3月29日
朝から僕の部屋をノックする。
この叩き方からして、父さんだろう。
「賢治、話があるから下に降りて来なさい。」
まだ寝て居たかったけど、仕方ないので降りていった。
味噌汁のいい匂いがする。
「頂きます。」と小さく呟いてサラダをとろうとしたら
「食べるのを辞めて箸を置きなさい。」と言われた。
仕方なく箸を置く。
「…お前はこれからどうしたいんだ?他の大学は行かないのか?
受験しないのか?それとも浪人するのか?働くのか?一体どうするんだ!!」
【バンッ!!!】と机を叩き、僕の味噌汁が大きく波を打った。
久しぶりに口を聞いたと思ったらコレかよ。
僕に考えさせる時間なんてないと言いたいのか。
母さんが「お父さん辞めて…」と言いながら父さんの肩を擦る。
「えっ?!どうするんだと聞いてるんだ!!お前には口がないのか?それとも
考える脳みそがないのか?どっちなんだ?!」
「すいません…」
膝の上で小さく拳を握った。
「すいませんじゃ解からんだろう!私はどうしたいのかと聞いているんだ!!」
半分茹でダコの様になった父さんは今にも僕にとっ掴みそうだ。
どうしたいかなんて…
……
僕は…
…僕は…
【死にたい】
死にたいんだ。僕は…。
「もういいから賢治、部屋に戻りなさい。」
母さんが父さんを宥めながら僕を上に行くように合図した。
手付かずの、シャケと卵焼きとサラダを横目に僕は席を立った。
腹が減っていたから食べれなかったのには腹がたったけど、
「死にたい」って思ってるやつの考えじゃないかって思うと
少し笑えてきた。
とりあえず2度寝でもしよう。次起きたら父さんも居ないだろう。
そしたら朝ごはんを食べよう。
そう思いながらベットに寝そべった。
窓からは、左手に長良川の丘が見える。
まだこんな時間だからジョギングをしている人たちがチラホラと見えるくらいだ。
ここの土地自体が丘になっていて緩やかに登り坂が多いから、
いいジョギングコースになるそうだ。
公園から右手の方には長良川の三ツ池橋という有名な橋がある。
昔この橋は3つ池があって、その中でも東と南と北に別れて村人達は土地や田畑を取り合いしていたらしい。
月日が流れて結局、池が1つになって戦争もなくなったらしいけど。
三ツ池橋は結局池が1つになってから掛けられた橋なんだ。
結構大きな橋で高さも20m近くはある。
滝壺みたいになってるから実際はもっと高いのかもしれない。
まあ、落ちたらの話だけど。
僕は高いところは苦手だから、実際にあそこに行ったのは小学生の時だけかな。
友達と隠れんぼをしていて、追いかけていたら知らず知らずに
あそこの橋に居たってわけ。
1度だけ下を覗いたけど、あまりの高さに身震いしたっけな…。
そんな事をボンヤリ考えながら橋をジョギングし行き来している人達を見ていた。
ふぅとため息をつく。
こんな時間に寝そべって外を見たことなんてなかったから、
こんな朝早くてもあんなに人が走っていたなんて知らなかったな。
健康ブームなのか?
再び視線を窓に背けたら、橋のところに真っ白なワンピースを着た女性が立って居た。
「ん?さっき居たっけ…あんな人」
独り言を呟いてもう1度視線を送るとまだそこに女の人は居た。
何故か無償に気になった。
シャツを羽織りジーンズを履き急いで部屋を飛び出した。
玄関で母さんがびっくりしていたけど、無視して家を飛び出した。
橋まで結構歩かなきゃいけないから自転車に乗った。
段々と近づいて来た。
真っ白なワンピースに小さな花模様が描かれている。
髪は真っ黒でセミロングといったところか。
顔は横顔だからよく見えないな…。
歳はいくつくらいなんだろう…
化粧もしていないから年下にも見えるし落ち着いた大人にも見える。
彼女は、瞬きもせずに橋から真下の滝壺を覗きこんでいた。
僕は自転車から降りた。
自転車を押しながら彼女の横を通り過ぎる。
横目でチラリと見たけれど、相変わらず彼女は真下を覗きこんでいるだけった。
フワッと潮風の香りがした。海なんてないのに…。
10m程離れてから再び振り返る。
彼女はやはり橋から真下を覗き込んでいた。
何か落としたのだろうか。
もう1度だけ彼女に近づいてみようと思った。
今まで緊張なんてしたことなかったけど、勇気を振り絞って声を出してみた…。
「あのぅ…。何か落としたんですか?」
聞こえていないのか反応がない。
「あのっ!何か落としたんですか?」
彼女はゆっくりと僕の方を振り返った。
驚いたようで目がまん丸になっていた。
そんなにびっくりさせたのかな…。
「いえ…大丈夫です…。」
小さく開いた口からはそれまた小さな声が返ってきた。
「あ‥はい…。では…」
話も全く続かず、僕の1日はこれで終了した。




