11.第五騎士団副団長
ひと目見てすぐにメローズ夫婦だと気づいた。
一旦目を伏せ、再度チラ見して確信した後、シャルロッテは跳ね上がる心拍数を懸命に表に出さないようにしながら、事前に決めていた合図――テーブルの下でカタリナのブーツをコツコツと2回軽く蹴って、カタリナに知らせた。
カタリナは関係者以外が見たらそれとはわからないような、わずかな手の仕草で誰かに合図を送った。
この店の中にも外にも、ほかにも張り込んでいる団員がいるとだけ聞いてはいたが、シャルロッテにはそれが誰だかさっぱりわからないままだった。
「最後まで食事を楽しんで」
しばらくするとカタリナは席を立ち、友人よりも一足先に帰るという自然な動作でシャルロッテに笑顔で手を振ると、会計を済ませて『まんぷく亭』を後にした。
シャルロッテは、バッグの中身を取るふりをして静かに向かい側の席へと移動した。
大きな音を立てたり、ぎこちない動作で周囲の視線を集めないように細心の注意を払いながら。
もう客の顔を確認する必要はない。目立たぬように背を向けることにした。
そのあとにテーブルに届いたアップルパイは、美味しそうな焼き色がついていて上にはシナモンがたっぷりかかり、カスタードクリームの甘さとりんごの酸味のバランスがちょうどよかったにもかかわらず、メローズ夫婦と同じ空間にいる緊張感からか、それともカタリナとともに食べることが叶わなかったためか、ひどく味気なかった。
日が西に傾いてきたものの、まだ夕方には早いこの時間帯ということは…メローズ夫婦は今日中にリリーズ貿易港まで行くつもりでいるだろう。
カタリナたちはそれを尾行し、リリーズ貿易港で実際に取引している現場を押さえて、オルディス側の仲介人もろともメローズ夫婦を捕まえたいと言っていた。
半時ほどしてシャルロッテの前にコーヒーが運ばれてきた。
「出されたコーヒーを飲み終わったら、もう店を出ても大丈夫という合図。そのまま自警団の詰め所まで行き、そこで待機」
事前の打ち合わせで聞いたカタリナの言葉をもう一度よく思い返しながら、ゆっくりコーヒーを飲み「ごちそうさまでした」と挨拶だけして『まんぷく亭』を出た。
『まんぷく亭』はその名にふさわしく、本当に美味しい料理を出してくれるお店だった。
メローズ夫婦が逮捕されたら安心してこの店にも通えるようになる。もしもまた、カタリナがこの村に来ることがあれば、次はハンバーグを食べよう。
でも、わたしにはその前にきちんと清算しないといけないことがある…。
カシム村の自警団は村民の有志で構成され当番制で運営されている。
この日の午後は、雑貨店の女主人エレナの夫であるヴェントが当番だった。
馴染みのある顔を見てシャルロッテはホッとした。
「こんにちは、ヴェントさん。騎士団の方に、ここで待機するようにと言われて」
「やあ、シャルロッテ、話は聞いてるよ。騎士様の任務に協力するなんて、シャルロッテはすげえなぁ」
ヴェントが人懐っこい笑顔を見せながらお茶を用意し始めた。
シャルロッテはすすめられたソファーに座り、ヴェントの淹れたお茶をすすりながら、昨日エレナの雑貨店でカタリナと知り合ったことや、すぐに打ち解けて友人になったこと、成り行きで任務を手伝うことになったことを話した。
任務の内容に関しては、シャルロッテが許可なくペラペラしゃべっていいものか判断がつかなかったのでそこまでは話さなかったし、ヴェントのほうもそれを心得ているのか突っ込んだ質問はしてこなかった。
突っ込まれたところで、5年前のあの出来事を正直に話すことはできないのだけれど…。
しかしシャルロッテは、今日カタリナがメローズ夫婦を捕まえて戻ってきたら、カタリナには5年前の出来事と自分の素性を正直に話そうと決心していた。この5年間、メローズ夫婦を野放しにしていたせめてもの償いとして。
その後しばらく、シャルロッテとヴェントは他愛もない話をした。
ヴェントのイモ畑は今年も豊作だとか、カマキリが卵を産み付ける位置が例年よりも高いから今年の冬は積雪がすごいかもしれないとか、いま薪割に励んでいるところだとか…。
ヴェントから、今朝エレナが朝食の支度をしていて台所の床板を踏み抜いたと聞かされた時は、「ほら、だから注意したのに」と苦笑したシャルロッテだった。
シャルロッテの左目が映す未来は、その対象となった人物や物にとって都合の悪い出来事ばかりだ。
しかし今回のことで、当の本人にとっては不幸なことであっても、それが周囲の人たちにとっては「良いこと」になる場合もあるということがわかった。
メローズ夫婦の逮捕は社会的には喜ばしいことだ。
そしてシャルロッテは、ふと5年前の、あの若い警備兵の未来視を思い出した。
王の戴冠式――シャルロッテは自分の左目がこんなきらびやかでおめでたい風景を映したことに感動して妙な自信を持ち、それが家出のきっかけとなったはずだ。
………戴冠式は、あの彼にとっては不幸にあたるってこと……?
急に難しい顔で物思いにふけるシャルロッテを、ヴェントは「騎士様たちを心配しているのだろう」と解釈してそっとしておいたのだが、日がすっかり落ちて外が暗くなり、それからしばらく経ってもカタリナたちが帰還の気配を見せないことにソワソワし始めた。
「ヴェントさん、お腹すいたんですか?」
それに気づいたシャルロッテが尋ねた。
「いや、もうすぐ夜勤当番と交代の時間なんだが、その時間までに戻ってこなかったら、シャルロッテを山小屋まで責任をもって送り届けるようにと仰せつかっているんだ。ちょっと、ランタンの用意をしてきてもいいか?」
ひとりで帰れるのに…と思いながらも、そこまで考えてくれていたカタリナの配慮が嬉しかった。
と、そこで、遠くから複数の馬の足音が聞こえ始めて、ヴェントとシャルロッテは顔を見合わせて詰め所の外へ出た。
カタリナを乗せた馬を先頭に3頭の馬が駆けてきて詰め所の前で止まる。
「すまない、遅くなった」
馬から降りて笑顔を見せるカタリナに、シャルロッテは駆け寄って抱きついた。
「おかえりなさい」
「シャルロッテのおかげで、悪い奴らを捕まえることができたよ。女の子も保護したし、向こうの仲介人取り押さえた」
「お疲れ様、上手くいくって5年前から知ってたわ」
「え?」
「なんでもない。ケガがなくてよかった」
そこまで言ってようやくシャルロッテは、思わず子供のようにカタリナ抱きついてしまったことが恥ずかしくなってきて体を離したが、ヴェントをはじめカタリナとともに戻ってきた二人の騎士も何やら「見てはいけないものを見てしまった」というようなビミョーな顔をしてこちらを見ていた。
「おい、妙な勘違いをするなよ」
カタリナの、いつもより低い声が響く。
「はっ、もちろんです、副団長」
カタリナに睨まれたふたりの騎士はビシっと姿勢を正した。
「お前たちは宿へ行って荷物をまとめ、チェックアウトするように。後続部隊と合流したら夜通し馬を走らせて王都まで護送しろ」
「はいっ!」
ふたりの騎士が再び馬にまたがり走り出す瞬間、風に乗ったぼやきがシャルロッテの耳に届く。
「副団長、鬼だよな~」
「鬼のハービッツ副団長…」
シャルロッテは騎士を見送った後、カタリナに向き直った。
「ふ…ふ、ふ、ふく…」
「シャルロッテ?私の顔がそんなに可笑しいか?」
「ちがうでしょ!笑ってるんじゃなくて!……カタリナって、副団長さんだったの?」
カタリナは首をかしげていつものように笑った。
「言ってなかったか?私が第五騎士団の副団長だって」
「言ってない!聞いてません!」
シャルロッテはヴェントの後ろに隠れた。
「ヴェントさん、どうしましょう。わたし、騎士団の副団長様に向かって馴れ馴れしい口調で話したり、一緒に食事をしたり、おまけにさっきは抱きついてしまったんですけど、これって不敬罪とかにあたります?だからさっきの騎士様たちはビミョーなお顔をなさっていたのね」
「い、いやあ、さっきの顔はそういうんじゃなくてなぁ…女同士なのにずいぶん仲がいいっつーか、もしかしてそっち系?っつーか……」
「そっち系?」
首をかしげるシャルロッテにヴェントがたじろいだ。
「すまん、シャルロッテにこれ以上は言えねえ。エレナに叱られる」
意味がさっぱりわからず、はてなマークが飛び交っているシャルロッテにカタリナが近づいていく。
「シャルロッテ、昨日食事をともにした私も、今日、第五の副団長として任務を遂行した私も、何らかわりなく私たちは友人同士だろう?ついでに言っておくと、私はシャルロッテがそっち系でもあっち系でも何の問題もない」
いたずらっぽく笑ってシャルロッテを抱きしめたカタリナと、何のことやらわからないまま固まるシャルロッテを交互に見ながら、カタリナの先ほどの言葉が冗談なのか本気なのか、その真意がわからないまま戸惑うヴェントの「えぇっ!?」という声だけが夜空に響き渡っていた。
そっち系の話にはならない予定ですw




