4月4日
今日は、昨日の雨も嘘のように晴天だ。
とりあえず、リビングから朝食を持ちだして、脳天気な田中に電話してみようと思った。
時計を見たら7時30分だった。
もう起きているだろう。
ルルルル…
呼び出し音が3回、5回、8回
10回目にやっと田中が電話に出た。
「ん…もしもし…」
声を聞いたらまだ寝ていたようだ。
「なんだ、まだ寝ていたのか」
「なんだ…賢治か…今、何時?」
自分で時計を見ればいいものを僕に聞いてくるとは‥
「7時半。」
「うっお…まだそんな時間かよ…頼むよ…」
何を頼むのだろうか。
「…で、何の用?」
眠たいせいか珍しく口数も少ない。
田中はこれくらいが丁度話しやすいかもしれない。
これからはこの時間に電話しよう。
「聞いたんだ。登紀子さんに。」
「ふ~ん‥で…?」
「ご両親は亡くなっていて、歳は20才。恋人は居ない」
「うん…。で…?」
「終わり。」
「…。」
田中の反応はなくなった。
「おい…聞いているのか?おい…」
ガチャッ…プーップーッ…
どうやら電話を切られたらしい。いつもどうでもいい事をベラベラ喋るのに
まったく話さないというのもこれまたムカつく…。
チッと舌打ちをして携帯を放おり投げた。
◆
今日は、何をしようか。
本当に勉強以外何も取り柄のないつまらない奴だったんだと
つくづく実感した…。
まだ田中の方が人生をenjoyしているのかもしれないな。
僕は、ベットにゴロンと横になり、登紀子さんの事を整理することにした。
まずは、ご両親。
亡くなったと聞いたが、それならば今何処に住んでいるのか…
もう20歳なら自立出来なくもない。
それならば、一人暮らしなのかそれとも親戚の家にでも居るのだろうか…。
いや…でも待てよ…。
あの服装って事は、親戚の家に居るのかもしれない。
それでいじめられて服も買えない環境だとか…。
その方が確率高いな…時間も自由ないみたいだし。
僕はなんだか胸がジーンと熱くなった。
それから、恋人…
恋人は事故で亡くなったのか…。
切ないな…。
だからあんなに悲しそうだったのか。
まだ未練あるのかな…。
だから僕に一緒に死のうと言ったのかもしれないな…
恋人の事を忘れられずに。
しかし…僕が入り込む余地はあるのだろうか。
フゥと溜息をついたが1つ僕にも決心する事が出来た。
予備校に行こう。
もう1度受験して、ちゃんと大学出て、就職して、そして登紀子さんを今の環境から出してやるんだ。
僕さえ立派な大人になればいい。
そう思い立つと、父さんと母さんがいるリビングへと駆け下りた。
僕の思いを伝えると、父さんと母さんは頷き、僕の肩をポンと叩いた。
よし、もう1度一から勉強だ。
今までは自分の為にだけだったけれど、登紀子さんの事を思い浮かべたら
自然とやる気も湧いて来た。
僕はせっかく買った小説も読まずに勉強を始めた。
今日から僕は浪人生だ。
しかし…勉強をしながら時間が気になる…。
あと1時間後か…。
長いな…。
まさか僕が勉強をしていてこんなに時間が経つのが遅いとは
思った事がなかった。
今までは1日なんてあっと言う間だったし。
まあ、集中出来ないし時間までTVでも見て過ごそう。
息抜きも大事だっていうし。
16時5分前になった。
僕は携帯と財布をポケットに乱雑に詰め込んでいつもの様に家を飛び出した。
登紀子さんは今日はもういつもの場所に立って居た。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
僕達は何時まで経っても他人行儀だ。
まして年上だし僕がタメ口を使って馴れ馴れしくするのには
時間もかかるだろう。
「今日は晴れましたね。」
「そうですね…」
まるで30過ぎたお見合いの席かのような会話をする…
「あ‥そうだ。僕、予備校に行くことに決めました。ちゃんともう1度受験して
大学卒業して、就職しようと思います。」
「そうですか‥良かった。」
「はい‥。」
僕達の会話は全くと言っていいほど続かない。
だけど、今日の僕はいつもの僕とは違う!
「あの…そしたら僕と付き合ってくれますか?」
やはりちゃんと言葉にしないと登紀子さんに伝わらないと思ったから。
「……。」
…と思い切って言ったにも関わらず、やはり余計な事を口走ってしまったかと
後悔の念に駆られる。
「あの‥登紀子さんに忘れられない人が居るってのも解ってますし、
時間も取れないのも解ってます。場所だって自由に行くことも出来ないのも‥
その‥親戚の方…うるさいんでしょうね…。」
登紀子さんは一瞬キョトンとした顔になったが、
「はい‥。」とだけつぶやいた。
「1日30分会えるだけで僕は十分幸せですから。」
こんな歯の浮いた台詞を口走っている僕自身にも驚いたが、
登紀子さんが少し笑顔になったので僕も嬉しくなった。
「これからもっと登紀子さんの事、知りたいし僕の事ももっと知ってほしいと
思っています。」
僕はそう言って握手を求めた。
登紀子さんは少しためらいながらも、僕の手を握ってくれた。
白い華奢な手だった。




