聖女の美しさは罪なのか ー01ー
「えっ待って。これ何の肉?美味しすぎない?」
「ニケ、こっちの饅頭も美味い。ほら一口食ってみろよ!」
「あ、間接キスは事務所NGなので」
「え?事務所?」
「事務所にバレなきゃいいだろうが!」
「そういう問題?」
「スキあり!!!」
「あーーーー!一口デカっ!!てめぇ吐き出せよおら!!」
「食べたものは吐き出せませーーーん」
「ひとついいたいんだけど、いい?」
「なぁに?どうしたの、ルーカス」
「てめぇはニケの肉狙え!!俺様はやらねぇぞ!」
「私の食べ物は渡さないからね!!」
「屋台を全力で満喫するのはやめて」
「仕方ないでしょ!これが私の自由に楽しめる最後の晩餐になるかもしれないのよ!満喫しないでどうするの!」
「監獄でも元気にやれよ!あばよ!」
全力で屋台の料理を満喫する聖女と魔王に対し、ルーカスが大きく溜息を吐き出した。
こんなことしてる場合か?とか。
どうしてこうなったのか、とか。
いいたいことは山ほどあるが……ともかく。
「諦めないでくれない?めんどくさいから」
こんなことのためにニケの髪色を黒にしたわけじゃない。
ルーカスの金の目にはありありと、そんな言葉が浮かんでいた。
***
「何かが起ころうとしてるっていうのね」
誰かが騎士団に回復魔法を使った。
けれどそのことについては誰も噂していない。
ならば誰かが「意図的」にその事実を隠しているってことだ、とルーカスはいった。
ニケは呟く。
宿屋の一室には沈黙が走っていた。
当然だ、とルーカスは思った。
聖女として歓迎されるか、それとも犯罪者として監獄に入れられるかーーー……
今の状況ではどちらに転ぶのかなんて誰にもわからない。
ルーカスはニケを見る。
真っ白な肌の美しい少女。
ボロボロの服にぐしゃぐしゃの髪。
それでも彼女の美しさは変わらないどころか、より一層美しいとさえ思う。
これも彼女が聖女だからだろうか。
(この人は聖女だ)
犯罪者になんて絶対にさせない。
世界中が彼女を聖女と認めないと許さない。
彼女がこれ以上、不当な扱いを受けるなんて。
絶対に。
どんなことがあろうとも。
何があっても許せない。
髪の色を黒に変えたのもそれが原因。
万が一があってはいけないから。
いざという時は自分が手を汚しても……
「うん、わかったわ」
ルーカスが悲痛な決心を固めようとした瞬間。
その美しすぎる聖女は、顔を上げたのだった。
紺色の目をキラキラと輝かせて。
「とりあえずシャワーを浴びてから屋台を見に行きましょ!話はそれからよ!」
「ちょっと待って」
「よーーーし!屋台を食い尽くしてやるぜ!!」
「私の分まで食べちゃったら承知しないから!あ、大丈夫よ、ルーカス。お金はニキータが払うわ」
「俺様に任しときな!!」
じゃあ早速シャワーを浴びてくるわね!
美しき聖女様はそう宣言すると、浴室に消えて行ったのだった。
ルーカスはただただ、ニケに新しい服を渡すことしかできなかった。
といっても、自分用の予備の服しかないのだが。
(……ご主人って逞しいっていうか……)
浴室からニケの鼻歌が聞こえてくる。
いわゆるユニットバス付きの部屋にしてよかった、とは思うがここまで異性を気にしないものなのだろうか。
実家にいる時のメイドや女性陣は、風呂上がりや入浴中になんて絶対に知られることを嫌がったものだが。
ルーカスはぼんやりとそんなことを思う。
聖女様がそんな感じならば、魔王様の方は「屋台回るまで昼寝するから起こせよ!」なんていってベッドに転がり、あっという間に寝息を立てていた。
魔王だよね?この人。
寝ている間に殺されるとか、そういう危機感はないわけ?
なんだか全てがバカバカしくなって、ルーカスは大きくため息を吐き出したのだったーーー
ニケの鼻歌とニキータの寝息を聞きながら。
ルーカスはポツリと呟く。
「……ご主人は無駄に生命力に溢れてるよね」
「えっ何で急に悪口?」
そしてはたと我に返った。
そのあと、宣言通りにニケやニキータ、ルーカスは屋台にやってきたのだった。
屋台の商品を食い尽くさんばかりに大いに満喫しているニケが、ルーカスの隣で眉を寄せる。
今は白いワンピースは着ておらず、ルーカスが渡した予備の服を着ている。
上下とも黒の上着とズボンなので、白のワンピースとは正反対の格好だが似合っているのだから顔面が美しいのは正義である。
「いや、ちょっと。呑気だなぁと思って」
「この屋台ストリートは町の名物よ!楽しまなくっちゃ!お腹が空いてる時ってロクなことを考えられないしね!」
「それはわかるけど」
「じゃあ何を悩むっていうの?生きているうちに目一杯楽しまなくちゃ!」
美しい顔をくしゃくしゃにしてニケは笑った。
口の端に、さっき食べていたソースをつけながら。
その姿はどう見たって「聖女様」らしくない。
ルーカスが幼い頃から伝え聞いていた聖女様はもっとこう、お淑やかでか弱くて、誰もが思わず守りたいと思ってしまうくらい儚い存在だった。
それでも不思議なことに。
ルーカスはそんなニケを守りたいと思う。
くしゃくしゃに笑って。
食い意地が張って。
口の端にソースをつけて。
食べ物のことで魔王と喧嘩する聖女様を。
「ご主人って不思議」
「えっ美しすぎるっていった?」
「耳がおかしいの?それとも頭?」
「待って、私、聖女だよね?」
小さな声で「おかしい」なんてぶつぶつと呟いているニケに、ルーカスは薄く笑う。
彼女を守るためならなんだってしよう。
彼女を傷付けるものは誰だろうと許さない。
たとえーーー
偽物の聖女がそのまま聖女と成り果てて、真の聖女たるニケがそうだと認められなかったとしても。
反逆者となろうとも、自分はニケを聖女だと崇め讃えよう。
それがおかしいといわれようとしても。
誰に後ろ指をさされ、嗤われたとしても。
「そうだよ、ご主人」
あなたは聖女様だよ。
誰が聞いているかわからなくて、ルーカスはその続きを胸の中でだけ囁いた。
聞こえてなんていないはずなのにニケはにっこりと笑い、ピースサインを作る。
「おーい!ニケ!蜘蛛!あっちの屋台で団子買ってきた!」
ルーカスとニケが笑いあっていると、団子を頬張りながらニキータが駆けてくる。
手にしている皿には山盛りの団子。
今にも崩れそうだが崩れない、見事なバランスで重なり合っていた。
「美味しそうだけどニキータ、ちゃんと前……」
「うわ!」
見て、とニケが全てをいう前に。
浮き足立っていたニキータが前から歩いてきた人にぶつかり、団子が幾つか落ちた。
「あ」と、ニケが小さな声をあげる。
「だ、大丈夫。お腹が痛くなっても私が治すから!だから食べても問題ないわよね!」
「諦めて、そこは。聖女として諦めて」
「おい!何処見てやがるんだ!」
「は?お前こそ俺様の団子を返せよ!」
ニケが聖女らしからぬ食い意地を見せた時。
ニキータの怒声が響いた。
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