4月24日
日に日に登紀子さんがとても恋しくなる。
1年前の僕では想像もつかなかった。
典子がいたけれど。
今では典子の顔も思い出せない。
思い出そうとすると登紀子さんの顔が浮かぶんだ。
とりあえず、バイトへ向かう。
裏口から入ると見覚えのある鞄が置いてあった。
「よう!賢治」
制服を着た田中が立っていた。
最悪だ…。
「俺さ、今日からここでバイトするんだわ。よろしく先輩!」
とケツをクネクネさせて言った。
僕はとりあえず田中を無視しタイムカードを押す。
なんでコイツは僕の前に現れるんだよ…。
まあ、登紀子さんとのネタになるのは助かったが‥。
だけど田中をネタにして登紀子さんを笑わせるのは癪に障る。
田中の話をするのは辞めておこう。
◆
「でさ、賢治、としこさんの苗字わかったわけ?俺の近所なんだろ?」
としこじゃないし…。
「わかんない。」
一言だけ返して、僕は伝票の整理を始める。
「お前、会ってもう何日になるんだよ~。あ、そうだ。
俺もとしこさんの顔みれば解るかもしれないし、お前紹介しろよー。」
その手もあったか。
確かに近所らしいし、最近引っ越してきたとしても
苗字くらいは解るかもしれないよな。
「そうだな。」
「え?まじでー。やった!賢治のとしこちゃんに会えるのか~!で今日、会う??」
「うん。でも、30分しかないし、お前は遠くから見てろ。2人の時間邪魔されたくないし。で、後で苗字がわかったら教えてくれ。」
「えー。俺を紹介してくれないのか…。苗字が解ってもお前には絶対教えない!!」
田中の言葉は無視して、僕は掃除を始めた。
◆
15時30分。
僕達はタイムカードを押す。
何故、僕達なのか…
それはオマケの田中が付いて来るからだ。
「お前、初日くらいもう少しここに居ろよ。まだ覚える事沢山あるだろ」
「いやいやーもうないし。ここの仕事なんて1週間もあれば余裕だし。」
コイツは1週間も掛けて覚えるのか。
お気楽な奴だ。
店を出て、いつもの自販機で飲み物を買う。
「ちょ、俺のも買って。コーラ。」
「自分で買えよ。」
そういって今日はオレンジジュースを2本買った。
いつも缶コーヒーだしたまには違うのもいいかと思って。
「ちょぉ、賢治~。俺、今金欠なんだってば。」
ほら、と自慢げに財布の22円を見せびらかす。
「じゃあ今日は特別に100円だけ奢ってやる。」
田中の財布から20円を取り上げた。
「ちょぉ、俺の全財産2円ってないわー。」
2円も22円もさほど変わらないだろ…
田中にコーラを放おり投げ、登紀子さんの待つ場所へと向かう。
「うおっ、お前、振っただろ!!炭酸全部抜けちまったじゃねーか」
後ろでブツブツ言っているやつを無視しながら自転車を押した。
早く行きたいのに、コイツに合わせて歩きだなんて‥。
ようやく橋が見えて来た。
「田中、お前はここから見てろ。ここから1歩も動くなよ。」
橋から30m程離れた場所だ。
「えーここだと何話してるかも聞こえないじゃん。」
「聞かなくてよろしい。でも顔くらいは見えるだろ。苗字がわかればそれでいいんだから。」
ピシャリとそう言ってやった。
田中はつまらなさそうに「ヘイヘイ。」と返事をし、
花壇のあるところに腰掛けた。
気の抜けたコーラを飲みながら。
僕は時計を見る。
59分だ。
登紀子さんは…
まだ来ない…。
田中の方へ振り返ると田中は携帯をいじっていた。
◆
結局…
今日、登紀子さんは現れなかった…
何か特別な用事でもあったのだろうか‥
◆
田中はポッカリと口を開けたまま居眠りをしていた。
「おい。田中起きろ。」
軽く頭を小突くと田中は目を覚ました。
「お、おお。何もう終わったの?」
「うん。」
ふぁ~と欠伸をすると田中は、「で、何処?」
と聞いてきた。
「もう帰った。」
登紀子さんが来なかったと言ったら、
「すっぽかされたのぉ??ダセー!」とか言われるのがオチだし、
コイツには言わなかった。
どうせ寝てたし…。
「なんだよー。もう帰ったのかよ。来て損した。」
お前に奢ったコーラの方が損したわ。
「損したのはこっちだよ‥居眠りしやがって。」
田中は「ああ、そうか俺寝てたんだ…」とブツブツ言っていた。
「あっ、そうだ。賢治、今日さ晴天だし北斗七星がよく見えるんだってよ。
かなりでっかく見えるらしいぜ」
「ふーん…」
「俺と見ようぜ。積もる話しもあるだろうし」
「誰がお前なんかと。見るかっての。気色悪い。」
田中は、可愛げもなくプーッと膨れた。
もうすぐ僕の家だというのに、後ろからは田中が付いてきている。
「お前、もう帰れよ。」
「いいじゃん。たまには男同士で。」
田中は僕が閉めた玄関のドアを無理やりこじ開けて入って来た。
「お邪魔しまーすっ!あ、お母さん!お久しぶりっす。やっぱ美人ですよね~!!」
調子のいい奴だ。
晩飯食って行こうという魂胆だな。
まるわかりだ。
僕はハァと溜息を着くと部屋へ入った。




