聖女の美しさは罪なのか ー02ー
「こっちは急いんでるんだよ!」
「ぶつかってきてなんだその言い方!」
騒がしい屋台ストリートの一角が、さっきまでとは別の騒がしさに包まれる。
怒声を聞きつけ、人達は振り返ったり遠ざかったり、眺めたり……
もっと騒げというように大声で煽る者もいる。
中心にいるのはニキータと赤髪でポニーテールの男。
その男の服装を見て、ルーカスは顔色を変えた。
「ご主人。あの男、騎士団のやつだ」
「え?」
いわれてみれば確かに。
地面に転がった団子を未練がましく眺めていたせいで気づかなかったが、ニキータと今にも殴り合いでもしそうな男は白亜の鎧をまとっている。
しかもその「顔」にニケは見覚えがあった。
「私、あのお兄さんと会ったことがある気がするわ……」
「え?何処で?」
「ほら、森の中で。私、治した気がする……」
あの時。
焼け焦げた臭いと絶望に満ちていた森の中。
フードを深く被り、顔を隠していたニケと唯一目が合った男性がいた。
一番酷い怪我を負っていた赤髪の年上の男性。
ニキータと言い争っている男性は彼によく似ている、けれどーーー
「いや、でも……待って?」
「やばいね。あいつは置いといて逃げよ」
「ううん、違うの」
「ご主人。心配するのはわかるけど、今は」
「お団子が……」
「そっち?」
あ、違った。
ニケは慌てて顔の前で手を振る。
お団子の話ではなくて、と前置きをしてニケはルーカスの耳元に手をやった。
囁こうと思った時、わっと騒ぎ声が大きくなる。
ただしそれはニキータ達の方向からではない、真逆の方向からだった。
「隊長様だ!」
「よくぞご無事で……!」
「そりゃそうだろ、だって隊長様は……」
近づいてくるざわめきのせいで、それ以上は聞き取れなかった。
まるでそれが当然かのように、人々は騎士のために道を開ける。
そのおかげで、随分と遠くにいるのに人混みの中に紛れているニケにもやってくる人の顔が見えた。
炎だ、とニケは思った。
彼は炎をまとっていた、高い位置でひとつにまとめた長い髪の毛は目が覚めるような赤。
熱すら感じるほどの赤髪とは裏腹に、眼鏡の下の目は静かだった。
新緑のように鮮やかな緑色の瞳。
柔らかそうな顔立ちは強張っていた。
観衆の呼びかけに応えるでもなく、口を一文字に結んだまま眉を寄せていた彼は何かに導かれたかのようにぐるりと視線を動かす。
そしてニケにははっきりとわかった。
丸い眼鏡の下でも、その瞳がニケを捕らえたことが。
どくり、と心臓が音を立てた。
もしかして気付かれたか?
ニキータと赤髪の男は今も言い争っている。
その人にそっくりの「隊長様」は緑色の瞳でじっとニケを見つめるーーー……
「ズーハオ!」
ススに汚れながらも、整った顔の隊長様は短く名を呼んだ。
心地の良い、優しい声だ。
民衆の視線がニキータと言い争う赤毛の男に移る。
「あの人よ、ルーカス。私が助けた人」
「バカと揉めてる方は?」
「似てるけど別の人」
「なるほどね」
ルーカスは頷いた。
真面目な顔で続ける。
「ご主人もニキータのことをバカって思ってるんだ」
「謀ったわね、ルーカス……!」
待って待って違う。
残酷な現実に哀れんでいる暇はない。
眼鏡をかけた赤毛の彼は、周囲の騎士達に何かを囁いている。
数人の騎士は頷くと、隊を抜けて人混みに紛れた。
もしかしてニキータを捕まえるつもり?
ニケは考える前に、口を開いていた。
「ニキータ!」
ルーカスの顔色が変わった。
隊長様と赤毛の男に視線を向けていた観衆の視線がニケに集まる、「隊長様」の視線も。
白亜の騎士達の美しい鎧はススで汚れている。
その顔も。髪も。
けれど傷ひとつない。
間違いなく、彼らは森にいた騎士達だ。
そして彼らは学園から逃げたニケを探して森に入っていたに違いない、それは明白だった。
ここでニケが逃げ出した生徒だとバレるのはまずい。
聖女ということがバレるのも。
どんな状況になるのかがわからない。
少なくともニケは今のところ、国家に反乱して聖女を守る義務から逃げ出した少女なのだから。
「何だよ、ニ……」
「ニキータ!ミ、ミランダが心配してる。早く行くぞ」
ミランダ?誰?
ニケは眉を寄せたが、ルーカスの金の目が「話を合わせて」と物語っていたので頷いた。
そうです、私がミランダですというかのように。
ルーカスはニケの手を取ると、ズカズカとニキータの元に詰め寄る。
「さ、帰ろう。すみません、騎士様」
赤髪の騎士に頭を下げ、ルーカスはニキータの腕を掴む。
無理やりにでもこの場から引き離すつもりらしい。
しかし、細身のルーカスと筋肉質なニキータの体格差がそれを許さなかった。
「はぁ?ミランダぁ?」
「お団子は?ニキータ!」
ルーカスに引っ張られたところで動く気配のないニキータの頭の上には「?」が浮かんでいる。
変なことを口走られてはたまらない、とニケは別の話題を突っ込んだ。
「そう!団子!こいつがぶつかって来て俺様の団子が!」
「だから何度もいってんだろ!俺は急いでるんだよ!」
「団子で本気になるなよ……」
また堂々巡りだ。
ルーカスが何とかふたりを引き離そうとするが、ふたりは睨み合って動かない。
一触即発の空気が流れる中、ニケの視界の端に白亜の騎士が見える。
ああもう!この男は!
「ニキータ!」
ルーカスの手を離し、ニケは手を伸ばした。
がしぃぃ!
そんな音が出るくらいの勢いでニキータの顎を掴むと、強引に自分の方を向かせる。
「帰るっていってんの!!私が!!置いて行くわよ!!いいの?二度と会えなくなるわよ!!」
「に、二度と!?」
「そうよ!!これだけ人がいるのよ!!離れたら会えなくなるに決まってるじゃない!!」
「はん!俺様を騙そうたってそうはいかねぇからな!!」
とかいいつつも、ニキータは目だけを動かして辺りを見渡した。
ニケに顎を掴まれているから動けないらしい。
そして魔王様は、実にあっさりといい返す。
「帰る」
「えっ!?」
声を出したのは観衆か、それとも赤髪の男性か。
呆れた様子でルーカスが肩を竦めているのが見えた。
ニケは満足げに頷き、顎から手を離す。
「それがいいわ」
「別にお前と二度と会えなくなることが嫌だから帰るってわけじゃねぇからな!俺様は大人だから団子如きでわーわー騒いでるなんて馬鹿馬鹿しくてな!!大人だから!!」
「あーーー!お団子のことを馬鹿にしたわね!!許せないわ!もう二度とお団子を食べないでよね!!」
「あーあー食べねぇよ!!団子みてぇな顔しやがって!」
「お団子みたいに丸顔で食べちゃいたいくらい可愛いってこと!?やだ嬉しい!ありがと!!」
ルーカスが無言のまま、ニケとニキータにチョップを食らわせた。
別に痛くなんてなかったが、不愉快だったらしくニキータは思いっきりルーカスを睨み付ける。
そんな視線を無視し、ルーカスはニケの手を握って赤髪の男性に軽く頭を下げた。
「失礼しました。それじゃあ」
「あ、ちょっと待ってください」
呼び止めたのは「隊長様」。
ぎくり。
ニケとルーカスは視線を交わした。




