22.ロールキャベツ
王城で大々的に行われていた「巫女様探し」の打ち切りが昼過ぎに発表された。
つまり、巫女様が見つかったということかと周囲が色めき立つ一方で、その巫女様探しの先頭に立っていたはずのクリストファー王太子の表情はすぐれず、執務室は静かなままで人の出入りも少なかった。
さらに、相談役のサイラス・ドリュクもまた、朝は何かを心待ちにして浮かれている様子だったのが、午後は物思いにふけったり、眉間にしわを寄せてたまに腰をさすったりと普段あまり見られない奇行が散見される様子から判断して、巫女様が見つかったのではなく、巫女様探しを断念したのではないか、という噂がその日の夜には出回るようになった。
シャルロッテが噂の「未来視の目を持つ巫女様」であることを知っているのはまだごく一部。
そのひとりであるカタリナが、団長のロックウェルに懇願して自分を巫女様の警護役に推すよう取り計らってもらえないかと頭を下げたのが、昨日シャルロッテが王太子に連れていかれた直後のことだった。
それが聞き入れられ、ロックウェルの尽力によって今朝から晴れて巫女様の警護がメインの仕事となったカタリナだったが、シャルロッテ本人と未来視の能力について直接話したことはなかった。
シャルロッテ本人から話してくれるのならそれでよし、話したくないならそれでもよし、迂闊にこちらから何かを質問すればヘタするとシャルロッテが「こちょこちょの刑」に処せられる恐れまである。
しかし、訓練場見学から戻ったシャルロッテのどこか浮かない表情が、ディナーを予約していた王都の名店「銀のナイフ」のテーブルについた後も続いたことで、ついにカタリナが口を開いた。
「シャルロッテ、言えないことだったら無理に教えてくれなくてもいいんだが、今日ケヴィン・マクロードの未来に何か良くないことが起こる様子を見てしまったのか?」
シャルロッテはずっとメガネをかけたままだ。
彼女の午睡中にこのメガネを届けに来たサイラスによれば、これは未来視を制御する特殊なメガネらしい。
サイラスはぐっすり眠るシャルロッテをチラっと眺めたあと
「あの子はここに着いてから、いろんな人や物の凄惨な光景を見続けて実は相当参っているんだと思う。願い事をひとつ叶えると言ったときに、すぐにメガネが欲しいと答えたんだ。重い宿命を背負った子だよ。だから君と一緒にいるときは、たくさん笑わせてやってくれ」
そう言って、カタリナにメガネケースを渡してきたのだ。
もちろんカタリナは、大きく縦に頷いた。
任務だからではない、個人的にもシャルロッテには笑っていてほしかったからだ。
サイラス先生が珍しく真面目な顔でシリアスな話をしている…と思ったのも束の間、突然顔をゆがめて
「カタリナ、今後僕は君の顔を見るたびに腰に違和感をかんじることになるかもしれない」
という謎の言葉を残して立ち去って行った件に関しては、この際スルーしておくことにした。
シャルロッテはカタリナの質問には答えないまま生ハムサラダを食べ終えると、口元を拭ってから身を乗り出してきた。
「あのね、今日の第四騎士団との合同訓練ってつまり、近々第四の任務である魔物討伐のお手伝いをする予定があるの?」
「そうだね、毎年この晩秋の時期に行われるブッシュモスキートの殲滅討伐に第五も駆り出されるんだ。ブッシュモスキートのメスは越冬できずに気温が下がれば死ぬんだが、その前に子孫を残そうと、なりふり構わず動物や人間の血を吸うために暴れまくるからね」
そこで注文のロールキャベツが運ばれてきた。
左手に包帯を巻いているシャルロッテの皿を、カタリナは手早くナイフで一口大に切り分けて渡した。
「ありがとう」
受け取ったシャルロッテは早速一切れを、トマトクリームソースをしっかり絡めてから頬張った。
ナツメグが香る合いびき肉はふっくらジューシーで、じっくり煮込んでくたくたになったキャベツが口の中でほどけてゆく。後味に残るのはトマトの爽やかな酸味。
お腹が一気にあったまるのを感じる。
「ん~!美味しいっ!」
「よかった、いい笑顔だ。この店はロールキャベツが有名でね、コンソメスープ仕立てもあるんだ」
「ランチだと軽いコンソメスープのほうがいいかもしれないわね。このトマトクリームは濃厚だから。これから先、寒くなればなるほどこの濃厚なトマトクリームのロールキャベツが食べたくなりそう」
「また来よう」
カタリナも嬉しそうに笑った。
ロールキャベツをペロリと食べ終えて、皿に残ったトマトクリームは丸パンをちぎりながら絡めて食べる。パンはカタリナがちぎってくれた。
ふたりの皿がすっかりきれいになったところで、デザートのチーズケーキとミルクティーが運ばれてきた。
昨日のことを気にしているのか、今日はカタリナが珍しくアルコールなしだった。
「白ワイン頼んだほうがよかったんじゃない?」
「いいんだ、料理に合うアルコールは好きなんだが、もともとそんなに強いほうじゃないから。だからシャルロッテと一緒に、少したしなむ程度がちょうどいいんだ」
じゃあ、次に来たときは、わたしのほうから白ワインを頼むことにしよう、ロゼワインでもいいかもしれない…とシャルロッテは思った。
帰りの馬車の中、シャルロッテはようやく語り始めた。
「さっきは食事中だったから言えなかったんだけどね…森の中で血まみれで倒れているケヴィンが見えたの」
「え…それは…」
「今度のそのブッシュモスキートの討伐で起こることかもしれない…」
シャルロッテの声は震えていた。




