がいらっしゃらないうちに二晩も泊めてもらって恐縮だわ。今度きちんとご挨拶とお礼をさせてね」
「サイラス先生が何と言うかは知らないが、何ならハービッツ家の養子になるのもいいかもしれないな」
「えぇっ!?」
シャルロッテは驚いて起き上がる。
「そしたらわたし、カタリナの妹?」
「いいだろう?そしたらケヴィンとも釣り合いが取れて結婚しやすくなる」
シャルロッテの顔が曇った。
「身分とか家がどうこうってことじゃなくて、ケヴィンとは結婚できないわ」
シャルロッテはもちろん、実の姉弟だから結婚は無理だという意味で言ったつもりだったのだが、その事情を知らず、シャルロッテはケヴィンに恋をしていると思い込んでいるカタリナは、ケヴィンが魔物討伐で命を落とすから結婚できないとシャルロッテが言っているのだと勘違いしていた。
さらには、巫女様は王太子殿下のお妃候補になる予定だ。
厄介だ。シャルロッテが幸せになれるようにどうにかできないものか…と考えながら、カタリナは一瞬悲痛な顔をした。
「さあ、寝よう。明日サイラス先生にケヴィンのことを相談しよう。大丈夫、あの人が何とかしてくれる」
考え事を振り払うようにわざと大きな声を出したカタリナはシャルロッテを抱きしめて、ふたりはそのまま一緒に就寝したのだった。
翌朝、前日と同様ハービッツ家からカタリナと一緒に馬車で登城し、まず向かったのも前日と同様、医務室だった。
左手の薬指の怪我は劇的によくなっていた。
「動かしてみてください。…うん、いいですね。もう包帯ではなく薬指に布を当てておくだけでよさそうですね。昨日、お肌にいいもの食べました?」
尋ねられて、シャルロッテは昨日食べたものを思い出していった。
「そういえば、昼も夜も豚肉を食べました」
「なるほど、それですね。若いと効果が早いので。……これでよし、と。では明日もまた来てくださいね」
包帯が取れたことで、左手が動かしやすくなった。
キズの痛みももう全くない。
シャルロッテはお礼を言って医務室をあとにし、カタリナの執務室へ向かう途中に尋ねた。
「もしかして、お肌にいいって知ってて昨日はあのメニューだったの?」
「……そうだよ、って言えたらかっこよかったんだけど、実は何も考えてなかった。でも結果的によかったんなら素晴らしいね。偶然に感謝だな」
そう言って笑う正直でまっすぐなカタリナの笑顔はとてもまぶしくて、つられてシャルロッテも笑った。
サイラスとの約束の時間まで、カタリナは執務室で雑務を片付け、シャルロッテは朝の訓練を見に訓練場が見渡せる小高い場所にいた。念のためお仕着せを着て。
シャルロッテのお目当てはもちろんケヴィンで、昨日の合同訓練とは違い、朝の訓練は兜をかぶっていないため、どこにケヴィンがいるかシャルロッテにもすぐにわかった。
朝から汗をかき訓練に励むケヴィンの姿をしばし見守った後、シャルロッテがカタリナの執務室に戻る途中、廊下の先、カタリナの執務室の扉が開いた。中から出てきたのはクリストファー王太子と従者。遠目から見た雰囲気だけでそれがハルではないという確信があった。
チラっとこちらを見る二人に気づき、シャルロッテは顔を隠すためにその場で立ち止まって深々と頭を下げた。
そのままの姿勢でしばらく動かず、そーっと顔を上げたときにはもう王太子の姿は見えなくなっていた。
変装していてよかった!アノ人には会いたくない!
そう思いながら、カタリナの執務室の扉をノックしようとしたところで、中からカタリナが出てきた。
お互い「わっ!」とびっくりして笑いながら執務室の中に入ると、「いま殿下が来ていたんだ。鉢合わせなかったか?訓練場まで迎えに行こうと思って」と言いながらカタリナがもう一度廊下を確認したあと扉を閉めた。
「廊下の向こうで一瞬目が合った気がするけど、わたしだって気づかなかったみたい」
「そりゃよかった。メガネっ娘メイドになりきってるな」
その後、着替えてサイラスの待つ魔導研究所へ向かいながら、クリストファー王太子がなぜ訪ねてきたかを説明するカタリナがいた。
「巫女に用があると言われたから、巫女様はいま離席中だと言ったら、どこにいるのかと食い下がるから言ってやったんだ。
『レディーの事情に配慮できないデリカシーのない男には答えられない』ってね。
ついでに、今日はこのあと終日サイラス先生のご指導を受ける予定になっているから、会える時間はないと釘を刺しておいた。まあ、何の要件だったかと言うと、シャルロッテに謝りたかっただけのようだから、少し可哀そうなことをしたかもしれない。
『怪我をさせるつもりではなかった、申し訳なかった。と伝えてくれ』と言っていたよ」
「ありがとうカタリナ、今度殿下にお会いした時にはきちんとお話ししてみるわね」
自分ではどうすることもできない様々な懸案事項に翻弄されそうだ…という不安がシャルロッテの心を横切った。
「やあ、おはよう。肌艶がいいのは昨日のごぼう茶のおかげかな?」
出迎えるなり、またもやサイラスの馴れ馴れしいハグ攻撃にあっているシャルロッテだった。
「いいえ、先生。豚肉のおかげかと」
「カタリナ…きみって子は…」
サイラスが何か言いかけるのをカタリナが遮った。
「サイラス先生、肌艶のことは置いておいて、第五の見習い騎士のケヴィン・マクロードのことでご相談があるのですが!」
シャルロッテに巻き付けていた腕をほどいて、サイラスはカタリナではなくシャルロッテの顔を覗き込んだ。
「ケヴィン・マクロードっていったら…」
サイラスのその言葉に反応して、シャルロッテがメガネの奥の紺碧の瞳でサイラスに目配せをした。
シャルロッテはカタリナに背を向けているため、カタリナは気づいていない。
サイラスは、うんうんと頷いた。
「わかった、続きはシャルロッテから聞くから、カタリナはまた扉の外で待機」
「いや、しかし…」
渋るカタリナを振り返って、シャルロッテは笑顔を見せた。
「大丈夫よ、わたしからちゃんとサイラス先生に話すから。ありがとう」
サイラスは今日も飲み物を用意していた。
「今日はローズヒップティー、これもアンチエイジング効果バッチリだからねえ」
シャルロッテは、アンチエイジングとは何かをカタリナに聞き忘れていることを思い出しながら、その鮮やかな赤い飲み物を一口飲んでみる。
「酸っぱい……」
サイラスは、ふふっと笑った。
「さてと、本題に入る前にさっきのケヴィン・マクロードの件だけど、きみの弟さんだよね?」
シャルロッテはメガネを外してサイラスを見た。
「占い師っていうのは、そんなことまでわかるものなんですか?」
「あのねえシャルロッテ、きみの家族のことを占うような趣味は僕にはないよ。マクロード公爵夫人がきみの母親である可能性が高い、騎士団にいるのは実の弟かも、ってクリストファーから今朝聞いたばかりなんだよ、実は」
「今朝?」
シャルロッテは首をかしげる。
「そうなんだよ、今朝アポなしで突然やって来て、シャルロッテが早めに来たのかと勘違いして『そんなに僕に会いたかったのかい』って、クリストファーにハグしちゃったじゃないか、どうしてくれるんだ、まったく」
「はあ…」
「クリストファーは随分前からシャルロッテ・リンドに目をつけて極秘に調べていたようだよ。僕にもナイショでね。僕を出し抜こうだなんて200年早いんだよ」
何やらサイラスがひとりでヒートアップしている様子を、シャルロッテは「はあ」という曖昧な相槌を打ちながら聞くしかない。
「その謝罪と共にきみの資料を持ってきた。それと、きみをこちらに渡せと言ってきたから断った。巫女探しは僕の後継者探しなわけで、きみは僕の愛弟子だからね。王太子の婚約者ってことよりもこっちが優先。『そもそもシャルロッテは殿下を激しく嫌っているようですよ。まずは怪我をさせたことを謝罪して彼女に許しを請うのが先なんじゃないですか』って言ってやったよ」
サイラスが鼻息荒く語るその話を聞いて、さきほどカタリナの執務室に王太子が来たのは、ここでサイラスに謝れと言われたからだったのかと気づいた。
カタリナから話を聞いたときは、クリストファーと関わり合いになりたくなくて避けたことを申し訳なく思っていたが、自らの意思で謝罪しに来たわけではないことがわかってシャルロッテは少しガッカリした。




