聖女のことはわからない ー02ー
「何故ニケ様を聖女として国全体に伝えられないのかというと……学園には『いる』からだ」
『いる』と王はいった。
別段、特徴的な言い回しだったわけではない。
けれどその言葉に含まれている何かが、ニケには見えた気がした。
「ジョゼフィーヌ・マルが」
多分それは悪意と苛立ち。
王は精悍な顔を歪ませ、彼女の名前を苦々しげに告げる。
その姿を見たニケは思わず「ハハ」と笑ってしまった、小さく乾いた声をあげて。
だって。
(ついさっきまでは聖女様と持て囃してたのにこれだもん)
ついさっきまでニケは逃亡者で犯罪者でただの少女だった。
ついさっきまでジョゼフィーヌは聖女様だった。
それなのに王ときたら、彼女の名前はまるで口に出すのもおぞましいものとでもいうみたいに吐き捨てた。
それが何だかニケにはおかしくて、おかしくてたまらなかった。
そういえばジョゼフィーヌも笑っていなかったか?
あの灰色の世界で。
王妃を見下ろして、楽しそうに。
ジョゼフィーヌも思ったのかも知れない、ニケの予想が正しければ多分彼女も転生者。
面白かったのではないだろうか、彼女も。
ゲームの中では悪役令嬢であるジョゼフィーヌが、まるで本物の聖女のように救いを求められる。
それがおかしかったのではないだろうかーーー……
(今の私のように?)
そこまで考えてニケは考えることをやめた。
ジョゼフィーヌと己が似ていると思いたくなかった、彼女にされたことをニケは覚えていなくても「ニケ」は覚えてる。
どちらにしろニケはジョゼフィーヌを許せないと思ったし、あの場面で王妃を助けようとせずに笑っていたジョゼフィーヌの気持ちなんて想像するばかりでわからないと思った。
「そして学園にはあの女がいるだけじゃない、あそこにはーーー」
「乗り込んでぶっ倒そうぜ!」
神妙な顔で続ける王の話を遮るように、威勢の良い声が降ってきた。
続いて降って降りてきた人影はダン!と音を立て、大理石の上に立つ。
「聖女の名を騙る奴は許せねぇ!別にニケのためじゃねぇぞ!俺様のためだからな!!」
ニキータが堂々と言い切った。
ニケが見上げると、天井の繭のようなものの一部が張り裂けている。
椅子はまだそこにあるみたいなので、どういうやり方をしたのかわかりかねるがニキータだけがそれを破ったのだろう。
「それは……できない」
「あぁ?何でだよ!その女は今も聖女の名を穢してんだぞ!!聖女はニケのもんだ!!」
ニキータは苛立った様子で大理石の床を思い切り踏み鳴らし、茶色の長い髪をかき乱した。
怒鳴るような叫び声に気づき、少し離れたところでルーカスと話し合っていたジュンシーとズーハオが振り返る。
何事かと顔色を変える騎士達を手で制し、王は冷静に続けた。
「それはその通りだ、彼がいっていることは正しい。しかし学園には私の息子を始め、たくさんの者がいる。魔女はもちろん、呪われた子達……」
「魔女ね!貴族の子どもが多いんだってなぁ!昔はお前ら散々……!」
「ニキータ」
ニケはニキータの手を握ると、さっきまでルーカスが座っていた椅子に座るよう促す。
全ての始まりである魔女のことでもいおうとしていたに違いないニキータは大きく舌打ちし、ニケに促されるまま椅子に座った。
「確かに魔女は貴族の令嬢が多い。我々にとってみれば人質ともいえる」
「それでも!!」
いい返そうとするニキータを制し、ニケは至極冷静に口を開く。
「考えてもみて、ニキータ。私が聖女だと知った時、あの学園の人達がジョゼフィーヌに反旗を翻したとするわ」
「は?最高じゃねぇか!!何が悪いんだよ!」
ニキータはやっぱり苛立ちながら、長い足を組み替えた。
ふ、とニケは笑う。
「いいの!?ジョゼフィーヌが…………ボコボコになるのよ!!私達が殴ったりする前に!!」
「!!!」
はっ!とニキータは大きく見開く。
ニケは拳を作り、それを震わせた。
何事かと、こちらに近寄って来た人々の中で、ニケがどういう人間かと良く知っているルーカスだけが眉を寄せていた。
「あの……ニケ様?」
「いいのよ、王様!何もいわないで、わかってるわ。私は決めているの!!あの女のことは私達がぎゃふんといわせてやるってね!!だから私のことは公表しなくて結構!それでジョゼフィーヌをぶん殴れるならいいわ!ぶん殴れないなら認めろ!自己顕示欲が爆発するぞ!!と思うけど!!ねぇニキータ!人にやらせていいの!?よくないでしょ!?」
「俺様が間違ってたぜ、ニケ……!他人の手は借りねぇ。俺様が自らの手であの女をぶっ倒す!!」
ニキータが拳を突き上げ、ニケもそれに続く。
「そうよ!!私達は己の手で夢を掴むの!!ユーーキャン!!!フライ!!!!」
「フライ!!!!」
「…………飛ぶの?」
至極冷静なルーカスの声がした。
このふたりがわけがわからないことはいつものことのため、ルーカスは王に「話を進めて」と目配せする。
それを感じ取ったのか、王は咳払いをした。
「つまり……人質にとられているわけだから……ジョゼフィーヌ・マルが何をしでかしてくるかわからない。それで黙っているというわけだ」
「ジョゼフィーヌは何かしでかせるかしら」
「マル一族は火の魔法の使い手。聖女ではないとしたらむしろ、攻撃魔法に注意せねばならない。自暴自棄になって学園に火を放ったら……」
確かにそういえば、ジョゼフィーヌはトップクラスの攻撃魔法を操る魔女だった。
マル一族は貴族の中でも高名な一族ではあるが、あまりに攻撃的すぎる魔術のせいで敬遠されてもいる。
有名だというのに王都にいないのはそのせいだ。
魔女はほとんど貴族から生まれる。
貴族の者達が一族に魔獣が出た時、素早く対処するために積極的に魔女と結婚したからだ。
この世界では呪いが発生してから、魔獣になって理性を失い、ヒトを襲う男性ではなく魔獣から一時的に呪いを解ける女性が家を継ぐ。
国のリーダーですら王位継承権は女性より下である。
ケリーや現王の彼はひとりっ子だったので男性だが、男性が続けて王になることは物凄く稀らしい。
(ジョゼフィーヌの母親も強い魔女だったわね。地方に住んでるって設定だから会ったことはないけど、ジョゼフィーヌと好感度を一定以上ある状態で発生するイベントのスチルでは登場するってネタバレで見たわ)
貴族が魔女を独占したため、この世界での貴族は各地に散らばっている。
王都周辺にだけ魔女が集ってしまうと、魔獣が溢れてしまうせいだ。
強い魔女を生む家系から王都近くに住むというので、マル一族も王都近くに住んでいたはずだがジョゼフィーヌが幼い頃に何かがあって地方に飛ばされたらしい。
(それでもまだ魔女達に強い影響を持つって、ジョゼフィーヌって改めて考えると凄いのね)
ゲームの中のジョゼフィーヌにも、聖女の座を奪い遂せたジョゼフィーヌにもニケは改めて感心した。
感心するところではないのかもしれないけれど。
「なので、ことは慎重に……」
「私が学園に戻るわ。対面で決着つける、それならいいでしょう?」
「な、ニケ様……」
「私も行きます」
王が反対の言葉を述べる前に、甘い声が響いた。
いつものように、甘くて甘くて優しいくせに絶対に有無をいわせない声。
仕事が始まりそうで……!
遅くなってすみません!
ブクマ、評価、コメント嬉しいです!




