24.魔導研究所所属
「おっと、話がそれてしまったかな。それで、きみの弟のケヴィンくんがどうしたって?」
やっとケヴィンのことを相談できそうだと安堵しながら、シャルロッテは昨日ケヴィンから見た未来視の話をした。
「仮にあの光景が今度の魔物討伐のものだとして、その血が本人のものかっていうと、どうだかわからないんです。むしろブッシュモスキートのお腹を切り裂いたときにの返り血かなとも思うんです」
サイラスは頷きながら聞いている。
「問題はそのときのケヴィンの表情で、目を見開いて呆然として固まっちゃってたんで
すよね…」
「つまり?大量の返り血を浴びたことがケヴィンくんのトラウマになるんじゃないかと心配しているんだね?」
「そうです!そこなんです」
「そこまでわかっているなら、あとはきみがどうしたいかってことだけなんじゃないのかい?」
わがままを言ってもいいのだろうか、また「取引」とか言われるのだろうか…と少し警戒しながらも、弟のケヴィンのことを想うとこちらもなりふり構っていられない。
「ブッシュモスキート討伐に、わたしも参加させてください。ケヴィンのそばにいてあげたいんです」
「いいよ」
勢い込んで言ったにもかかわらず、サイラスにあっさり認められてシャルロッテは肩透かしを食らう形になった。
素人が行っても足手まといになるだけ、大きなお荷物が増えて騎士たちが困る、自分の身を守れるのか…てっきりその類のお説教をされるのだと思っていたからだ。
「もちろん僕からの紹介状は書くし、ほかにもして欲しいことがあれば善処するけど、第四と第五騎士団の団長さんが認めないとダメだよ?」
「はい、頑張ってみます」
サイラスは小さくため息をついた。
「なんで僕が許可したかわかるかい?」
「………」
シャルロッテには、弟のケヴィンを助けたいという明確な理由があるけれど、サイラスが何の思惑もなく、ただわがままを聞いてくれるとは思えない。
シャルロッテは首をかしげた。
「きみの未来視を有効に使ってもらいたいからだよ。きみは自分の能力を『呪い』だと言う。たしかに僕の占いもきみの未来視も、見たからには100%それが起きてしまうんだ。それを『呪い』で片づけるのではなくて、それが起こってしまったあとにどうフォローするか、本人や周りの人間がそのことで深い傷を背負い続けないように事前に最大限の準備ができる便利な能力だと思わないかい?
だから、きみが心に傷を負いそうな弟のそばにいてあげたいと自ら動こうとしているなら、僕はそれを応援する」
未来視を有効に——―。
そうだ、メローズ夫婦が捕まったときも自分の未来視を少し誇らしく思ったじゃないか。
「きみはこれまでずっと、誰にも相談できないままその能力を拒絶し続けてきたんだろう?母親と弟からも引き離されて実際にひどい目にもあったようだし、辛かったよね。きみはまず、自分の能力を肯定して受け入れるところから始めればいい」
「……辛かった?………はい、とても辛かったです」
シャルロッテの目から不意に熱いものが零れ落ちた。
あれ、わたしもしかして泣いてるの?と思った時には、両目から涙があふれ出て止まらず、嗚咽ももれていた。
サイラス先生は、わたしの横に腰かけ直すと、よしよしとわたしの頭をなでたあと抱きしめてくれた。
しゃくりあげるわたしが落ち着くまでずっと、無言でただ抱きしめ続けてくれた。
*****
「さてと、シャルロッテ、落ち着いたところでやっと本題だよ」
サイラスの黒いローブを涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしたことに気づいて「やだ、どうしよう」と思うだけの冷静さが戻ってきた頃に、サイラスはシャルロッテを離して明るい声でそう言った。
「ん?これが気になる?」
サイラスはその濡れて汚れた個所を指さすと、立ち上がってローブを脱ぎ、バサっと振った。
そして再び羽織った時にはローブの汚れがキレイになくなっていて、シャルロッテは首をかしげた。
「きみは僕のことなんてこれっぽっちも興味がなさそうだから特別に説明してあげるけど、僕の本職は国王陛下お抱えの占い師ではなくて、この魔導研究所の所長を務める大魔導師だからね。特に回復魔法が専門でね、物理的な状態回復もお手の物なんだよ。すごいだろう?僕の血と汗にまみれた壮絶な修行の軌跡はいつかゆっくり語ってあげるね」
サイラスがドヤ顔でふんぞり返っている。
いや、それなら毎日わざわざ医務室に行く必要なかったのでは?と思いながら、シャルロッテは薄布を貼られた左手を見る。
「だって、僕が秒でその怪我を治してしまっては、あの坊やが反省しないだろう?僕の愛弟子に大怪我をさせたんだ。ゆっくり反省するがいい!っていうか、キズが治るのが早すぎるよシャルロッテ。若さっていうのはこれだからまったく」
シャルロッテの無言の仕草に反応して、サイラスがひとりでしゃべり続けるという不思議な光景は、サイラスがシャルロッテに告げた次の一言で終了した。
「ところで言い忘れていたけど、シャルロッテは僕の愛弟子で直属の部下ってことで、つまりこの魔導研究所の所属になることになっているからね。本来ならば、寝食全てこの研究所で済ませるのが基本なんだけど、きみはカタリナにずいぶん懐いているようだから、特別に食事はあの子と一緒でも構わないよ。それに、たまにハービッツ公爵家でパジャマパーティーをすることも許可するし、王城内を出歩くときはカタリナを護衛につけることも許可しよう」
「つまり…今日から、この研究所がわたしの住まいになると?」
「そうだよ。ほかにも大勢の研究員がここで暮らしているんだ。お給料も出るからね。午後はさっそく必要なものを王都に買いそろえに行くといい。その前に、お昼までまだ少し時間があるから、ドラゴンの話をしようか」
サイラスは唐突に「ドラゴン」という単語を口にして、にっこりと笑った。




