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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第5章 聖女の愛は偉大
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聖女の愛は偉大 ー05ー

「聖女様!」


 ジュンシーの声がする。

 多分、この選択は正しくない。

 だって私は聖女だ、この世界を救うことができる唯一の人間。

 だからここはジュンシーに任せて、ズーハオやルーカス達が来るのを待った方がいい。


 けれど。

 ジュンシーを犠牲にして逃げられない、死にさえしなければ回復魔法で何とかできるのだとしても。

 目の前で自分のために人が死ぬことをよしとできるほど、まだニケは割り切れていなかった。

 それなら自分が犠牲になる。

 自己犠牲でも何でもなく、ただの自己満足だ。

 何とでもいえ!

 ニケは白い獅子の青い目を見返す。


『もしも君が本当に聖女だというなら……!』


 迫りくる白い獅子の声が頭に響いた、ビリビリっと身体が震える。

 耳をつんざくような咆哮と地響きのような足音が近づいてきてニケは唇を噛んだ。

 魔獣と化した王が駆ける度に大理石はヒビ割れ、悲鳴があがる。

 どうしたって恐怖を覚えるのだ、血走った目が自分をとらえていることが怖くて。


『私の妻を返せ!!』

「そんなの」


 そんなことができるならばやっている。

 生と死を司るのは神様だけなのに、どうしろと。


 この世界には神様がいることが証明されているのだから、それを願うのは聖女にじゃない。

 確かにケリーが奥方を襲った際にニケがその場にさえいれば、魔法を使って助けることができただろう。

 それを考えるとニケは今から自分に与えられる痛みを受け入れると思った。

 王の怒りはわかる。誰かにその怒りをぶつけたいと思うことも。ニケにだって覚えがあるから。


(だから痛みを受け入れて、自分に回復魔法を使って、聖女として認めてもらって……)


 認めてくれるのか?

 ニケが聖女だと?

 こんなにも怒り狂って我を忘れているような状況で?


 反乱を起こすしかない?

 けれど、けれどーーー……

 何をしたって死んだ人は蘇らない、神様に祈ることしか人はできない。

 だってーーー……待って?


「そうよ、私…………聖女だわ」


 その瞬間、ニケは稲妻が走るような感覚に襲われた。

 この世界には神様がいる。

 その神様は人類の中では誰よりも聖女を愛し、幾人も存在する聖女の中でも「ニケ・ヴィクトリア」を愛している。


 ステータスでもそれがはっきりと示されていた。

 ニケは聖女というカテゴリーにおいて、最上位を示す星が付いている。


 私は誰よりも神に愛されている。

 神はニケを決して殺させない。


 宿屋の時だってそうだ、神は鐘の音となってニケを認めない世界に怒りを示した。

 太陽の光となって、ニケを祝福した。

 自ら命を絶とうとしたニケを、何とかして生かそうとしたーーー……


 ニケは獅子に向け、右手を差し出した。

 喰われるつもりだと思ったのか、ジュンシーが「やめろ!」と大声を出す。

 喰われるつもりはない。

 ニケは薄く笑った。


「私を愛しているのならばーーー」


 どこからともなく鐘の音が響き出す。

 獅子が赤い口を開き、ニケにははっきりと白い牙が見えた。

 背後でドアが開く音がして、ルーカスとニキータがニケの名を呼ぶ声がした。


 この世界には神がいる。

 人々は祈るしかなく、生と死は神だけが司る。

 その神は誰よりもニケを愛している、あまりにも不公平だというくらいに。



「私を救って」



 目の前の世界が全て歪んだ。

 今にもニケに噛みつこうとしていた獅子も、ジュンシーも、王を振り返っていた人々も。

 ドアを開いた瞬間のルーカスとニキータとズーハオも。

 全てがそのままの状態で時間が止まり、ニケだけが色を保っていた。

 それなのに不思議なくらいに程近いところで鐘の音だけが鳴っていた。


 ぐらり。

 世界がバランスを崩したかのように、残像を残しながら周辺が動き出す。

 しっかりと地に足がついていることは間違いないくせにジェットコースターにでも乗っているようで、ニケは頭がくらくらとするのを感じた。

 走馬灯のように景色が変わる、ニケだけを残して時空は歪む。


「気持ち悪……」


 ニケが立っていられなくなった頃。

 ピタリと景色は動きを止めた、まだ世界は灰色のままだったけれど。


「なに?」


 しゃがみ込んだままでニケは辺りを見渡し、立ち上がる。

 王の間ではない場所であることは確かだった。

 秩序を保ちながら花がや木々が咲き、豪華な細工が施された天井もなければ白い獅子もいない。

 モノクロのせいでこの場面が夜なのか朝なのかもわからなかった、空には何も浮かんでいなかったから。

 ニケの周りにいるのは美しく儚げな女性だけ。

 彼女は既に何本の花を抱えながら、咲き乱れる花に手を伸ばしたまま止まっていた。


 まさか花を摘む女性を眺めることが目撃でもあるまい。

 キョロキョロと周りを見ると、遥か遠くに見知った顔があることに気付いた。

 いや、知っているのは「顔」ではない。

 その「姿」だーーー……


「王様?」


 モノクロの世界でもはっきりとわかる白銀の獅子の姿。

 ふと、ニケは気付いた。

 今は止まっているわけじゃない、コマ送りのようにゆっくりとだが進んでいるらしい。

 何故ならその白銀の獅子が牙を剥きながらこちらに向かってくるから。

 その獅子を追い、兵士が、魔女が、血を流しながら、青ざめながら、叫びながら、必死になって止めようとしている。


 それなのに女性は気付かない。

 まるで何事もないかのように、ゆったりと花を摘んでいる。

 どうしてーーーゲームの中でケリー王子との会話を、ニケは思い出した。

 確かケリー王子の母は病気をして耳が悪くなっていたのだ、聖女ニケはそれを治癒するエピソードがあったはず。

 彼女は気付いていないのだ、獅子が迫ってくることを。


「危ない!!」


 目の前で獅子は女性に飛びかかる。

 花びらが散って、女性は悲鳴をあげながら四つん這いになって逃げようとする。

 もう一頭の白い獅子が現れ、女性を守るように飛びかかる。


 わかったあの獅子は、ケリーだ。

 そして女性を守った獅子が王様。

 赤い血を流す女性は兵士達によって運び込まれ、獅子達は咆哮をあげて戦い合う。

 花が散る、兵士が魔獣と変わり参戦し、魔女が魔法を使って吠え狂う獅子を閉じ込める。


『聖女様!』


 声がした、聞こえないはずなのに。

 青ざめた女性を抱き抱え、泣きながら兵士がひとりの少女に声をかける。

 黒髪の少女。


『助けてください!このままでは王妃様が……!』


 黒髪の少女はーーー

 その長い髪を揺らしながら、ただただ無表情で死にゆく女性を見下ろしていた。

 少女の華奢な身体は震えていた、それは恐怖で?

 ニケのいる場所からはよく見えなかった。


『聖女様!!』


 灯りに誘われる虫のように、ニケは女性の側に行くと膝をついて彼女の手を取った。

 鐘の音が鳴る、恐ろしいほどに。

 まるで耳のすぐ近くで聞こえているようだ、鐘の音しか聞こえなくなる。


 ニケは願った、自分の魔力が繋いでいる手を通して彼女の中に巡っていくように。

 またピタリと動きを止めた世界の中で、女性の身体は金色に輝く。

 ゆっくりとーーー彼女は色を取り戻していき、まるで長い眠りから覚めたかのように目を開いた。

 その目をぐるりと動かしてニケに気付くと、彼女は楽しそうに微笑む。


「どちら様かしら」

「私は…………初めまして。私はニケ・ヴィクトリア。あなたを助けにきたの」

「そうなの……あら?私、音が聞こえる……うるさいわ!でも不思議ね!何でかしら」


 彼女は驚いたようで目を丸くしつつも身体を起こし、そしてもっと驚いた声をあげる。


「アーサー!?ケリー!?ど、どうして魔獣に……」

「少し待ってて」


 ニケはひしめき合う魔獣達の隙間をぬい、兵士と魔女の間を通り、白い獅子と化しているケリーの元に近づく。

 危ないわ、と女性が叫んでいたが、鐘の音が大きすぎるので聞こえないふりをした。

 飛びかかろうとしたまま止まったらしく、宙に浮いている若き獅子の手に手を当て、ニケは目を伏せる。


「ニケ・ヴィクトリアの名において」


 鐘が鳴る、鳴り響く、狂ったように。

 ニケの内にあった金色の輝きは、獅子の巨大な身体に流れ込む。

 真っ暗な空に星が流れ始める、ゆっくりと時が進み出した証拠だ。


 突然鳴り出した時と同じように、鐘の音は突然止まった。

 景色が再び周り出し、歪んだ世界に怯えた女は悲鳴をあげる。

 ニケの身体は見えない何かに引き剥がされるかのようだった。


「あなたを解放するわーーー」


 何とか手を伸ばし、ニケは最後まで獅子の身体に魔力を注ぎ込む。

 獅子の巨大な身体からどんどん遠のいていく中、彼の身体は金色の輝きに満ちていた。

 灰色の世界の中で、その輝きは恐ろしいくらいに目を引く。


 残像を残して離れて行く。

 地面が崩れ落ち、走馬灯のように景色が駆け巡って行く中で白い獅子の青い目がゆらり、と揺れたのをニケは見て薄く微笑んだ。


(ジョゼフィーヌは?)


 歪んでいく景色の中、ニケはふとジョゼフィーヌが気になって彼女の姿を探した。

 モノクロの世界の中、夜の闇に混ざってしまいそうな彼女が王妃を見下ろしてどんな顔をしていたのか気になったのだ。

 影になってしまってちょうど見えなかったから。

 ジョゼフィーヌを見つけたニケは「聖女」と呼ばれている彼女の顔を見てーーー……眉を寄せた。


 ジョゼフィーヌ・マルは笑っていた。


 楽しそうに、笑っていた。

 どんな理由があったにしろ、少なくとも血塗れの王妃を見下ろしてする顔じゃない。

 真意を問おうとしたって、その「聖女」はあっという間に小さく遠くなって消えていく。


「何で笑ってたの?」


 移りゆく景色の中、ニケの疑問には誰も答えてくれなかった。




本当は昨日の時点で完成していたのですが

内容を大幅に変えたら遅くなってしまいました

すみません_:(´ཀ`」 ∠):

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王女ではなく、王妃ではと思ったのですが… [一言] 次の展開がきになります!!!
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