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転生してきた悪役令嬢に聖女の座を奪われてました!  作者: 戸次椿
第3章 聖女は三歩進んで二歩戻る
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聖女は三歩進んで二歩戻る ー06ー

「…………ふわ」


 欠伸をひとつしてから起き上がった。

 髪の毛をくしゃくしゃにしながらニケは眉間にシワを寄せる。

 何だか髪の手触りが違う、気が、する。

 気のせいか、とニケは思い直して思い切り伸びをした。

 ゴキ、と肩の骨が音を立てた。


 何か夢を見ていた気がする。

 どんな夢を見ていたのだろう、思い出せない。

 最高の夢だったようにも思うし、最低の夢だったようにも思う。


 枕元のローテーブルに置いてある水挿しからコップに水を注ぐ。

 喉に水を流し込むと、酷く渇いていたことに気づいた。

 ニケは続けざまに二杯も飲み干し、唇を拭う。


 透明な水に映る自分の顔にギョッとして、ニケは思わずコップをテーブルに戻した。

 自分の頰が泥にまみれていることもびっくりだが、それよりも。


「髪の色が違うんだけど……?」


 桃色の髪が黒色に変わっている。

 だから手触りが違ったのだろうか?

 窓に映る自分をまじまじと見ながら、ニケは頰に泥をはらった。


「そして、ここは何処かしら」


 知らない部屋の知らないベッドの上。

 包帯でグルグル巻きにされた両足は、その見た目からは考えられないほどに痛みがない。

 痛みがなさすぎて不気味なくらいだ。

 何か薬を投与されているか、魔法をかけられているのだろう。

 この髪もそうだろうか。


「とりあえず私は……町にいるみたいね」


 森の中ではないことは確かだ。

 壁が板張りなのでもしかして森の中の小屋かとも思ったが、森の中ならばもっと騒がしいはずだ。

 耳を澄ましても小鳥のさえずりは聞こえない。

 代わりに人の声は聞こえた。


 すぐ側の窓に近づこうと思ったが、足に力が入らなかった。

 足の裏に大火傷を負ったので当然かもしれない。

 自分自身に回復魔法をかけようかとニケは少し悩んだが、自分の置かれている状況がいまいちわからないため保留にすることにした。


 捕虜になっているとは思えないが……

 もしかしたら「聖女」であることは隠しておいた方が良いのかもしれない。


 誰がやったのかはわからない。

 けれど髪の色も誰かに変えられているようだし。

 ニケの桃色の髪は目立つので、髪を変えたのだとしたらニケをニケだとわからないようにするためだろうと思ったからだ。


「ルーカスとニキータは何処?」


 意識を手放す前の記憶をニケは振り返る。

 自分はルーカスに膝枕され、願望を語った。

 お風呂に入りたいとか、服を買いたいとか、何か食べたいとか。


 何か食べたい!

 それを意識した途端、ぐうとニケのお腹が鳴った。

 この様子だと何も食べていないらしい。

 顔が薄汚れていたことを考えると風呂もまだだろう。

 服もビリビリのままだ。


「意識を失った私を連れて町に入り、宿を取ったところ……って感じかしら」


 ルーカスとニキータが捕まっているかもしれない、と一瞬だけ過ぎったがニキータはともかくルーカスには後ろ暗いところはない。

 いや、そもそも魔王(ニキータ)は町に入れたのだろうか?

 この宿のお金は誰が支払ったのだろう……?


 ニケが色々と思い悩んでいると、足音が聞こえた。

 遠慮することなく大きな音を立て、ずんずんとこちらに近づいてきている。

 その足音でなんとなく誰が近づいて来ているのかがわかり、ニケはドアの方に顔を向けた。


「俺様が来てやったぞ!!そろそろニケが俺様に会いたくなる頃合いだと思ってな!!寂しかっただろ!!」


 バターーーン!

 ドアが弾け飛ぶんじゃないかというほどの勢いで、茶色の髪の褐色肌のイケメンが部屋に飛び込んでくる。

 体格の良い身体やひとつにまとめた長い髪はそのままだが、取ってつけたようなストールを首に巻いているところだけが違う。


 それでもそのスカイブルーの切れ長の瞳も。

 余裕綽々といった様子でニッと白い歯を見せて笑う様も。

 口元に覗く尖った八重歯も。

 イケメンと認めざるを得ない整った顔も。


 何もかもが魔王(スライム)のヒト型になった姿。

 ニキータ・マーティンその人に間違いなかった。


「寂しかっただろ?俺様に会いたかっただろ?いうないうな!わかってるからな、俺様は」

「ルーカスは何処?」

「無視するな!!」


 尋常じゃないほどに面倒になったニケは、ニキータをさらりと無視する。

 一応怪我人だっていうのに躊躇することなくニケのベッドに腰を下ろし、ドヤ顔をしていたニキータはやってられないとばかりにベッドに拳を打ち付けようとした。


「やめなよ、クソスライム」


 開け放たれたドアから部屋に入ってきたのは儚い美少年……

 正確には美少年の年齢でもないが、美青年というには若すぎる。

 ルーカス・ウィリアムは軽蔑した様子で目を細めつつ、ニキータを睨んでいた。


 夜の闇のように黒い髪は、白い肌のせいで余計に艶めいているように見える。

 同様にその白い肌も、黒い髪のせいでゾッとするほどに真っ白に見えた。

 小ぶりの鼻に小ぶりの唇。

 そしてギラギラと輝く金の瞳。

 そんな美しい少年は、真顔のままで小さく舌打ちした。


「力の加減もわからないバカは動くな」


 ニキータが開け放ったままだったドアを閉め、ルーカスはそういい捨てる。


「は?誰に向かってモノをいってんだ、蜘蛛男」

「この部屋にいるバカは1人しかいないけど?」

「ニケにそんな本当のことをいうなど、心が痛まないのか貴様!!」

「ご主人はバカじゃなくてマヌケ。だからご主人のことはいってない」

「流れ弾がガンガン当たってるわよ、私に」


 バカだとかマヌケとか!

 わかりきったことをいうのはやめて!


 ニケかズバリとそういいきると、ルーカスとニキータは顔を見合わせた。

 わかっているならいいんだというような優しい笑みで、ニキータがぽんとニケの肩を叩く。

 ルーカスも何故か小さく頷いていた。


「待って。そこは否定して」

「ご主人、具合は?」

「え?無視?」


 聖女ってこんな感じなの?

 ニケは一瞬だけこの世界に絶望を感じつつ、ルーカスに向かってピースサインを向ける。


「バッチリよ!足が全然動かないけど!」

「治せばいいのに」

「あ、治してもよかった感じなの?私の髪の色が変えられているから、もしかして変なことをしてはいけないのかしらと思って……」

「察しはいいんだよね」

「そうなの」


 頷いてからニケは気づく。

 待って?察し「は」?

 含みのあるいい方だが、疑問を投げかけようとした時には既に話は進んでいた。


「とりあえず説明する。ご主人が意識を失ってからのこと」


 その間に治せば、と続けられたので、ニケは自分の足に向けて手をかざす。

 小さく「ヒール」と囁けば、聞き覚えのある「キラキラン♪」という音がした。

 その途端に足が軽くなり、感覚が戻ってくる。


「まずあの後すぐに僕はスライムと合流した」

「ニキータ様だ!覚えられないのか?蜘蛛男!」

「覚える必要のないものには興味なくて」


 息をするように揉め始めるルーカスとニキータを尻目に、ニケは辺りを見渡す。

 足の感覚が戻ったところで別の違和感に気づいたのだ。


(あら?そういえば精霊達は?)


 ここが町だからいないのかしら?

 首を傾げるニケの気づかないところでは、ルーカスとニキータが拳を作りあっていた。


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