聖女の愛は偉大 ー06ー
世界は色を取り戻す、鐘の音が鳴る。
「怖いわ!」と王妃はニケの腕にしがみつき、我に帰ったニケは安心させるように微笑んだ。
(何でジョゼフィーヌは笑っていたの?何で神様は過去を変えることを許したの?私のことが大好きだってことはわかるけど……甘すぎじゃない?)
考える時間はなかった。
ぐらり、と地面が揺れたかと思えば、強引に腕を掴まれて引き戻されたかのような衝撃を伴って全ての景色は戻った。
頭を殴られたような感覚がしたが、目の前に真っ赤な口と牙が飛び込んできてニケは思わず右手を差し出す。
「ちょっと待っ!!!いっっっった!!」
腕に思い切り牙が喰い込んだ感覚がしたのと、炎の玉が飛んできて白銀の獅子に当たったのは同時だった。
きゃあ!とニケの左腕にしがみついたままだった王妃が悲鳴をあげたが、真後ろに吹き飛んだ獅子が発した咆哮のせいでよくわからなかった。
「もーーー結局!私はいつも!こうなる運命なの!?」
ルーカスの時も宿屋の時も!
二度あることは三度あるってこと!?
くそう!回復できるからって痛くないわけじゃないんだからね!!
何か考えごとしてたのに全部ぶっ飛んだし!
「ニケ!ニケ!大丈夫なの!?」
「大丈夫……に見えます!?マジで!もう!狂いそう!痛くて!」
とっとと回復したいが、ついさっき目の前で心配している王妃様を回復してケリー王子を解放したからだろうか。
それとも単純にこの痛みのせいだろうか。
魔力が腕に集まるイメージが中々できず、ニケは痛みに悶えながらも必死になって「ヒール!」と唱えた。
「ご主人!」
「ニケ!大丈夫か!?」
「大丈夫に見える!?巨大蜘蛛と巨大ライオンに噛まれた人間って世界広しといえども私だけじゃない!?ギネスブックに載るかしら!申請して!」
「何の話してんの」
ルーカスとニキータが駆け寄ってきた時には、何とか腕の傷は塞がって血は止まっていたがモヤモヤとした痛みが残っていてニケは眉を寄せる。
それでも知っている顔が側に来てくれて気持ち的には余裕を取り戻した。
まだ王妃は慌てながら、必死になってドレスでニケの血を拭っていたけれど。
「あら!怪我がないわ!どうして……」
「ステファニー………………」
力強い声は震えていた。
吹き飛ばされた場所でいつの間にかヒトの姿に戻っていた王は、乱れた髪を整えないまま青ざめた顔で妻を見つめている。
柱の影に隠れていたらしい人達も顔を覗かせ、王と王妃の姿を見ると顔を見合わせた。
「アーサー!大変よ!あの人、聖女様だわ!回復魔法を使えたもの!さっきもね、ケリーに襲われた私に魔法をかけてくれたの!耳だって治ったのよ!」
王妃は興奮した様子で王の元に駆け寄り、引っ張り起こそうとしながらニケを指差す。
新しい発見を親にする子どもみたいにはしゃぎながら、王妃は「ニケっていうのよ!」といってから何度かまばたきをした。
しみじみと王を眺め、彼女は首を傾げる。
「あら……あなた、何だか痩せた?」
「ステファニー!」
妻の腕を引き、自分の胸に埋めて力いっぱい抱きしめながら王は涙を流していた。
理由がわからない王妃は抱きしめられたまま「どうしたの?」と何度も尋ねる。
子どものように泣きじゃくる王を見て、王がそんなにも泣きじゃくる意味がわからない王妃を見て、ニケは思わず笑ってしまう。
「いいわねああいうの……私が腕を噛まれた意味があったってもんよ」
「ねぇ、それよりご主人。聞いてもいい?」
いつの間にかニケの側にはジュンシーとズーハオもいた。
そっくり同じ緑色の瞳がニケを見て、そしてまた王と王妃に戻る。
ふたりの騎士は戸惑いを隠せない。
そりゃそうか。死んでいたはずの王妃が突然この場に現れたのだから、何事もなかったかのように。
「そりゃあ聞きたいことがあるわよね。ルーカス、何でも聞いて」
答えられるかはわからないけど。
ルーカスは頷くと、相変わらず真顔のままで尋ねた。
「ご主人は何でそんなに怪我するのが好きなの」
「好きで怪我してるんじゃないから!ていうかそっち!?ていうか最初に私のことを噛んだの、ルーカスだから!ていうか私がいうのも何だけど、もっと聞くべきことがあると思うんだけど!」
「聞くべきこと?今日は何食べる?とか?」
「そういうことじゃなくない!?私はうどんが食べたい!」
「答えるんだ」
「ルーカスは何食べたい?肉?捕って来い」
「自給自足?」
この世界にうどんがあるのかはわからないけど!
いやでも日本人っぽい登場人物もいたし、日本で作ってるゲームだったんだから食生活は案外日本っぽいのかも。
じゃあうどんだって存在する……?
「そういうことじゃねぇだろ、お前ら!」
完全に思考が食に支配されてしまったニケとルーカスの会話を遮り、ニキータが声を荒げる。
「食事っていうのはバランスが大事なんだよ!偏った食事をしてニケが病気になったらどうする!?違うからな!長生きしてもらわねぇと俺様が寂しいからじゃねぇからな!!健康のためだからな!!ニケが死ぬとか考えられねぇとかじゃねぇからな!!」
「野菜苦手なんだよねー」、「そもそも食事を摂る行為がめんどくさい」、「口に突っ込んでやろうか!」なんて好き勝手に話す3人に向け、ジュンシーが笑顔のままで手を叩いた。
ぱん、と乾いた音が響く。
「さっきのは何なんですか?どうして急に、目の前に王妃様が?」
ああ、そうだ、その話だ。
何と説明すればいいだろう。
ニケは口を開いたが、的確な言葉を探そうすればするほど何といえばいいかわからずに手だけをぐるぐると回す。
「あーーーあの……あれよ、あれだわ。愛」
「は?意味わかんねぇ」
「黙れ、ハオ」
にこにこしながらも恐ろしいジュンシーに睨まれ、苛立っていた様子のズーハオは瞬時に口を閉ざした。
何ていえばいいと思う?とルーカスにでも尋ねようと思ったニケの前で、ジュンシーとズーハオが道を開ける。
「本当にありがとう、何と感謝すれば良いか……」
「聞いたわ。私、死んでいたんですって。まだ信じられないわ……」
やって来たのは、真っ赤な目をした王と無邪気に笑う王妃。
ニケはにっこりと笑って、お気になさらずと示すように顔の前で手を振った。
王が手を差し出してくる。
握手かと思ってニケが手を差し出した手を握り、王はそのまま膝をついた。
「聖女ニケ様……どうか我々の無礼をお許しください」
ニケに向かって膝をつき、頭を下げる王の姿を見てそこにいた人々は皆は同じように膝をついた。
まるで練習でもしていたかのように、彼らは声を出す。
「聖女ニケ様!」
ルーカスは笑いながら膝をつき、ニキータは自分が讃えられているかのように胸を反らす。
ニケは自分のために膝をついて頭を下げる人達を見回した。
この場面こそ、何といっていいのかなんてわからない。
「あの、えーーっと……顔あげてください」
ニケが困りながら王と王妃に声をかけていたほとんど同時刻。
高いところから落とされたかのような衝撃を受けながら、青年は目を覚ました。
息が切れ、心臓がドクドクと脈打ち、手先が痺れる。
この悪夢は何度も見る、忘れようとしていたって何度も。
それでも今日の夢は何かが違っていた。
「母が…………助かっていた?」
理性を失った自分が意識を取り戻した時、その両手は血で汚れている夢。
母は亡くなり、父は泣いている。
夢ではなく自分の身に実際に起こったことだ……悪夢としか思えないその夢を今まで何度も何度も見て来た。
けれど今日の夢は違っていた。
意識を取り戻した時、まだ自分は魔獣の姿をしていた。
そして目の前には紺色の瞳がキラキラと輝いていた、その大きな瞳の中は星空を散りばめたみたいだった。
モノクロの世界の中、桃色の髪をした彼女と元気そうな母だけが色を持っていた。
桃色の髪を揺らしながら、彼女は微笑む。
手を伸ばしても届かない、お礼をいいたくても声が出ない。
彼女は遠のいていく、名前だけでも聞きたいのに彼女は、彼女は、彼女はーーー……
「変な夢だ……願望かな」
起きる時間まで少しあるが、目が冴えてしまった。
顔でも洗おうと青年はベッドから起き上がり、洗面所に行った時に自分の首にある紋章の変化に気付いて目を見開いた。
「なんで……!?」
首の紋章は形を変えていた。
青い薔薇と鐘とNの文字ーーー……どうして?
今までそこにあったのはジョゼフィーヌの紋章だった、基本的に紋章の上書きなんてできないはずなのに。
こんなことができるものはただひとり。
いやでもおかしい。
ケリーは動揺したまま髪をくしゃくしゃにしながら、何度も紋章を見る。
信じられない、あってはならない。
だって、こんなことができるものはーーー
「聖女様…………?」
聖女ジョゼフィーヌはここにいるはずなのに。
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第5章完結です!
ようやく!学園内部と!繋がりました!
オマケのような番外編を挟んで次の章です!
本当にコメントや評価、ブクマ嬉しすぎます(*´-`)
だいすき!ありがとうございます!




