21.メガネとお仕着せ
午後は何も予定がなかった。
自分がいまどういう立ち位置にいるのかすらよくわからないまま、シャルロッテはひとまずカタリナの執務室のソファーに腰かけて、カタリナがデスクワークする様子を眺めているうちに、うつらうつらと船をこいでいたらしい。
「シャルロッテ」とカタリナに優しく声をかけられて目を開けると、執務室と続き部屋になっている奥のほうでカタリナが手招きしていた。
よろよろと立ち上がりそちらへ行ってみると、壁で仕切られたそこには簡易ベッドが置かれている空間だった。
副団長ともなると、泊まり込みで仕事をすることもあるのだろう。
「疲れているんだろう?ここで寝るといい」
「ごめんなさい、わたしったら…」
シャルロッテの顔がみるみる紅潮していく。
「お昼寝だなんて、まるで子供みたいだわ。恥ずかしい」
顔を真っ赤にして恥じらうシャルロッテがなんともかわいらしくて、カタリナの顔には自然と笑みがこぼれる。
「遠方のカシムからやって来て、昨日と今日でいろいろあって、疲れるのも当然だ。心置きなく休むといい。そのかわり夜は、ディナーに付き合ってもらうから」
カタリナの気づかいにありがたく甘えることにしたシャルロッテが午睡の夢から覚めると、ベッドの横のローボードに、今朝ハービッツ家のお屋敷でもらったメイドさんのお仕着せと、おそらくサイラスから届けられたメガネケースが置かれ、カタリナが書いたと思われるメモが挟まっていた。
『第四との合同訓練で訓練場にいる。夕方には戻る。もし王城内を一人で歩くときはこのお仕着せを着てメイドに変装するように!』
なるほど、確かにこんな田舎娘がひとりで王城の敷地内をウロウロしていたら間違いなく見咎められるに違いない。このお仕着せはそのためだったのか!とシャルロッテは理解した。
メガネケースを開けると、黒縁の大きなフレームのメガネが入っていた。
バッチリです、サイラス先生!
シャルロッテはひとりでガッツポーズをして、メガネのメイドになり、早速カタリナの執務室を出た。
せっかく変装できるんなら、しない手はないでしょう!と鼻息荒く出発したのはよかったが、シャルロッテはこの王城や建物内の地図が全く自分の頭に入っていないことを忘れていた。
夕方にカタリナと共に訓練場から戻ったときに、執務室から出て左に曲がれば5分もかからずに訓練場までたどり着けたはずの道のりを、最初に右に曲がってしまったために、途中「このまま王城内で遭難死するのではないか」と思うほどの迷走を経てようやく訓練場にたどり着いたのだった。
騎士団の訓練場は周りをぐるっとレンガ塀で囲まれているものの、起伏のある敷地の谷にあたる部分に位置しているため、小高い場所から見下ろすことができる。
メイドの格好のまま訓練場に堂々と入ることは許されないだろうから、シャルロッテは辺りを見渡して、訓練場を見下ろせる場所をさがして陣取った。
第四騎士団と第五騎士団の合同訓練。
第四ということは、近々魔物討伐の手伝いでもするのだろうか。
シャルロッテは右目を凝らして動き回る騎士たちを眺めたが、そろいの兜や鎧で武装している騎士の中からケヴィンを見つけるのは至難の業だった。
あきらめかけたことろで、集団からひとりヨロヨロと離脱して隅っこでへたりこんだ騎士がいた。その彼をよく見ると、兜を脱いだ頭に栗色のくせ毛が見えた。
若くてまだ体も細くて、いかにもまだ「見習い」といった雰囲気だ。
もしかしてあれがそうかも!きっとそうだ!
15年ぶりに見るケヴィンはすっかり大きくなり、当時の面影は栗色のくせ毛とややたれ目気味のところぐらいだ。「シャルロッテ」は発音しにくかったようで、いつでも「おねえたま」と言いながら後ろをついて歩いてきた3歳のケヴィンは、かっこいい青年になっていた。
「ケヴィン…お姉ちゃんはまたあなたに会えてうれしいわ。訓練がんばって!」
独り言を言いながらさらに身を乗り出して見ていると、訓練の様子を訓練場の少し高い位置から見ていたカタリナがシャルロッテに気づいたようで、手を振ってきた。
そして訓練場から出ると、シャルロッテのいる小高い位置まで登って来て「ケヴィン・マクロードは見つかった?」と笑顔で尋ねてきた。
「さっき、集団から離れていまあそこで休んでいるのがケヴィンでしょう?」
「よくわかったね、そうだよ」
「やっぱり!」
シャルロッテは嬉しくなって手を叩いた。
「すっかり大きくなって、かっこよくなって、びっくりよ」
訓練が終わったら紹介するというカタリナの計らいは、丁重に断った。
「訓練でとても疲れている様子だから、また今度でいいわ。そのかわり、また見学に来てもいい?」
シャルロッテの要求をカタリナは快諾した。
訓練も終盤となり、その場から離れて執務室に戻る段になったとき、シャルロッテはもう一度名残惜しそうにケヴィンを見た後、メガネを外して彼のことを再度見た。
そのとき一瞬シャルロッテが「———っ!」と息をのんだことにカタリナは気づいたが、そのことを口にする前にシャルロッテがメガネを元に戻し、いつもの表情になったためにカタリナも気づかないフリをしたのだった。




