聖女の愛は偉大 ー01ー
『乗り心地はいかがですか、聖女様』
甘い声が響く、頭の中に。
甘くて優しい声が囁くその疑問に対して、ニケは肩をすくめた。
隣に座るルーカスと目の前に座るニキータに視線を向ける、2人分の座席を独占しているニキータは馬鹿馬鹿しいとばかりに大きく欠伸をした。
乗り心地といったって、ねぇ?
「乗り心地はいかがですか、だって。ジュンシー隊長が。そうね。座り心地はいいわ、100点ね。でもマイナスね、窓がないから」
3人がいる場所はただの箱。
本来は箱ではなく馬車の中なのだが、大きく開かれているはずであろう窓は板を使ってしっかりと塞がれていた。
そのためどう見てもニケがいるこの現状は箱のように見える。
箱にしてはいやに豪華で、深紅色の座席はふかふかだとはいえ、だ。
『聖女様にお怪我をさせるわけにはいきませんからね』
ニケがジュンシーの言葉を伝えると、は、とルーカスが鼻で笑った。
優しい言葉と甘い声は逆に痛烈な皮肉のように思える。
「牢獄に閉じ込めていれば怪我はしないもんね」
『ジュンは聖女様のことを思っていってんだよ!黙っとけ!』
ズーハオ副隊長の声がニケの頭の中に響いた。
この声はニケにしかわからない。
だってこの双子は現在魔獣の姿となっているのだから、2つの頭を持つ大きな竜の姿に。
ステータスの上では双竜と呼ぶようだが、ニケにはどうしたって蛇に見えたが。
「私、こういうの知ってるわ。犯人輸送っていうんでしょ?」
窓の外では魔獣特有の叫び声がする。
どうやら聖女であるニケを狙って魔獣が襲ってきたらしい、それを魔獣の姿となって双竜を護っている騎士達が撃退したようだ。
目下、箱の中にいるニケとルーカスとニキータには何もわからないが。
「あーーあ聖女様って大変だなーーー俺様は絶対に聖女様にはなりたくねぇーーー」
「バカと同意見なのは心外だけど。僕もなりたくない」
「聖女様って大変ねぇーーー」
と、聖女様は笑った。
大蛇のような双竜の背中にくくりつけられた、その豪華な箱の中で。
○○○
「改めて紹介させてください」
立ち入り禁止とされた宿屋の一階。
赤毛の青年はそういって優しげに微笑んだ。
窓の外では騎士団員達が駆け回っている、宿屋を中心に近隣を立ち入り禁止としたのでその処理だろう。
「私の名はジュンシー・リー。こちらは弟のズーハオ・リー。見た通り、双子です。お気軽にジュンとハオと呼んでください」
「ありがとう、ジュン。ハオ」
「私は聖女付き騎士団第二分隊の隊長。弟は副隊長です」
ニケにマントを貸してくれた副隊長、ズーハオ・リーは緑色の目を軽く伏せる。
ニケの服は血まみれになっていたので、マントで隠れるのはありがたい。
それにしたって目の前にいるふたりは近くでよく見ても本当にそっくりだった。
ふたりの違いといえば、隊長であるジュンシー・リーの方が装備が豪華で、丸い眼鏡をかけていて、高い位置でポニーテールにしている弟とは違い、長い赤髪を三つ編みにして垂らしているくらい。
「私はさっきもいったけどニケ・ヴィクトリア。このふたりは私のパートナー。ルーカス・ウィリアムとニキータ・マーティンよ」
「よりにもよって聖女様のパートナーが蜘蛛とスライムか」
まるで吐き捨てるようにズーハオはいった。
にこ、と笑ったジュンシーは、隣に座る弟の足の甲を思いっきり踏みつける。
「イッッ」と声をあげる弟の足をぐりぐりと踏みしめたまま、ジュンシーは笑顔で話を続けた。
「聖女ニケ様。あなたが聖女であることは疑いようがありません」
さも当然とばかりにジュンシーは笑ったのだった。
そりゃあもう「自分は今までニケが聖女だと信じておりました」とでもいうかのように。
始めから終わりまで自分はニケの味方です、とでもいうかのように。
ルーカスは小さく舌打ちする。
「あそこまでしないと信じてもらえないなんて、うちのご主人は大層ご立派な聖女様だ」
「ごめんね。うちのルーカスちゃん、ちょっと皮肉屋で」
「パートナーの教育をしっかりしとけよ!」
ジュンシーが足を踏む力を強めたようだ、ズーハオの「痛い」という声が大きくなる。
隊長様は朗らかな笑顔を浮かべると「問題がひとつ」と、人差し指を突き出した。
甘く優しい声と、その柔らかな笑顔が逆にジュンシーの恐ろしさと異常さを際立たせているように思う。
「既に聖女様はいらっしゃいます」
「じゃあ私は聖女様じゃないっていうの?別にそれでもいいんだけどね。学園からの逃亡者っていうのはどうにかしてくれない?殺されたくないの」
ご主人、とルーカスが口を開こうとするのを止め、ニケは笑った。
ルーカスはきっとこう思っているのだ、ニケを聖女として国中が認めて正当な権利を受けさせろ、と。
偽聖女に追い詰められ、ニケが自殺を図ったことがルーカスはとんでもなく怒っているらしい。
実際のところ、ニケとてムカついてはいる。
私は聖女だっていうのに自殺を選ぶほどに追い詰められた、しかし悪いのはジョゼフィーヌであってこの人達ではない。
ルーカスは「この世界が悪い」と思っているようだが……ニケ的にはジョゼフィーヌを一発ぶん殴れたらそれで結構満足ではある。
(いや、一発では気が済まないわね。二発……いや三発!三発は殴らせてもらいたいわ!)
暴力で解決するとは思えないので、いざとなれば殴るという選択肢を取らないかもしれないが「殴る」という気持ちは忘れないでおきたい。
本来ならばニケは今頃、居心地の良いソファでネコを抱きながら聖女様ライフを満喫してるかもしれないっていうのに、血みどろで宿屋にいたりするんだから。
「本当の聖女じゃないと助けられない人がいるってことはご存知じゃないのかな、隊長様は」
「いいのよ、ルーカス」
「なに?ご主人は聖女じゃなくて聖人君子にでもなったつもり?」
「私が欲しいのは世界だけだから。手段は選ばないの」
「ジュン!こいつ世界征服するつもりだぞ!」
ダン!とジュンシーが改めて弟の足の甲を踏みつける。
声を上げようとする弟の口を手で押さえながら、ジュンシーはにっこりと笑った。
「ハオ。聖女様になんて口の聞き方をするんですか……一生喋れなくしてやろうか?」
目の前でズーハオの顔色が見てわかるほどに青ざめた。
借りてきた猫のように大人しくなったズーハオは、きっちりと姿勢を正すと青ざめた顔のままで深々と頭を下げる。
「大変申し訳ございませんでした……」
「もしかしてこの人、魔王様か何かなのかしら」
「そんなに褒められたら照れてしまいますね、私はただの騎士団隊長です」
にこにことジュンシーは笑う。
ニケの問いに魔王様は自分のことを指差したが、いってはまずいと思い直したらしく黙ったままでいた。
「もちろんニケ様を聖女として認めたい、私達もそう思っております。けれどそのためには国王の承認をいただかねばなりません……王都に行っていただかないと。内密に」
「内密に?何故?ご主人は聖女なのに?王様がここに来たら?聖女に大変失礼なことをしてしまいましたって」
「もちろんいくらでも謝りましょう。しかしまずは内密に。我々が送りますので長くはかかりません。着替えを用意させます。身なりを整えましたら早急に出発いたしましょう」
ジュンシーは相変わらず、何が楽しいのか笑ったまま。
貼り付けたような笑顔とはまた違う、本当に心の底から楽しいっていいたげな柔らかい表情で。
「ところで我々がどのような魔獣かご存知ですか?」
「双竜でしょ?」
「ええーーー……双竜です」
赤毛の騎士は眼鏡を持ち上げて笑った。
そして騎士団が用意した白いワンピースと、ルーカスのローブを着込んだニケ達は箱に入れられ、「双竜」の魔獣の背にくくりつけられたのだった。
窓を完全に閉ざされ、もはや監禁されたような状況で魔獣と変わった騎士達に警護されながら。
「まさかふたりでひとつの魔獣となるなんて」
ステータスに「最上位」を示す星がふたりともに付いていたのは、ふたりでひとつの魔獣だったからってことか。
ジュンシーの笑顔と、ズーハオの苦い顔がありありと浮かんだ。
5章!です!




