聖女のことはわからない ー03ー
その声はあまりに甘くて。
誰が発したかなんて、ニケには振り向かなくともわかった。
しかし振り向く。
ニンジンみたいに赤い髪の青年が、眼鏡の奥から観察するようにこちらをじっと見つめていた。
ジュンシー・リー。
そっくり同じ顔の弟が驚いた顔をしているので、やっぱりさっきの発言をしたのはジュンシーの方なんだろう。
「……ジュン、あなたそれ本気でいってるの?」
「ええ。本気ですよ。私の目を見ればわかるでしょう?」
ニケの問いに、ジュンシーはにこりと微笑む。
相変わらず彼は綿菓子みたいに甘くて優しくて、そして絶対に有無をいわせない。
この人が行くといえば行くのだろう、止めようとしたって。
ニケは少し眉を寄せ、ルーカスとニキータを交互に見た。
ルーカスはニケと同じように眉を寄せ、不愉快そうな表情を浮かべている。
ニキータはこの会話があまり面白くないのか、ニケの視線に気づくとガタガタと座っているイスごと近づいてきた。
何をするのかと思えば、そのままニケの膝の上に足を投げ出してくる。
「こいつ…………聖女様を足置きにしてやがる…………」
「あ?何かいったか?蜘蛛野郎」
いつものように揉め出したルーカスとニキータは放っておいて、と。
ついでに自分の膝の上に唐突に乗せられたニキータの足をあっさりと跳ね除け、ニケは立ち上がった。
もう膝を足置きにはさせない!!
そんな強い意志を持ちつつ。
ちなみにニキータが明らかに大きな舌打ちをしたので、ニケは立ち上がってから流れるようにニキータの前髪を掴んだのだった。
いつでもこのまま前髪をむしり取れるんだぞ、という無言の圧をかけて。
「ご主人……やっちまえ」
「おい!!マジでやめろよ、ニケ!!バカ蜘蛛も煽ってんじゃねぇぞ!!これをマジでやられたら俺様の完璧な前髪がなくなるんだからな!!」
「確認したいことがあるんだよね、ジュン」
「おやおや何でしょうね」
「無視すんな!!悲しくなるだろ!!いや悲しくねぇけど!!前髪を掴まれてるのに無視されたら悲しいってだけだけどな!!お前に無視されて悲しいわけじゃねぇけどな!!」
なんだか可哀想になったのでニケは手を離し、よしよしとニキータの頭を撫でておいた。
ニキータは満足そうにドヤ顔を浮かべる。
今度はルーカスが大きく、はっきりと舌打ちをしたのだった。
「あなたは一応、騎士団の人間よね」
「いいえ。ちゃんとした騎士団の人間です。ご存知なかったですか?一応ではありませんよ」
「一応ではない騎士団の人間ということは、私が悪さをしたら捕まえる可能性があるということよね」
「聖女様に悪さをするご予定が?」
「ええ。実は学園で」
「内容にもよりますので聞かせていただけますか?情状酌量という可能性もございます」
「うーーーーん、じゃあ話すわ」
「とんでもねぇ聖女だな!」と、煽ってきた双子の弟にジュンシーが肘鉄をかましたのをニケはしっかりと見たが、曲がりなりにも「ちゃんとした」騎士団の人間がそんなことをするわけがない、とスルーすることにした。
とんでもない笑顔のジュンシーが「うるさい、ハオ」といっている姿も見たが、笑顔だし。
何故かズーハオは真っ青になっていたが、笑顔だし。
ジュンシーに限っては笑顔が一番怖いということは考えないようにしながら、ニケは口を開く。
「実は私、あなたの目の前でジョゼフィーヌをぶん殴るつもりなのよね」
「なるほど。目を隠しておきますね」
「2、3発いくつもりだけど」
「耳も塞いでおきますね」
「世界征服も企んでるけど」
「全力で止めますね」
つまりは、考慮してくれるってことらしい。
ジュンシーは笑顔のまま、続けた。
「むしろ殴る程度で良いのですか?」
「当然よ。この拳で殴らなきゃ意味がないのよ」
「俺様も殴るからな」
「悪いけど僕は殴らない」
ニケと同じように拳を作るニキータの後。
ルーカスはきっぱりといいきったのだった。
「殴らないの」と、ニケは驚いて聞き返す。
「今なら3発殴っても許されるわよ」
「許されねぇよ、とんでもねぇな!こいつマジでとんでもねぇ聖女だな!」
「ハオ。それが聖女様に対する態度ですか……?」
視界の端でジュンシーが巨大な瓦礫を握力だけで砕け散らせた気がしたが、ニケは見なかったことにした。
拗ねるような顔で唇を結んでいるルーカスの肩を、ニケはぽんぽんと叩く。
どうしたの、なんて尋ねるように。
「…………僕は人ができてないから。うちのご主人をここまで苦しめた奴を、殴る程度で許してやるなんてできない。だから殴らない。もっと苦しめてやる。ご主人が苦しんだ分だけ。もっと。絶対に。許さない」
ルーカスの手が震えてる。
正確にいえばジョゼフィーヌからのイジメを苦にして行った自殺は多分成功して、「ニケ」は「ニケ」となった。
そういう意味ではジョゼフィーヌに感謝しているので、ニケは断罪を下そうという決断ができずにいる。
ルーカスやニキータと出会えたことは感謝しているし。
けれどルーカスからしてみれば。
思うところもあるのだろう、聖女様って多分こういう状況にあるべきじゃないって知っているから。
聖女様っていうのはキラキラして、高貴で、みんなから愛されて守られている。
多分そういう存在で。
ジョゼフィーヌはそれを甘受してる、今もこの瞬間も。
ニケは死にかけたり、疑われたり、なんだかんだ大変な目に遭っているというのに。
「ルーカス……」
「ご主人が良い感じのこといっても聞かないから」
「頑なじゃん〜ご主人だよ?聖女様だよ?もっと意見聞いて?良い感じのこといってババーンと大ゴマでキメたいじゃん?」
せっかく王様にも認められたのに〜と思ったところで、ニケはハッとした。
そうだ王様!すっかり忘れていた!
バッ!と振り返ると、王様は笑っていた。
微笑ましいというか、多少疲れた顔で。
「色々と兄弟とパートナーで話し合う時間も必要ではありますね……」
「すみません、無視したとかそういうわけじゃ全然ないんですけども!」
「いや良いのです、良いのです。お疲れでしょうし、ともかく今日はここで終わりましょう。聖女様にお部屋を…………いや、豪華な部屋をご用意してしまうと憶測を生むか……?」
結局、ニケ達は昨晩の部屋に引き続きまた泊まることになった。
王様方は申し訳ないと恐縮していたが、ニケからすると十分に豪華な部屋だったので逆に恐縮してしまったくらいである。
部屋は豪華にできなかった分、用意される服や食事はめちゃくちゃ豪華なものになったので、またもニケは恐縮し戸惑ったが、食い意地を発揮させてたくさん食べ、そして…………
「ジュンシー・リー隊長が本当についてくるとして、受け入れるか、それとも上手いこと撒くか!ドキドキ!作戦会議〜!」
「イエーイ!」
「いえーい…………そのまんまだね」
自室にて、そんな会議が開催されることと相成ったのだった。
「ちなみにこの『ドキドキ』はジュンシー・リー隊長にバレるかも?というドキドキを表現しています!」
「気付かないでしょ、そんな盗聴でもしてない限り………………」
「なんだよ?」
ニケとルーカスは同時にドアを見る。
ひとりだけこの空気がわからなかったらしいニキータは、ベッドであぐらをかきながら眉を寄せていた。
「……盗聴してそうだよね、あの人」
「わかる。さすがルーカスちゃん!鋭い!」
「蜘蛛で繭でも作るか?」
「ニキータ天才?」
ということで……
仮にも王城内でも、まぁそれなりに豪華な部屋の中。
ソファを動かした上で、聖女様とそのパートナーと魔王様は蜘蛛の糸で作った繭のようなテントの中で作戦会議をすることになったのだった。
「……聖女様はこんな、こんなことじゃないんだよ。偽聖女は許せない……!」
(決意硬くしちゃったな……)
嘆くルーカスを尻目に作戦会議が始まった。




