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4月30日

気がついたら朝だった。


意識を失って、寝てしまったのだろう。


僕の身体を見たらパジャマに着替えていた。


きっと母さんが着替えさせてくれたのだろう。


あんな時間から意識を失って十分過ぎるほど眠っていたはずなのに


身体が鉛をつけたかのようにドッシリと重い。




今日はバイトだ。


働くって気分じゃなかったけれど、僕は渋々支度する。






「賢治、おはよー!ねえねぇ、昨日、明里ちゃんとどーだった?

おい、ねえ、どーよ?どーよ?やったのか?えっ?チューしたか?

えっ?うん?うん?」

田中が僕よりも先に来ていた。



田中はあの日以来、もともと明るい奴だったが、更に明るくなった。

このテンションが今の僕にはうざすぎる。



僕は田中が近づけてきた顔を跳ね除け

無言でタイムカードを押した。




今日一日、田中とは「あれ、取って」以外僕は言葉を発していない。




「先輩~!お疲れ様!昨日は…」

三浦さんが店に入って来た。



「ああ、いいよ」

と僕は一言。


伝票整理を始めた。


「あのねぇ、チイ子が昨日急に体調悪くなったらしくて、それでね‥家に誰も居ないからってどうしても私に‥」



聞いても居ないのに、どうでもいい理由を聞かされるこっちの身にもなってくれ。



「でね、チイ子の熱測ったらもう40度超えててさぁ‥」



しかも、よくこんな嘘がペラペラと出て来るもんなんだな…



「ああ、もう解ったから気にしないで。」

僕はこれ以上面倒には関わりたくないので笑顔でそう言った。



「あー良かったぁ。てっきり先輩怒ってるかと思って~。来週は必ず昨日のデートの続きしよっ!

あ、今日バイト終わってからでもいいし、あし‥」



「ああ、ごめん。今日も明日も無理。」

僕は、言われる前に言っておいた。


今、デートって気分じゃないし。

大体がもって、誰のせいで僕はあんな目にあったんだ。

あんな時間に帰らなかったら、僕はあの人を見ることもなかったんだから。



「じゃあ先輩!メールしてね!!」



僕はコクリと頷き、帰り支度を始めた。




そしてそのまま予備校へと直行した。



「立花君、君いい調子だね。このまま頑張りなさい」

予備校の理事長に呼び出されお褒めの言葉を頂く。



わざわざ呼び出さなくたって、そんな事言われなくても解ってるんだから。






僕は帰り道、自販機で缶コーヒーを買った。

思わず、もう1本買おうとして手を止める。




フッと笑える自分が居る。

幽霊にコーヒーを奢るつもりなのか?




レバーを捻りお釣りを取り出した。

「辞めておけ」という自分と

「このままでいいのか」という自分が格闘する。




もしこのまま、彼女に関わる事がなければ

それはそれでいいのかもしれない。

だってこの僕に出来る事なんてないんだから。





だが、僕が彼女に関わるのなら聞きたい事は沢山ある。





貴方は一体何者なのか。

どうしてそこに居るのか。

目的は何なのか。

僕に取り憑くのか。

なぜ僕を見て泣くのか。








僕に何を求めているのか・・・


僕は1つ大きく息を吐いて、もう1本缶コーヒーを買った。


「よし!!!」

と気合を入れる。



僕は一世一代の決心をする。

だって幽霊に会いに行くのだから。


よし!と気合を入れたものの…

やはり不安で押し潰れそうだ。



田中に来てもらうか。

いや、待てよ。アイツは俺よりもビビリだ。

役に立たない。



何処かの神社で魔除けでも買って行こうか。

それもいいかもしれないけれど、この時間だしもう開いていないだろう。



僕のお守りはこの缶コーヒーくらいか。

まあ、いい。田中よりは役に立つ。




僕は、勇気を振り絞りあの橋へと向かった。




あの橋が近づくたびにドックンドックンと心臓が高鳴る。


やはり辞めておこうか‥。




あの姿だったら僕はショック死してしまうかもしれない。

いや、あの姿よりもっと酷かったら?


ウダウダといらない妄想を巡らせてしまう。

そうこう考えるうちにあの橋へ着いてしまった。




辺りを見回す。


あれ…居ないのか。


少しほっとし胸を撫で下ろす。



時間を見たらもうすぐ22時を差していた。




「かっ、、、帰ろうか…な‥」

独り言なのに僕の声は震えている。



ズリッ‥

ズリッ…ズリッ…ズリッ…チリン…



「……。」



ズズズズッ…




(来た…)



僕は、ガタガタと震えコーヒーを握り締めギュッと目をつぶる。

逃げたいけれど、もう足が、足が、足が動かない…



(お父さん、お母さん、神様、仏様!!!僕をお守り下さい!!!)




恐る恐る目を開け、音のする方を見る…

た、頼むから、邦画のホラー映画みたいに【デーン!】とか【ジャーン!】とか

無駄な効果音は出さないでくれよ…。



僕の視界に【彼女】を捉えた…



ズリッ…ズリッ…ズリッ…



僕の目が大きく開ききる。



ズズズッ…


やはり【彼女】は登紀子さんだった…

右足を引きずり、右腕を押さえていた。

この音は足を引きずる音だ。



ただ、この前ほどは醜くはない。



【彼女】は僕にはまだ気がついて居ないのか、俯いたままだった。



ズズズッ…

ズリッ…ズリッ…




ズッ…



ピタッと音が止む。


僕との距離は8m程。


彼女が顔を上げた。


僕は瞬きも出来ず見開いたままだ。





目が合った…。


ズリッ…ズリッ…






ズズズッ…




やはり僕にも多少、免疫が着いたのか?

ただ、足はガクガク震えたままだけど…



僕は、勇気を振り絞り


「あ…あの…っ…」

と声を掛けて見る。



【彼女】は再び俯いて、こっちへ近づいて来る…



ズリッ…

ズリッ…ズリッ…




(ちょ、、ちょ、タンマ!!来ないで!!!

まだここここ心の準備が出来てないよ!)






3m

2m

1m


僕は、生唾を飲み込み目を硬くつぶる。


(お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し…)



ズリッ…

ズリッ…ズリッ…



音は僕を通りすぎて行く…

生暖かい風が僕の髪を揺らす…



え…?



ズリッ…

ズリッ…ズリッ…



無視…?

僕が見えてない…?

まさかここで僕は無視されるとは思ってもみなかった…。



「あ、あのっ…」



ズリッ…

ズリッ…ズリッ…



「あ、あのっ…!!」



ズリッ…

ズリッ…ズリッ…




「登紀子さん!!!」



ズリッ…

ズッ。




彼女の足が止まった。




「登紀子さん…」




生唾を飲み込もうとしたが喉がカラカラで咳き込んだ。


ガチガチと震える手で缶コーヒーのフタを開けようと格闘する。

やっと開けれたものの、僕の手の震えのせいで

ピチャピチャとコーヒーが掛かる。


自分が情けない。


嫌、わざわざこんな危険な目に遭いに来る自分が情けない…

ゴクッゴクッとコーヒーを飲み干した。




彼女はまだ僕に背中を向けたままそこで静止している…




「こっ、こっ、コーヒー買って来ました。貴方の分です…」

そう言うと…



彼女がゆっくりと振り返った…。


やはり僕が見えてなかったわけじゃないんだ…



「……」




「…どうぞ…」

僕は震える手でコーヒーを渡す。




「…ア…た…ニ…」

彼女の口が開く…。



彼女の口が開くたびに…

口からドボドボと血が流れる…



(たったたたった…助けて…だだだ誰か…)




「…貴方ニ…見せたくナカッタ…」





「えッ…?」





「貴方ニ・・見せたくナかっタ!!コンナ姿ヲ、、」





「…。」

僕は言葉が出ない…。





「…ドウシテ来たの…?約束していた時間以外にドウシテ…」



彼女から血の涙が流れる…



「貴方だけには…見られたくナカッタノニ…」



そう言って…









彼女は…



橋の上から身を乗り出し…




僕の視界から消えた…。








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