聖女の愛は偉大 ー03ー
学園からほど近い町とは全く異なる街中を、ニケは騎士達に囲まれながら進んでいく。
白亜の鎧という、聖女付きの騎士だと見るからにわかる姿をしている彼らの真ん中で、顔を隠している少女はどう見えるのだろうか。
あまり喜ばしくない視線や噂が向けられていることをひしひしと感じながら、ニケは王城に向けて進むしかなかった。
(それにしたって綺麗な街ね)
どう見られているかはさておき……
この街の雰囲気はイタリアの港町のようだ、日本から出たことがないまま死んだのでイタリアなんて写真でしか見たことがないけれど。
そういわれれば、ここも海に近いんだっけ?
海風で少し色褪せた石壁は、それでもその鮮やかさを失ってはいない。
いくつもの船が出ては入っていく港からは船の汽笛が響き、荘厳たる大聖堂が建ち、石畳の上を子どもたちが駆け回る。
ニケの桃色の髪を揺らす風も潮っぽい。
(よーし!いざとなればジョゼフィーヌをぶん殴って船で逃げちゃお!)
ルーカスは色が白いから海賊には似合わないけれど、ニキータは似合うわね。
脳内でふたりの海賊姿や海賊ライフを想像しているうちに、いつの間にかニケ達は王城の敷地内に入っていた。
○○○
「王は体調が芳しくありませんので、明日お会いになるそうです。本日はこちらでお過ごしください」
と、いってジュンシーに案内されたのは王宮の中……ではなく、庭園の中に立つ白い屋敷の中の一室。
装飾品はそれほどなく色合いも上品ではあるが、多分庭師や庭師の家族が使う屋敷なのだろう。
ルーカスから借りているローブを脱いだニケはくるりと部屋を見回した。
「逃亡者だといっていたらしいから牢獄にでも閉じ込められるかと思っていたわ」
「牢獄の方がお好みですか?」
にこやかに微笑みながら、ジュンシーは相変わらず甘い声で告げる。
冗談なのか皮肉なのか、それとも本気なのか。
まだこの男の真意は読み取れない、とりあえずニケは大きなソファに腰を下ろした。
ふわふわなのかと思っていたが少し硬い。
赤のソファと同じ色味のローテーブルの上に置かれているビスケットに手を伸ばし、ニケはにっこりと笑う。
「ビスケットがあるわ!わーい!牢獄にビスケットはないでしょうから、この部屋がいいわ」
「それはよかったです」
「ねぇ!ご主人!聞いて!」
何か飲もうかな、とニケが思っている時だった。
ドアを壊さんばかりの勢いで開け放ったルーカスが、苛立ちながら駆け寄ってくる。
「僕!あのバカと!同じ部屋なんだけど!しかもあのバカ!部屋に入った瞬間にベッドにダイブして!着替えてもいないし、シャワーも浴びていないし、そのままの服でだよ!?信じられなくない!?そういうことを僕がいったら『じゃあ俺様がベッドをこのまま使うからお前はソファで寝ろ』って!なんなの!?」
よっぽどムカついたのか、ルーカスは白い顔を薄っすらと赤くしながら息つく暇もないほどの勢いで吐き出す。
ビスケットを食べながらニケがクッションを渡すと、ルーカスにはそれがニキータに見えたのか間髪入れずに思い切り蹴飛ばした。
装飾はないが頑丈そうなタンスにクッションがサッカーボールよろしく、勢いよくぶつかったのを見送りニケは自分を指差す。
「ふふーーん!私はひとり部屋〜〜〜!」
「はぁ意味わかんない本当になんなのムカつくんだけどドヤ顔しないでくれる調子にのるなよ」
「めちゃくちゃ怒るじゃん」
苛立つルーカスが怖いのか怯えている精霊達がしがみついてくるのを宥めつつ、場所をあけてあげるとルーカスはどっかりとソファに腰を下ろした。
苛立ちながらビスケットに手を伸ばし、一気に何枚も口に含む。
ばりばりと音を立てながら食べる様子は、普段通りの無表情ながらも怒りを感じさせる。
別に着替えずにベッドに寝転がろうがなんだっていいとは思うがルーカス的には許せない行為だったんだろう、絶対に無理って人は一定数いるものなぁ。
ベッドを占領されたと怒るなんて、貴族の生まれっていうおぼっちゃま育ちなのが感じられてむしろ可愛らしい。
それにしたってこの世界には、当然のようにシャワーがあるのね。
そういわれればゲームでもお風呂場で攻略対象と遭遇しちゃった!というドキドキイベントがあったような気がする……とニケが思っていると、再びドアが開かれる。
「ニケ!!あの蜘蛛野郎が!!俺様がシャワー浴びてる間にベッドを横転させて逃げやがった!!」
「…………ルーカス」
ビスケットを食べていたルーカスは、突然窓の外が気になったらしく絶対にニケと目線を合わせてくれない。
やられたら絶対にやり返すというその根性は、もしかしたら自分に似たのだろうか。
いや、似ているから惹かれ合うのか?
さすがにニキータがルーカスをぶっ飛ばしそうだったので落ち着かせつつ、ニケはそう思ったのだった。
「仲が良くて結構なことですが、軽く明日のことを説明しておきますね」
(あ、これ、暗にうるせぇぞっていってるわね)
表面的にはにこにこと笑っているが、ジュンシーの瞳の奥は笑っていない。
意外にも怒っている時はわかるタイプなのね、とニケは「何を考えているかわからない」というジュンシーへの評価を修正しておいた。
その笑顔が怖かったのでニケはすんっと無表情になり、ソファに座った。
「誤解されては困りますので先にいっておきますね」
白亜の騎士はにこやかに続ける。
「王はきっと、あなたを聖女として認めません」
柔らかく、甘い声。
けれど有無をいわせない声。
「ですので明日、我々騎士団は反乱を起こします」
なーーーにをいってるんだ、こいつ。
笑顔なのが逆に怖いんですけど。
ニケの隣に座っているルーカスも不思議に思ったようで、珍しく思いっきり眉を寄せる。
窓際の雑誌に腰をかけているニキータにもその発言は予想外だったらしく、「は?」と声をあげた。
「我々第二分隊はニケ様こそが正当な聖女様であると主張し、聖女様を命がけで守るという騎士の本分に則って行動を起こすまでです」
「待って待って待って。望んでない望んでない望んでない。聖女様、そんなこと、望んでない」
私の望みはジョゼフィーヌをぶん殴ることだし?
聖女と認められてとっとと魔獣の呪いから解放することだし?
なんならぬるま湯に浸かりながら、顔の良い男女に死ぬほど慕われて逆ハーレムで楽しむことだし?
もっというと世界を征服することだし?
反乱?何それ?
ん?ちょっと意味がわからない。
「ニケ様が望んでいようがいまいが関係ありません。絶対に王は認めてくださらないと思ったので、真の聖女が見つかったと伝えておりません。逃亡者を連れてきたという体でここに来ていただいのです」
ちょっと待ってマジで。
落ち着こう、ね?
みんなでビスケット食べよう!
「いや、私は確かに聖女として認められたいなーと思うけど、そんな国中を巻き込んで反乱とかそういう平和的ではない解決策はどうかと思うの。ね?ルーカス?」
「ご主人が聖女として認められないっていうなら……仕方ないね」
「何で同意してんの……!」
しかも隣ではルーカスがやる気満々となっている。
違う、そうじゃない。
「よーし!俺様も暴れてやるぜ!!」
「ちょっとニキータは黙って」
ジョゼフィーヌにぎゃふんといわせてやる!
その目的から大いに遠ざかっている気がして、ニケは頭を抱えたのだった。
この状況から何とかするにはーーー……ただひとつ。
(王様に私のことを聖女として認めさせるしかないわね)
にっこりと笑っているジュンシーは優しげだが、絶対に本気だしルーカスもニキータもやる気だし……
今更ながらとんでもないことに巻き込まれてしまった、とニケは遠くを眺めながら思ったのだった。
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