2023/07/22
4734.
「よし、今日もカンペキですわね」
「お嬢様。お車の用意ができました」
「ありがとうジャン=ポール。ですが今日は歩いて行こうと思いますの。家や他社様とのミーティングもありませんし、登校時間までに到着すれば問題ありませんから」
「承知しました。気を付けて行ってらっしゃいませ」
4735.
(んふふ・・・素晴らしい朝ですわ。目的まで毎日歩くなんて庶民は何を考えているのかと思っていましたが、こうしてじっくり景色を見ながら歩くのも悪くないですわね)
「ホー、ホー、、ホッホー。ホー、ホー、、ホッホー」
(うんうん、このキジバトの声・・・初めて聞いた時は何事かと思いましたが、これぞ徒歩の朝のルーティーンですわ。心が整います)
「ホー、ホー、、ホッホー。ホー、ホー、、ホッホー」
4736.
タッタッタッタッタッタッタッタッ・・・。
(誰ですの? 朝から慌ただしく走ったりして。これだから庶民は)
「んん~~~~~!」
「え?」
4637.
ゴン!!
「いでっ!」
「きゃぁっ!」
「わっ、まずい!」
4638.
がしっ。
「ふぅっ、セーーーフ」
「何がセーフなんですの? ぶつかりましたけれど」
「わぁっ、ごめんごめん! 謝るからとりあえず起こすよ!」
4639.
「全く・・・何を急いでいるのかは知りませんが、気を付けてくださいまし」
「あっ、そうだ! 朝練! でも諦めるしかないかぁ。人にぶつかっといて“急いでるんで”で行っちゃうのは」
「あら、殊勝なことですわね。ですが行ってしまっていいですわよ? 遅刻の言い訳にされたくありませんからね」
「そんなとんでもない! 遅刻の原因は寝坊だって言うよ! どうせもうダッシュしたって30分遅れは確定だし!」
4640.
「そんなわけで一緒に行こうよ。同じクラスなんだし」
「あら、言われてみれば・・・えっと、西村君でしたか?」
「西岡だよ! はぁ、お嬢様が相手とはいえ覚えてもらえてないのキツいなぁ」
「うふふ♪ ごめんあそばせ」
4641.
「なに今の、超可愛い!」
「え、かわ・・・!? と、突然何を言いますのよ!」
「え、だって可愛かったし」
「やっ、でっ、ですからっ、何を口説いてきていますのよ!」
4642.
「え、別に口説いてるわけじゃあ・・・それに、いいとこのお嬢様だったらしょっちゅう言われるんじゃないの?」
「それは社交辞令としてはよくありますが・・・西村君が言うと本心のように聞こえてしまうので」
「だから西岡だよ!」
「あら申し訳ありません。わたくしったら、つい」
4643.
「もしかしてお嬢様いまわざと俺の名前間違えなかった?」
「そんなことはありませんわよ西村君」
「今のは絶対わざとでしょ!」
「んふふ、バレてしまいましたか」
4644.
「ですがこれからも西村君とお呼びしてもよろしいですか?」
「えぇっ、なんで!?」
「よいではないですか。わたくし何故かあなたのことは、西村君と呼びたくなってしまったのです」
「まぁ、だったら別にいいけど」
4645.
「それじゃあ決まりですわね。よろしくお願いしますわ西村君。そういえば西村君はわたくしのことは何と・・・」
「それじゃあ、“お嬢様さん”でいい? 心の中ではいつもこれだから」
「うーん・・・お嬢様が強調されると少々距離を感じてしまうのですが」
「そっかぁ、じゃあもうちょっと考えてみるね」
4646.
「よし! “サバ譲さん”なんてどう?」
「えぇっ、なんだか品のない響きに聞こえるのですけれど」
「そう? さすがお嬢様、注文が多いなあ・・・」
「あぁっもう! でしたらもう“お嬢様さん”でいいですわよっ!」
4647.
「ほんと? 良かったぁ。やっぱり呼び慣れてるのが一番だよね」
「わたくしクラスの方々になんと呼ばれてるのでしょうね・・・」
「え? みんな割と“サバ譲さん”って呼んでるよ?」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
4648.
「まぁまぁ、いいじゃん。アダ名みたいなもんだし。お嬢様さんが思ってるほど悪いイメージ持ってる人いないよ。可愛いって評判だし」
「だっ、だから突然口説かないでくださいまし! 社交辞令で言ってくる方々もそんな頻繁に言いませんからね!?」
「あ、言っとくけど社交辞令じゃないからね? 呼び方のことで流れちゃったけど実際本心で思ってるし」
「だからそれをやめてと言っていますのに・・・!」
4649.
「あっははは。そんな反応されると余計にからかいたくなっちゃうなぁ」
「こっ、これ以上はダメですからね!? とっ、特に学校では! こんな姿を美々香さんに見られたら笑いものにされてしまいますわ!」
「それは間違いないね」
「よろしいですか!? 絶対に学校ではダメですからね!?」
4650.
「それじゃあ学校に着くまでにたくさん言っとかないとね。うん、お嬢様さんは可愛い!」
「もっ、もう! 早く行きますわよ西村君!」
「はいはい。 でも何だか、お嬢様さんから“西村君”って呼ばれるの。あんま違和感ないなあ。お嬢様さんを“お嬢様さん”って呼ぶのは俺だけで、俺のことのを“西村”って呼ぶのはもちろんお嬢様さんだけだから、トクベツって感じがしていいね!」
ズッキューーーーーーーーーーン!!
4651.
(なっ、何ですの今の衝動は! 無邪気な笑顔が素敵・・・ではなくて!! こっここん、こんなことって・・・なんっ、何なんですの・・・!? こっこれは、そうです! 西村君があまりにも無邪気すぎるから! 人は高校生の歳にもなれば言動に裏があるもの・・・それは社交界でも庶民界でも見て来たから、この表裏のなさそうな笑顔に動揺しているだけですわ! そうに違いありません!)
「ん? どうしたの?」
ずいっ。
「うっきゃーーーーーーー!!」
4652.
「おわっ! どうしたの!?」
「きゅっきゅきゅきゅ、急に近付かないでくださいまし! 淑女との距離はもう少し保って然るべきです!」
「あぁそっか、ごめ~ん。俺ってこういう奴だからさ~」
「全く、もう・・・」
4653.
(う、うぅっ・・・西村君の顔が近付いただけであんなみっともない声を上げてしまうなんて、わたくしとしたことが・・・! あぁっもう、全部ぜぇ~~んぶ西村君のせいですわ! 殿方がいきなりあんなに顔を近付けて来たら淑女なら誰だって戸惑うに決まってるではありませんか! えぇ、えぇ! わたくしがおかしいのではありませんわ、決して!)
「でも新鮮だなぁ。お嬢様さんって結構クールっていうか、大抵のことには動じないタイプだと思ってたから。結構オーバーリアクションで見た目以上に可愛いね」
「あぁもう! 本当に怒りますわよ!」
「ごめんごめん。反応まで可愛くて、つい」
4654.
「に・し・む・ら・君!!」
「わーーっ! ゴメン今のはわざとじゃなくって! 本心で!!」
ズキューーーーーン!
「でっ、ですから本心で言うのがダメなんですっ!!」
4655.
「はぁ、はぁ・・・」
「はぁ、はぁ・・・もう、何なんですのよぉ・・・」
「ごめん、朝から、疲れさせちゃって・・・」
「本当ですわよ。今度言ったらSPに口を塞がせますわよ?」
4656.
「ひぃ~それは勘弁して~~」
「でしたらもう口説いたりしないでくださいね。それはそうと西村君、パンを片手に登校なんてお行儀が悪いですわよ。ぶつかる直前は咥えてましたわよね?」
「いや~遅刻しそうな時はいつもこれで。朝ごはんは絶対食べろって言われてるからこうなっちゃうんだよね~」
「あまり早起きは得意そうではありませんもんね」
4657.
「あ、分かっちゃった?」
「それはもう、すっかりと。これほどに分かりやすい方もそうそうおりませんわよ」
「ひひひっ。それほどでも~」
「褒めてませんからね?」
4658.
「でも、庶民らしくてイイっしょ。食パンダッシュ」
「庶民らしいと言えば確かにそうですけれど、よいか悪いかで言われたら良くはありませんからね?」
「にししっ。良くないことを良くないって分かっててもやっちゃうのが庶民なんだよ」
「わたくしには到底理解できませんわね・・・」
4659.
「そういえばお嬢様さんは何で今日歩き? 車じゃないの? あれ、でも朝は車あんまり見ないかも。放課後はよく見るんだけど」
「登校時に来るまで来る際はお仕事の用事がある時ですからね。ひと足早めに来て会議室を借りておりますのよ」
「あっそーなんだ! すっげぇ~~」
「何が凄いんですのよ・・・」
4660.
「え? だって朝早く来て会議でしょ? 俺には真似できないよ」
「そうですか? 大したことではないと思いますけれど」
「大したことだよ! カッコイイじゃん、大人な感じで。それを学校で、みんなより早く来てパソコンとかでやってるでしょ? 凄いことだよ!」
「そうですか・・・そこまで言われると何だかむずがゆいですわね」
4661.
「いやホントに凄いよ! 俺だったらめっちゃ自慢してる! 家のことだからとはいえ学校行きながら仕事なんて凄いことなんだよ!」
「ほっ、褒めても何も出ませんからね?」
「また社交辞令だと思ってない? ちゃんと“凄い”って思ってるからね」
「ででっ、ですからそういうのをやめてくださいまし!」
4662.
「えぇ~っ!? これもダメなのかぁ」
「ダメなのです。油断するとすぐ西村君は褒め殺しにかかってくるのですから」
「褒め殺しってほどじゃなかったでしょ~」
「いいえあれは無差別殺人級でした」
4663.
「いやぁ少なくとも無差別殺人はなかったと思うんだけど」
「反応に困るのですから、あんまり人を褒めちぎるものではありません」
「そっかぁ・・・確かに、あんまり褒めすぎて社交辞令だと思われたくもないからね」
「すっかりわたくしは、褒め言葉を社交辞令と受け取るタイプだと思われてしまいましたわね・・・」
4664.
「あれ、もう学校だ」
「もう登校時刻も近付いておりますからね」
「ちぇえっ、もう少しお嬢様さんと喋ってたかったなあ」
「え、えぇっ!?」
4665.
「え、そんなに驚くこと?」
「そそっ、そうですわよね。せっかく西村君とお話しできたのに、ここで終わってしまいますからね」
「これからは教室でも声かけるからね。でも、登校はタイミングかぶらないと無理だし、やっぱりなんか新鮮だから、終わっちゃうのはもったいないよね。ししっ」
キューーーーーーーーーーーン!
4666.
(な、何ですの!? 社交辞令ではないにしても普通に言う言葉ではありませんか! それを何故わたくしはこんなにも心打たれているというんですの!?)
「おーーーい。お嬢様さーーーーん」
「はっ、はい! 何でしょう!」
「考えごと? 会議がなくても仕事のこと考えなきゃいけないなんて、やっぱり大変そうだね」
4667.
「ふ、ふん! 何のこれしきですわ。わたくしが日々の仕事を苦にしてないことは先ほどの会話でお分かりでしょう?」
(あーもう! わたくしは何を言っているんですの!? こんな態度では嫌われてしまいますわ! あっ、いえっ、西村君に嫌われたくないのは変な意味ではなくて学友としてで・・・ってわたくしは誰に釈明しているのですかっ!)
「うん、考えごとしてる間もつらそうじゃなかったよ。だから尚のこと凄いなぁって思っちゃった!」
キュキューーーーーーーーン!!
4668.
「それじゃ、教室着いたからこれで」
「ええ。今日はありがとうございました」
「こっちこそだよ。じゃっ!」
「ふふ、ごきげんよう」
4669.
(はぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! もう! 西村君反則すぎですわ! 何であんなに人の心をくすぐってくるんですの!? それに、別れても残るこの気持ち・・・何なんですの!? 子の胸の高鳴りは・・・!? わ、わたくしに限ってこんな、そんな・・・!)
「よぅサバ令嬢。お前が庶民生徒と肩を並べて登校とは珍しいじゃねぇか」
「ええ。たまの徒歩通学の際に、偶然にも途中でお会いしましてね」
(あ、安心しますわこの人。こんなにも美々香さんに感謝したのは初めてかも知れません)
4670.
「ふーん。てかあいつテニス部じゃなかったっけ。あっこいつも朝練してるけど大丈夫だったのか?」
「あぁ・・・」
「に~~~し~~~お~~~か~~~~~?」
「大丈夫じゃなかったみたいだな・・・」
4671.
「げっ、辻!」
「“げっ”じゃないだろお前。ついに遅刻を通り越して朝練サボりやがって。筋トレ2倍から3倍にすっぞ。あ?」
「やめてくれよ! 2倍ですらしんどいのに・・・てか3倍なんてやったら練習に身が入んねぇよ!」
「筋トレしなくても筋肉ビッシリな脳ミソにはちょうどいいだろ?」
4672.
「ちょっそれ俺が脳筋ってこと?」
「単細胞ではあるよな」
「なんだとぉ~~っ?」
「文句があるなら、せめて時間の約束ぐらい守ろうな」
4673.
「とにかく今日は3倍な」
「そんなぁ~~~」
「ちょっと待ってくださいまし!」
「ん?」
4674.
「お、お嬢様さん・・・!」
「えっと・・・何か用ッスか」
「本日、西村君が朝の練習に行けなかったのはわたくしのせいですわ」
「えぇっ!?」
4675.
「え、そうなの? てかコイツ西岡・・・」
「あーそこは説明が難しいんだけど、俺、西村って呼ばれることになって」
「え゛。まぁいいや。それで、遅刻の原因がサバのお嬢様という話で・・・?」
「えぇ、そうですわ。今朝、わたくしはたまの徒歩通学をしていたのですが、ハンカチが風で飛ばされまして、それを取り戻すのを手伝って頂いたのです。きっと、わたくしに責任を押し付けるのに気が引けて、言い出せなかったのですわ」
4676.
「え、お嬢様さん・・・?」
「それが本当なら・・・ですが、西岡の反応からして、かばってるだけみたいッスね」
「そ、そそっ、そぉんなことありませんわよ。なぁぁんでこのわたくしが庶民をかばったりしないといけないのですか!?」
「知りませんけど・・・ハンカチ拾ってもらったことだけは本当とか? この時間の登校ならハンカチ関係なく朝練には間に合ってないでしょうし」
4677.
「とにかく、理由はどうあれウチの部のことなんで」
「待ってください! 納得できませんわ。わたくしの責で練習に行けなかった方が罰を受けるなんて」
「そッスか。じゃあ・・・」
「ええ。デュエルで勝負ですわ」




