聖女は三歩進んで二歩戻る ー07ー
「嫌な予感がしたんだよね」
ついさっきまでニキータと殴り合おうとしていたことがなかったかのように、ルーカスは真面目な顔で告げる。
「何で髪の色を変えてから町に入ったか」についてだ。
ルーカスは特段仲が良くないっていうのに、ニキータと合流してから町に入ったらしい。
理由は「ニケの髪の色を変えたいから」。
いわゆる「悪女」とも呼ばれる、魔女。
呪いの元凶となった彼女は、様々な町や村を訪れる度に髪や顔、時に性別まで変えていたという。
その魔女の弟子であるニキータも、聖女を待つために自らの姿をスライムに変えた。
ならばその魔法を使って、一時的にでもニケの髪の色を変えられないかとルーカスは思ったという。
どうしてそこまで警戒したのか。
その理由を解いたニケに、彼が告げたのはそれだった。
嫌な予感がしたから。
「嫌な予感?」
「ご主人も知ってるでしょ、要塞学園から逃げ出した魔女の末路」
「…………末路」
「知らないの?何で?」
何でといわれても……
ニケは「ニケ」の記憶を巡る。
色々と思い返してみたが、ルーカスのいう末路について誰かから話を聞いた覚えがない。
「母や城の魔女がいってたことによると、最初に説明を受けるみたいだけど……」
「最初って要塞学園に入った時?」
「そう」
この国は男子であるだけで魔獣になる。
魔女は血筋が重要視され、高名な魔女のほとんどは貴族の生まれだ。
そのため、母親が魔女であることは珍しくない。
貴族であればあるほど、城主や自身の子の呪いをすぐに解くために幾人かの魔女を囲っていることは常識である。
それはニケとて知っているので、ルーカスが要塞学園の話を知っていても不思議には思わなかった。
それよりも不思議なのは何故自分にはその記憶がないか。
ニケは少し考え、すぐに思い当たった。
「そうだわ、私、トイレに閉じ込められていたの」
「は?」
ぽん、と手を叩きながらニケが告げると、ルーカスとニキータが同時に声を発した。
この2人、たまにこうやって声が重なる。
意外に仲良しだなぁなんて思いつつ、ニケは「そう!」と続けた。
「ジョゼフィーヌとその取り巻きに目をつけられて、アンタは聞く必要ないわって押し込まれちゃってね。そのあと確か水までぶっかけられたわ」
そういえばそんなこともあったわね、とニケは目を細める。
「ニケ」は抵抗したものの多勢に無勢。
トイレに閉じ込められ、ずぶ濡れになってシクシクと泣いた記憶がある。
「そ、そんなことをして……よ、よく生きていられる」
「ジョゼフィーヌは知ってそうだけど、他の子は多分知らないしね。だからって許さないけどね」
「どうやって殺す?」
「ニキータも殺すことを前提にしないの。私が自らの手でヤるから」
「……不思議だよね」
ニキータに対して力強さをアピールしようと、力こぶを作っていたニケに向かってルーカスは眉を寄せた。
「ご主人のその性格じゃあ、素直に虐められるとは思えないんだよね」
まぁ……
前世の記憶を思い出す前だからねぇ。
そんなことをいえるわけもなく、ニケは自分的には爽やかに微笑むと「自殺未遂を起こしたことで開き直ったの」ということにしておいた。
死に直面したのだ、それくらい起こっても不思議ではない。
それに……
「結局夜まで誰も来てくれなかったから壁をよじ登ったわ」
「あ、その辺はご主人らしいね」
「やりそうだな!お前だったらそのまま同じ目に合わせそうだけど!」
「やられてイヤだったことをするわけないじゃない。やったことを後悔させるようなことをするだけよ」
「つよ……」
ルーカスの呟きはさておき。
ニケは話の続きを促した。
要塞学園から逃げ出した魔女の末路がなんだって?
「正当な理由がある場合はいいんだけど。例えば婚約とか、結婚とか病気とか。それとか契約期間が終わったとか。そうじゃなく、無許可で要塞学園から逃げ出した場合……」
「ニケもそうだろ?」
「逃げ出したっていうか、塔の窓から身投げして気づいたら外にいたって感じだけど……そうね」
「その場合、『聖女を守る』という責務から逃れたってことで、犯罪者として追われる身になる」
「…………ちょっと待って?」
ニケは頭の中でルーカスの言葉を反芻する。
いまおかしなことをいわなかった?
追われる身?誰が?私が?
犯罪者として??
「ルーカス、ニキータ。1つ確認してもいいかしら?」
どうぞ、というようにルーカスが手を動かす。
ニケは意を決して尋ねることにしたーーー
「私って聖女よね?」
大丈夫?
もしかして自分が聖女だって信じてる、ただのやばい転生者とかじゃない?
頭を抱えるニケに、淡々とルーカスが告げる。
何を聞かれるか大体予想していたらしい。
「自分を見失うのはやめて。めんどくさい」
「お前まで偽物だったのか!?」
「話をややこしくするのもやめて。めんどくさい」
「だっておかしいじゃない!犯罪者……!?私、聖女なのに!顔写真がポスターになってちょっと有名になっちゃったらどうするの!?私はちょっと有名じゃなくて、凄く有名になりたいのよ!このままじゃ世界征服ができない……くそう、ジョゼフィーヌめ!!」
「おかしな方向から怒るのもやめて。めんどくさい」
混乱しそうになる場を冷静に制し、ルーカスは話を本筋に戻した。
ふと、視界の端に何かが過った気がしてニケは瞳を動かす。
そこにはベッドがあるだけで何もない。
(気のせいかしら)
精霊かと思ったが……
何故かここに来てから精霊も見ていない。
ニケは首を傾げつつ、隣のベッドに腰をかけているルーカスを眺めた。
「騎士達はご主人を探すために森に入ったんだと思う。逃亡者を探して捕まえることも、騎士の業務の1つだって聞いたことあるから」
「そ、そうなの?それじゃあ顔を隠して出たのは正解ってことね」
「俺様が攻撃したのも正解ってことだな!」
「大不正解だからね。二度と勝手に攻撃しちゃダメよ。魔獣にもヒトにも!」
「えーーー!魔獣にも!?じゃあ俺様は何に攻撃すりゃあいいんだよ!」
「ストレス発散にはパン作りがいいって聞くわよ」
「パンってなんだ?」
「何の話してんの」
ルーカスの顔がさっきよりも呆れているような気がする……
こういうことの繰り返しが、ルーカスからの評価が「マヌケ」になってしまった所以なのだろうか。
何が悪かったのか、パンの話題?
「でもおかしい」
「パンはお菓子ってことか?」
「ストレス発散にはならないってこと?」
「パンの話は忘れて」
パンの話じゃなかった。
名誉挽回とばかりに、ニケは「何がおかしいの?」と尋ねた。
ついでにキリリ、とした顔を作ってみる。
ルーカスは金の瞳をニケに向けたが、その顔がやっぱり少し呆れていたのでニケは黙ることにした。
「街を歩いてきたけど、ウワサになってないから」
「ウワサ?」
「騎士の一団がほとんど全滅しかけるくらいの攻撃を受けて、それが一瞬で全快した。聖女の仕業としか考えられないでしょ。でも、聖女のウワサは聞こえてこない」
確かにそうだ。
全滅からの全快ーーー
聖女ジョゼフィーヌ様の華麗な伝説のひとつになっていてもおかしくないはずなのに。
「それどころか」と、ルーカスは続ける。
「騎士団が攻撃されたって話も聞かない」
「不名誉なことだからだろ?俺様の実力だな、実力」
うるさい、とニケはドヤ顔のニキータに枕を投げる。
「俺様に何するんだ!」とニキータは叫んだが、避けきれずに顔面に枕を受けた姿が面白かったので、ニケは鼻で笑う。
よっぽど悔しかったのか、ニキータは拳を振っていた。
「箝口令がしかれてるんだと思う」
「誰かに攻撃を受けたってことを内緒にする必要あるかしら?」
「きっと秘密にしたいのはそっちじゃない」
「え?どうして?だって回復魔法は聖女様しかできないでしょ?ジョゼフィーヌの野郎が聖女っていってるんだから、そういうのは全部ジョゼフィーヌのおかげになるじゃない。誰が回復したのか、なんて内緒にする必要はないわ」
「それでも秘密にしてるってことは……」
ルーカスはそこで一度、言葉を止めた。
金の瞳がギラリと輝く。
「とんでもないことが起こってるのかもしれない、って誰かが気づいたんだ」
『とんでもないこと』が起き始めたーーー
ニケの知らないところで。
第3章完結です!
今回はAnotherがないので、次は第4章!
よろしくお願いします!!
ブクマ最高に嬉しいです\( ˙꒳˙ \三/ ˙꒳˙)/




