12.告白
朝起きてまずやることは近くの沢へ水汲みに行くことだが、今日は昨日までの汲み置きの分で足りそうだから汲みに行く必要はなさそうだ。
水瓶の残量を確認した後、シャルロッテは朝食の用意に取り掛かった。
火をおこし、深めの皿を逆さにして底に置いた大きな鍋に水を張って火にかけた。
沸騰を待つ間に手早く小麦粉・黒砂糖・鶏卵・ふくらし粉・牛乳・バターを混ぜ、細かいさいの目状に切ったサツマイモも加えて生地を作った。
沸騰したら、その生地をボウルごと鍋の中の裏返しにした皿の上へと置いてフタを閉める。
しばらくそのまま蒸して、木串をさして中まで火が通ったことを確認してからボウルを取り出し、用意していた皿の上でひっくり返した。
ほかほかと湯気を立てる蒸しパンがきれいに完成したことを確認してから、シャルロッテはまだ夢の中にいるカタリナを起こしに向かった。
もともとタージンがひとりで住んでいたこの山小屋は、タージンが木こりとしてバリバリ働いていたころは木こり仲間や知り合いの狩人が泊まることも多かったらしく、一人暮らしにしてはかなり広い造りだった。
だからこそ、シャルロッテが突然転がり込んできたときもスムーズに対処できたのだ。
あのときは、さらに奥にも部屋があると知らずにタージンのベッドに潜り込んでしまたけれど…。
思い出し笑いをしながら、カタリナが眠る部屋をのぞくと、その音でカタリナが目を覚ました。
「おはよう。よく眠れた?」
カタリナは上半身を起こすと長い手を上げて伸びをした。
「おはよう、シャルロッテ。仕事がなければあと2、3日泊まりたいと思うほどにぐっすりだったよ」
昨晩、子供の人身売買の仲介をしている二人組を捕える任務を終えてカシム村に戻ってきたカタリナは、シャルロッテにも事情聴取をしなければならないから一緒に王都に来てくれないかと打診した。
シャルロッテはそれに頷いたものの、山小屋を数日離れるためには準備が必要であることと、その前にカタリナに話したいことがあるという理由から
「今すぐここを発つことはできないから、今夜はわたしの山小屋に一緒に泊まって明朝出発するのならオッケーよ」
という条件を出した。
カタリナはそれを快諾し、その結果、今こうしてふたりで山小屋にいるというわけだ。
昨晩、山小屋へ帰宅すると、シャルロッテはまず夕食の支度にとりかかった。
シャルロッテ本人は昼間に『まんぷく亭』で美味しい料理を堪能してあまり空腹は感じていなかったが、一仕事終えて戻ってきたカタリナはそうではないはずだ。
食材の在庫処分を兼ねてあり合わせのもので作ったのは、白ワインを多めに入れたジャガイモときのこのポタージュスープ。
バケットは適当な厚さの斜め切りにすると、鉄串にさして直火でサッと表面をあぶって焦げ目をつけた。
カタリナは初めのうち、バケットを少しずつスープに浸しながら食べていたが、最終的にはバリバリとバケットを砕いてスープの器に入れてスプーンですくいながら食べていた。
「行儀が悪くてすまない。美味しすぎてチマチマ食べるのがもどかしかった」
「気に入ってもらえたようでよかったわ。お腹すいていたんでしょう?お疲れ様です」
シャルロッテはカタリナの気持ちのいい食べっぷりが嬉しくて、終始にこやかに笑っていた。
後片付けを二人で済ませ、ホットミルクティーを片手に向かい合ってテーブルに座って落ち着いたところで、シャルロッテはスッと笑顔を引っ込めて、神妙な面持ちでカタリナを見つめた。
「あのねカタリナ、どうせ王都で詳しく調べたらバレてしまうだろうから、先にあなたには言っておくわね。……実はわたし、ここで暮らしていた木こりのタージンさんの孫ではないの。嘘をついていてごめんなさい」
「…それは…5年前にあの二人組にさらわれそうになったっていうのと関係のあること?」
シャルロッテはこくんと頷くと、5年前のことを語り始めた。
自分は孤児で、マクロード公爵夫人の後見を受けて里親のもとを転々としていたこと。
5年前、ある誤解から里親のもとで暮らすことが嫌になってロゼッタの町を飛び出したこと。
ストリートチルドレンになりかけていたところを、あの二人組に拾われ、リリーズ貿易港へ連れていかれる途中で騙されていることに気づき、カシム村で逃げ出してタージンと知り合ったこと。
それっきり公爵夫人とも最後の里親の商人とも一切連絡を取らず、タージンの実の孫であると身元を偽って今日まで過ごしてきたこと…。
「わたしがもっと早くあの二人組をきちんと告発していれば、その後の犠牲者がいなかったはずなのに、わたしは自分の身元がバレるのが怖くてずっと黙っていたの。反省しています。ごめんなさい」
シャルロッテが下げた頭に、静かな声が降ってくる。
「シャルロッテが気に病むことはない。これまであの二人組を野放しにしてきたのは騎士団や自警団が不甲斐なかったからだ。だから、シャルロッテのせいではないよ」
シャルロッテが顔を上げるとそこには、とても悲しそうで辛そうなカタリナの顔があって、シャルロッテは息をのんだ。
カタリナは優しいからわたしのせいではないと言ってくれたけど、きっとわたしに失望したんだ…。
でも、こうなることも覚悟していたもの。自業自得なんだから仕方ないわ。
シャルロッテは唇を噛んで目を伏せる。
そこで思いもよらない名を呼ばれた。
「シャルロッテ・リンド」
シャルロッテは驚いてカタリナを見つめた。
先ほどの説明のとき、シャルロッテはリンド商会やリンド家の名は言わなかったはずだ。
「なんで……その名前を…?」
声が震える。
「薄々そうじゃないかとは思っていた。昨日初めて会ってシャルロッテという名前を聞いたときは、よくある名前だからとしか思っていなかった。だがその後、5年前にさらわれそうになったという話を聞いたときに嫌な予感がしたんだ。…実は今回の任務は、あの二人組を捕まえるだけではなく、もうひとつ極秘任務を仰せつかっていてね…それが5年前に行方不明になったシャルロッテ・リンドがリリーズ貿易港近辺にいるかもしれないから、探して連れて来いという内容の任務だったんだ」
「ちょ、ちょっと待って。わたしもしかして指名手配されているってこと?何の罪で?」
いきなりの展開に頭が追い付かない。
身分を偽ることはそんなに重罪なんだろうか?それとも、リンド家かマクロード公爵夫人が懸賞金でもかけてわたしを探しているとか?
いや、その程度では王国騎士団が動くはずがない。
じゃあ、また身に覚えのない疑いでもかけられているとか……?
シャルロッテは5年前の放火犯だと疑われたあの一件を思い出して身構えた。
しかし、カタリナはかぶりを振った。
「そうじゃない。シャルロッテ・リンドがお尋ね者であることは確かだが、罪人としてではない。次期王城付き相談役候補兼クリストファー王太子殿下のお妃候補なんだ」
前々から子供が海の向こうのオルディスに売られているという情報はあったものの本腰を入れての捜査をしてこなかった国が、突然騎士団を動員して容疑者を追うようになったキッカケは、巫女探しが難航していることが関係していた。
連日王城で行われている自薦・他薦を問わない巫女選定とは別の、クリストファー王太子が独自調査であぶり出し、その所在を探しているシャルロッテ・リンド。
その消息は5年前に途絶えたままになっており、もしや、人さらいによってオルディスへ売られてしまったのではないかという疑惑が急浮上したのだ。
そこで王太子から、王国騎士団の中でも「なんでも屋」という立場の第五騎士団に捜査の命令が下ったのだった。
カタリナは、その裏事情を話してもいい範囲のみシャルロッテに語った。
「………」
あまりに突拍子もないことを言われ、訳のわからなさが一周回って逆に冷静になりつつあるシャルロッテが、数十秒の沈黙ののちようやく口を開く。
「人違いだと思うわ」
「はあっ?」
「だってカタリナ、冷静に考えてみて。相談役って何をするのかよく知らないけど、国王陛下が決断を迷われたときに相談するような役目なんでしょう?そして王太子殿下と結婚するってことは、将来王妃になるってことでしょう?このわたしが、山できのこを採って、薪割で斧を振り回しているわたしが、なれると思う?」
「たしかに…あまり想像できないな」
「でしょう?王都に行ったらきっと『人ちがいでした』って言われてすぐ返される気がするわ。でもまあ、シャルロッテ・リンドを見つけたら連れてこいっていうのがカタリナの任務ならもちろん王都へ行くから安心して」
すると突然、カタリナがイスから立ち上がったかと思うと、両膝と両手を床につき、頭を床にこすりつける勢いで深々と下げたのだった。
慌ててシャルロッテもイスから立ち上がる。
「カタリナ!?」
「シャルロッテ、申し訳ない。きみが我々の探し求めているシャルロッテ・リンドかもしれないと薄々思いながら、私はまるで騙すように王都へ連れて行こうとした。シャルロッテが誠実に秘密を打ち明けてくれたとき、そんな自分が心底嫌になった。友人、友人と言っておきながら、私は誠意の欠片もない卑劣な人間だ。好きなだけなじるなり、足蹴にするなりしてくれ」
カタリナの勢いに押されて言葉が出ないまま驚いて立ち尽くすシャルロッテに、カタリナはさらに続けた。
「これは東方の異国に伝わる『土下座』という最上級の敬意と謝罪を示す体勢らしいが、もしもこれでも気が済まないようならさらに、剣で自らの腹を切るという謝罪方法が…」
「やめて!!お願いだから怖いこと言わないで!」
シャルロッテは慌ててカタリナの言葉を遮って止めた。
この人なら本気でやりかねない。
シャルロッテも両膝をつき、カタリナの両手をとる。
「カタリナ、お願いだから顔を上げて。極秘任務だったんでしょう?きっと騎士様には友人や家族にも秘密にしなければならないことも、たくさんあると思うわ。わたしだってカタリナに嘘をつこうとしていたんだから、お互い様よ。わたしたちはこれからもずっと友人同士。ね、そうでしょう」
ゆっくりと上半身を起こしたカタリナは目を潤ませていた。
「ありがとう。シャルロッテのことはこのカタリナ・ハービッツが友人として、騎士として、守り続けることを誓う」
シャルロッテはこれまで恋をした経験がなかった。己の不幸な生い立ちから、そういうものとは生涯無縁だろうとあきらめていた。
もしもカタリナが男性だったら、さっきの言葉で確実に恋に落ちていただろう。
シャルロッテは、どこかふんわりとした気分でそんなことを考えながら眠りについたのだった。




