聖女の愛は偉大 ー04ー
「閣下。ジュンシー・リー隊長が学園から逃亡した生徒の件でご報告があるようです」
どうすれば信じてもらえる?
ジュンシーやズーハオに信じてもらったように、王様の目の前で回復魔法を使うか?
けれど、ナイフを含む武器の類は王の前に立つということで徹底して確認されてしまったし……
(それにアレ、ビックリするほど痛かったからもう二度とやりたくないのよね)
朝からシャワーを浴び、一見するとわからないが上質な白のワンピースに着替えさせられたニケは必死になって頭を動かす。
昨晩から寝ずに考えているが、まとまらない。
聖女です、とニケがいって、あっさりと「そうなんだ!」と信じてくれればいいのだけれど、そういうわけにもいかないだろうし。
魔獣除けの紋章が幾つも張り巡らされたドアの前。
ニケを伴ったジュンシーか廊下の先に現れたのを見ると、ドアの前に立っていた兵士が紋章に手をかざしながら告げた。
この国では魔獣に攻撃されないため、要人や国家の重要機密やらとにかく大事なものは建物の真ん中にあることが多い。
王との謁見の場も随分と奥にあった。
その方が安心なのだろう。
「おかしなことをしようとはしないでくださいね。ここには貴女のパートナーはおりません」
「ルーカスとニキータは?」
「弟が部屋で警護しております」
「それって監禁じゃないの?」
ジュンシーは何もいわなかった。
彼はいつだって甘く優しく、そして有無をいわせない。
にっこりと笑うばかりの隊長様の実に整った横顔を見上げてから、ニケは「手錠をかけられている現状で何をしでかすっていうのよ」と口を尖らせたが、どういうわけだか隊長様の耳には届かなかったようだ。
部屋から出る際、ニケはジュンシーによって手錠をかけられた。
ニケが外そうと思えば外すことはできる、と前置きをして。
一応、ニケは聖女ではなく逃亡者として王の前に差し出される。
だからこういうことをするらしい、ジュンシーは笑顔でそう説明した。
(回復魔法しか使えないけどね、私)
ヒールレーザー打ってやろうか!
回復するだけだけど!
お前らをピンピンさせてやろうか!
脅しにもならない脅しをニケが胸中で唱えていると、心配そうに精霊達がくっついてくる。
不思議なのは、精霊達はジュンシーにもくっついていることだ。
彼の口から未だに直接聞いたことはないが、きっと彼は先代聖女様の弟か何かなのだろう。
そのため人見知りをするという精霊もジュンシーやズーハオには人見知りをせず、むしろ好んでいる様子でよくくっついている。
そんなことを思っているとドアが開き、ふたりは兵士に先導される形で中に通された。
大理石の床。
金をふんだんに使った豪華絢爛な装飾に、高い天井。
黒衣の鎧をまとった兵士や文官のような男、女が並んでいる。
その中央にある巨大な椅子に座っているのは、病的に痩せて白髪の年老いた王だった。
「ジュンシー・リー……逃亡者とはその娘か?」
年老いた王の声は、見た目に反して力強かった。
地の底から響いているかのような声。
膝をついたジュンシーに倣い、ニケも膝をつく。
「その娘は知っておるぞ。聖女の儀に参加しておった娘だな……ヴィクトリア家ではなかったか」
「はい。彼女はニケ・ヴィクトリアでございます」
「逃亡者が何の用だ……厳罰に処せ」
「よろしいのですか?彼女は正真正銘の聖女様にございます」
どうやって話を進めていくのかと思っていたら、いきなり核心をつくとは。
ジュンシーの優しげな声が響いた途端、王の間の空気が凍りついたことを感じた。
顔をあげよ、と命じられて王の顔を見たニケは、思わず視線を逸らす。
(待って。想像の50倍は怒ってる)
王の怒りを察知し、近くにいた人達が数歩退いたくらいだ。
それでもジュンシーは笑顔を曇らせることなく、にっこりと笑っている。
「彼女こそが聖女様でございます。わたくしと弟が幾度となく申し上げておりましたが、ジョゼフィーヌ・マル様は聖女ではありません。誤った少女を聖女としてまつりあげております」
ジュンシーの言葉はいつだって有無をいわせない。
その甘い声は、静まり返った王の間に恐ろしいくらいに響き渡る。
あまりにジュンシーが堂々としているせいだろうか、何人かがお互いに顔を見合わせた。
「貴様……何てことを……!」
肩にかかる白髪が逆立つくらいの怒りを、王はジュンシーに向ける。
その細い身体のどこにそんな力が眠っているのかと疑問に思うほどの力で、ギリギリと拳を作っていた。
青い瞳は怒りに燃えている。
「考えてもみてください。ジョゼフィーヌ様は回復魔法が使えません。精霊を見ることも、話すこともできません。呪いから完全に解放することもできません。私の隣にいるニケ様は全て可能です。この目でしかと確認致しました」
「それ以上口を開くな!先代聖女の弟といえども聖女様を侮辱することは許さんぞ!」
王の怒りを察知し、周囲にいた人達はこぞって声をあげた。
なるほど、やっぱりジュンシーは先代聖女の弟なのね。
ニケはどこか冷静にそう思いつつ、大きく息を吐き出した。
嫌な予感が電流のように、ピリピリとニケの身体に流れ込んでいた。
それでもジュンシーは微笑んだまま続ける。
「侮辱?真の聖女様を認めないことこそが最大の侮辱ではありませんか?考えてもみてください、ケリー王子は今もただの魔女と学園にいるのですよ。ケリー王子が深傷を負ったならばどうするおつもりですか?」
反論しようとする者達に向け、王は静粛を促した。
王は静かな声で問うた、その目はギラリと輝かせて。
「その娘は、真の聖女だと申すのか?」
ジュンシーの緑の目がニケに見る。
ニケは「はい」と頷いた。
ざわ、と空気が震えるーーー
「聖女様は……我らに課された魔獣という呪いから我々を真に解放してくださる……この世で唯一回復魔法が使え、我らを救ってくださる……」
ざわりざわり。
まるで空気に砂が混じっているかのようだ。
独り言のように王が言葉を発する度に、居心地の悪さが酷くなっていく。
「その娘は聖女の儀に出席していた……やろうと思えばできたのだ、幾度だってそう……私は聖女だと、彼女は聖女ではないと、そういえば…………お前がそういいさえすれば…………」
王の青い目が光り輝いた、怒りによって。
「そうすれば我が妻は!!ケリーに殺されることもなかった!!」
稲妻のように声が響き、王は一瞬にして姿を変える。
真っ白な獅子の魔獣と化した王はつんざくような唸り声をあげ、ジュンシーとニケに向かって飛びかかった。
ジュンシーはニケを抱くと飛び退き、ニケの手を自由にした。
「奥方がケリー王子に殺されてから王はすっかり変わってしまいました。貴女はもっと早くいうべきだった、聖女であると」
柱の影に隠れながら、ジュンシーは笑顔で告げる。
そういわれたって私は私ではなかった、なんて理由にもならないか。
初めてニケは、目の前に突きつけられた気がした。
ジョゼフィーヌが聖女となったことが全て悪いといってしまえばそれだけだが、ニケとて声をあげなければならなかったのだ。
それがどれだけ恐ろしいことで、それによってどんなことが起こったとしても、私こそが聖女であると、彼女は間違っているというべきだった。
それを怠ったから世界は歪んでしまった。
「本当にその通りよ……あなた、双竜にはならないの?」
「いいませんでしたっけ、私達兄弟はお互いがいないと魔獣にはなれません。今の私は羽をなくした鳥も同然。聖女様と同じです、攻撃手段はありません」
「どうするつもりなの?反乱軍のリーダーになるんじゃないの?」
「そんな恐れ多いことを。リーダーは貴女です、私にできることは聖女がもうひとりいると噂を撒き散らし、貴女の味方を増やすだけ」
ジュンシーは赤い髪をかきあげながらにっこりと笑う。
本当にこの人はいつだってそう、綿菓子みたいに甘い声をしているっていうのに有無をいわせない。
「貴女に救ってもらった命です、惜しくはない。ただ回復魔法は目立つようにかけてくださいね、貴女が宿屋で見せたように。すぐにハオがやって来ます。その時は急いで逃げてください。私のことはお気になさらず」
咆哮が響いた、怒り狂った獅子の声。
剣を抜くとジュンシーは出ていこうとする。
その柔らかい笑顔で、有無をいわせない口ぶりで。
「足止めくらいにはなりますよ」
「〜〜〜〜ってらんないわ!」
ニケは拳を作ってそう叫ぶと、ジュンシーに思い切りタックルをかました。
少女とはいえ、不意打ちでタックルされたジュンシーは大理石の床に転がる。
ジュンシーの手から離れた剣を蹴り飛ばし、ニケは彼に向かってビシ!と指差した。
「何でもかんでもアナタの思う通りに進ませないわ!これはニケが招いたことなんだからアナタはここで大人しく弟待ってなさい!」
「は?」
ジュンシーが初めて笑顔ではない表情で眉を寄せる。
何をいってるんだこいつ、といいたげな顔をしているが、ニケはそんなこと全く気にも止めずにが柱の影から飛び出す。
怒り狂って咆哮をあげ続けている獅子に向かって、ニケは思い切り叫んだ。
「王様!ニケ・ヴィクトリアはここよ!」
青色の目がニケをとらえた。
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