2023/06/25
4606.
「なぁ谷崎ぃ。ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「なんだ満月。どうせ大したことじゃないだろう、さっさと帰れ」
「昼休みに教師に“帰れ”って言われたのは初めてだぜ・・・」
「ん? あぁ・・・」
4607.
「いや、すまん。つい心の奥底の本心が表に出てしまった」
「せめて今のセリフだけは抑えてくれなかったのか?」
「何故だ? 教師たる者、問題児にはさっさと帰ってもらって平穏に過ごしたいと思うのは当然だろう」
「お前は本当に教師なのか?」
4608.
「何を言っている。どこからどうみても教師だろう。学校で、教壇に立ってものを教える仕事をしているのだからな」
「いや職業の話をしているんじゃなくてだな」
「職業の話だろう。農家、物流屋、販売員、調理師、工場の作業員、システムエンジニア・・・色んな職業がある中の1つが教師というだけであり、俺はその職業に課せられた必要最低限の仕事をこなすだけだ」
「こんなこと言うヤツに教育なんてされたくねぇな・・・」
4609.
「ちょっと遠藤せんせ~、谷崎せんせーが変なんだけど~」
「あぁ、その人たまにそんな感じになっちゃうのよね。困ったものだわ、ふふふっ♪」
「いや笑いごとじゃないだろお前もどうしたんだよ」
「“どうした”って、私その人の上司じゃないし、変になっちゃったとしてもケアする責務は負ってないわ。教師というのは生徒にものを教えてればいいの」
4610.
「やべぇ、遠藤までおかしくなってんな。ちょっと保険の先生に聞いてみっか」
ガチャリ。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「や、なんか、遠藤と谷崎の様子がおかしくてな」
4611.
「なるほど・・・それはきっと教師病ね」
「教師病?」
「ええ。教師をやってる人に稀に見られるわ。ストレスが溜まる余り、教師という立場を単に職業としてしか捉えずになり必要最低限の仕事しかしなくなるの」
「問題児を追い返すんじゃなくて矯正させるってのも“必要最低限の仕事”だと思うんだがな・・・」
4612.
「実はそんなことまでしなくても問題ないのよ。ある程度は個人の自由に任されていて、授業やってテストやって、進路指導とかも表面上だけやってしまって、余計な仕事の元になるのは見て見ぬふりしても平均的な評価はもらえるから」
「教師という職業の評価制度を見直すべきなんじゃないのか?」
「そんなことをしたら誰も教師なんてやらなくなってしまうわ。退職以外に、最悪は手を抜ける逃げ道を用意しておかないと教師が足りなくなってしまうでしょう?」
「教師という職業の労働環境を見直すべきなんじゃないのか?」
4613.
「問題意識はみんな持ってるんだけどねえ・・・結局は今の状態が落としどころになってしまったわね」
「なんてこったい。で、教師病はどうすりゃ治るんだ?」
「無理に治さなくても、教師として問題のある発言が目立つだけで、授業はできるし他の仕事も普通にこなせるから問題ないと思うけど?」
「“教師として問題のある発言が目立つ”、のどこに問題がないんだ?」
4614.
「おい、まさかとは思うが・・・」
「それはありません。保険医は教師とは別ですから教師病にはならないわ」
「でも“保険医病”はあるんだろう?」
「あらバレちゃった?」
4615.
「おい! どうすんだよ!」
「大丈夫よ。保険医は保険医病になっても最低限の仕事だけはするから、教師の人の異常にも対応するわ。でも教師病になっちゃった教師は絶対にそれを自分では言わないの」
「そもそも自覚してるのか?」
「それはもちろん。何なら心の中では、“まずい、自分いま教師病だ”って思ってるわよ。でもそれを言い訳にしないことだけが残された唯一の良心なの」
「もういっそ“体調不良”とかで休んでもらった方がマシなんだが?」
4616.
「とにかく2人を治そうぜ。あのままじゃいつか問題発言してネットで炎上するぞ」
「そうなの? 怖い時代になったわねえ。教師病を治すには、原因となっているストレスを避ける他ないわ。2人を連れて来てちょうだい。一旦休んでもらって、寝言を聞けば何がストレスになっているか分かるから」
「夢にまで見るのか・・・相当やべぇな教師病」
「さあ早く。お昼休みのうちに治してしまいましょう」
4617.
「よし、連れて来たぜ」
「おい満月。何のつもりだ。教師に対して“寝ろ”など。どうせ後でネットで炎上させるつもりだろう」
「ンなわけあるか。教師にも昼休みぐらいあるだろう? さっさと寝ろ。遠藤もだ」
「何を企んでるか知らないけど・・・疲れてるし、そこまで言うなら」
4618.
「「スゥ、スゥ・・・」」
「うわすげ、一瞬で寝たぞ」
「教師病は相当に疲れている状態だから。押せば倒れるし横になれば寝るわ。さて、寝言を聞きましょう」
「そうだったな。まぁ、聞いたところでどうにかできる保障もないけどな」
4619.
「ちょっと、まんげつ、さん・・・」
「え、私? あぁー、まあ、担任だしな。私に対して色々と思うところがあるんだろう。どれどれ、谷崎は? どうせ生徒の半分が女子高生でムラムラを抑えるストレスだろ」
「おい。まん、げつ・・・いいかげんにしろ・・・」
「2人とも私かよ!!」
※教師病は実在しません。多分・・・