5月1日
昨日、あれから僕に一体何が起こったのか。
頭の中で整理しようと考えるんだけれど、整理出来ない。
ただ1つ、明確なのは
【彼女は僕の目の前で飛び降りたという事。】
何故彼女は飛び降りたのか…
彼女は一体…
僕はハッ!となる。
携帯と財布をポケットにねじ込み部屋を飛び出す。
リビングから母さんが「賢治、朝ごはん食べて行きなさい!」と
叫んでいたけれど無視して家を飛び出した。
自転車に飛び乗る。
橋へ向かった。
◆
そこには誰も居ない。
「登紀子さん、登紀子さん!!登紀子さんっ!!」
何度か呼びかける。
朝の日差しが僕を照りつける。
小鳥のさえずりが聞こえる…
本来なら背伸びをして気持ちいいと感じる朝だろう。
「登紀子さん!!…居ないか…」
僕は、ドスッっとベンチに腰掛けた。
「不法投棄」と書かれた紙をベリッっと剥がす。
背もたれに書かれた、相合傘が無性に悲しくなる…
これを僕が書いた時、登紀子さんはどんな思いで見つめていたのだろうか…
◆
ズリッ…
ズリッ…ズリッ…
聞き覚えのある音が聞こえて来た。
朝日が眩しくてハッキリとは見えないけれど。
お化けは夜にしか出ないと言ったやつは一体何処のどいつだ。
こんな天気のいい朝にもちゃんと出るんじゃないか。
さすがに、朝のこんな時間だから昨日ほどの恐怖はない。
ズリッ…
ズリッ…ズリッ…
登紀子さんの姿が見えた…
真っ白なワンピースにはドス黒い血が染み渡り、
ポタポタと血を流し、アスファルトに血が落ちているはずなのに
落ちた瞬間にスーっと消える…
「登紀子さん…」
僕は立ち上がる。
「貴方、やっぱり…ここで亡くなったのですか…?」
登紀子さんは俯いたまま何も話さない。
「なぜ、こんな事を続けるんですか!!」
僕は、怒りと恐怖の中で怒鳴った。
「…アト…245カイ…デ…死ねる……」
「…。」
「…アト…245カイ…デ…死ねる……カナラズ…」
「…アト…245カイで10000カイ…ニ…ナルカラ…」
後245回で1万回…
貴方は…こんな事を何回も続けていたのか…
何度も何度も飛び降りて
地面に打ち付けられて…
何度飛び降りたって死ぬことなんて出来ないのに…
だってもう、肉体は滅びているのだから…
【魂】だけが永遠の時を刻み
【記憶】だけとなった念がこの場所に留まる。
たった一人で
雨の日も風の日も、朝から晩まで無限の時間の中で…
僕の胸が…
張り裂けそうになる…
この僕に何が出来るのか…
【時が経つのを待っているんです‥】
あの時の言葉を思い出した。
◆
僕は、1つ大きく息を吐き出し、携帯を取り電話番号を押す。
「あ、もしもし。店長ですか?
立花です。すいません、今日は急用が入って行けません。
すいません。はい、失礼します。」
ピッ。
電話を切る。
「登紀子さん…
今日僕は1日ここに居ます。」
登紀子さんは黙ったまま俯いている…
「僕は必ず貴方を止めて見せます。」
だから、これで最後、いや....
今日で最後にしましょ...
お願いだから....
だけど...僕の願いは今の登紀子さんには届かない....
登紀子さんは手すりに身を乗り出す…
「…コレデ…死ねる…コレガ、きっとサイゴ…」
そう言って、登紀子さんは僕の目の前から姿を消した…
僕は、呆然としながら橋の下を覗きこむ。
やはり…
死体なんてなかった。
だけど解っていてもやるせない...
僕はグシャグシャと頭をかきむしる。
どの位経ったのだろうか…
ズリッ…
ズリッ…ズリッ…
やっぱり戻って来た…
ズリッ…
ズリッ…ズリッ…
「…マタ…死ねなかった…ドウシテ…ドウシテ…」
ズリッ…
ズリッ…ズリッ…
やはり、さっきよりも醜くなっていて
足は折れ曲がり、腕は力なくダラリとし、左手で心臓を掴んでいた…
ズリッ…
ズリッ…ズリッ…
僕の前を通り過ぎる。
「ツギハ…キット…死ねる…カナラズ死ねる…」
そう呟いて、
彼女は再び僕の目の前から消えた…
◆
「マタ…死ネナカッタ…ドウシテ…」
・
・
・
・
「マタ…シネナカッタ…ドウシテ、ドウシテ…」
・
・
・
「マタ、死ねなカッタ…ドウシテ…」
・
・
・
「アト…238‥カイ…」
◆
何度、僕の前に現れては消えを繰り返したのだろうか…
もう見てられないほど、彼女の姿は酷く醜く…
思わず目を背けたくなる…
彼女が再び、橋に身を乗り出そうとした時、
「貴方は、僕を本当に好きで居てくれていましたか?」
僕は呟く…
彼女の動きが止まる…
声がもう出ないのかもしれない。
喉がパックリと開きヒューヒューと呼吸が漏れる音がする。
「…アナタがスキ…」
もう…
視点など合わない瞳でボロボロと泣きながら
彼女は僕の事が好きだと言った…。
「…ダカラ…死んで…もう1度…ヤリナオシタイ…」
彼女は再び橋から身を乗り出す。
「ツギは…死ねる…カナラズ…し…ね…る…アト…220カイ…」
僕は思わず、彼女の腕を掴んだ。
「もう、辞めろ。もう辞めてくれ!いい加減にしろよ!!」
彼女を掴んだ手はヒンヤリと冷たく、形などあるはずなんてないのに
僕の手に大量の血が流れ落ちる…
肉体なんてもうとっくにないはずなのに、彼女の魂が
肉体を創りあげてしまっているのだろうか…
それとも僕の錯覚なのだろうか…
もう…
何も解らない…
涙が止まらない…
僕にしてあげられる事なんて何もないのかもしれない…
「貴方はもう死んでいるんです…だから…だから‥こんな事したって
何の意味ももたない…もう、辞めて下さい…辞めて下さいよ…」
「…私ハ…マダ…死んでイナイ…。
死ンデ…もうイチド…アナタニ…会いたい…」
登紀子さんは…
僕の腕を振り払い…再び、橋に身を乗り出した…
「ツギは…カナラズ…死ねる…モウ一度…ヤリナオシタイ…貴方のタメニ‥」
「ヤメロ---!!!」
僕は大声で叫んだ。
だけど…
彼女には届かなかった。
僕の声が…
絶望と言うのだろうか…
嫌、そんな簡単な言葉では済まされない…
身体の力が抜け、地面へとへたり込む。
結局、「止めて見せます。」なんてカッコイイ事言ったって
僕には何も出来ない…
何一つ助けて上げる事が出来ない…
何一つ…
◆
再びあれから、どの位時間が経ったのだろうか…
「賢治さん…」
不意に声が聞こえて顔を上げた。
ハッ!となる…
そこには、「登紀子さん」が居た。
でも、何処も怪我などしていない。
真っ直ぐ透き通った瞳で僕を見つめていた…
僕は、時計を見る。
16時
そうか…
登紀子さんは16時にリセットされる?
だから僕との約束が16時だったんだ…
「登紀子さん…」
「……ごめんなさい…貴方を苦しめるつもりはなかった‥」
登紀子さんはポロポロと涙を流す。
「僕と話しをしましょう。僕には何もしてやれる事がないかもしれない。
でも、貴方は僕を助けてくれました。だから…僕に出来る事があれば
力になりたい…話してくれますよね?」
登紀子さんはコクリと頷いた…




