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4月3日

今日は曇りだ。今にも雨が振って来そうな薄暗い空。


雨だと嫌だな…



時計を見る。


朝の9時。朝なのに夜なのかと思うほど空は薄暗い。



あれほど洗うなと言っていたのに洗われてしまったジーンズを履き、

暇つぶしに小説でも買いに行こうと家を出た。



雨が降る前にと。


よさそうな小説を2,3冊手にとり、これで夕方まで時間がしのげるなと

思った時に、ふと頭をよぎった。




登紀子さんの家探してみようかな…



まだ雨も振ってないし。




そう思い立ったらこうしては居られない。




急いで自転車に跨りあの橋を目指した。



もし、可能なら夕方とは言わずに朝も会いたい。

昼も会いたい。

夜も…。






そして「一緒に死にますか?」ってあんな泣きそうな顔をしていた登紀子さんを笑顔にしてやりたい。




僕も一時は死にたいと思ったけれど、

今では会いたい気持ちが勝っていてそんな事は思わない。





だから、登紀子さんにもそんな事は思って欲しくなかった。





恋をすれば人間は変わるって、脳天気な田中が言っていたし。





あの橋についた頃には僕の息も切れていた。

なにせ、運動なんてしたのは何年ぶりか。


空は今にも降り立ちそうだ。



僕の家と反対方向の橋へ渡りきって、一軒家が立ち並ぶところまで着いた。


苗字は解らないから想像力だけで家を当てよう。




「磯部」「川崎」「長野」「道田」…どれもピンと来ないな。



「田中」




田中…?




ってアイツの家はここだったのか。


少なくとも18年ここで育った僕が田中の家を知ったのは今日が初めてだった。





それなら、登紀子さんの苗字が解れば田中は知っているかもしれないな。


アイツに聞くのは嫌だけど…。




そんな事を思いながら、やはり無駄な努力は辞めようと引き返した。



  



16時まで後30分。


30分も早いけど、待っていようかな。


登紀子さんも早めに来るかもしれないし。

 




そう思いながらぼーっといつもの場所で待つ事にした。





15時45分。



あと15分か。




腕時計を見た瞬間に足元に黒い染みが出来ているのに気がついた。


空を見上げる。


降り立ったか…。


傘も持たずに出て来てしまったし、とりあえず買った小説を頭の上にかざした。




ふと横を見ると白いワンピースが見えた。



あっ…





15分も早かったけど、早く会えてラッキーだと思った。



あれ…でも…。





なんだか様子がおかしい。





登紀子さんは何故か右足を引きずって右腕を抑えていた。



僕を視界に捉えた登紀子さんは、驚いた様子で足が止まった。



僕が早く来たから驚いたのだろうか。



それともあんな事を言ったからもう来ないかと思ったのだろうか。



1分だろうか…



5分だろうか‥



それとも、もう10分が経ったのだろうか…





登紀子さんは立ち止まったままこっちへは来ようとしない。




「あの…っ」  




僕は登紀子さんに聞こえるように叫んだ。




僕は登紀子さんへ歩み寄る。




「来ちゃ行けませんでしたか…?」




「……。」



登紀子さんは黙ったまま首を振る。

「いえ…。でも‥時間通りに来て下さい。早くても遅くてもだめです‥。」


 



「そうですか。すいません…。

本屋に行ったついでにと思ってちょっと早かったんですけど…」





「そうでしたか…。」





僕は腕時計を見る。





時計は丁度16時を差していた。




どこか怪我でもしたのかと思い、聞こうと思った瞬間


登紀子さんは何でもないかのようにいつもの場所までスタスタと歩き出した。





なんだ…思い過ごしか…。




僕は登紀子さんの後ろを歩いた。

雨がかからないように小説を登紀子さんの上にかざしながら。




「傘、持っていなくてすいません。」

僕は一言謝る。



「いえ‥私もですから。」

登紀子さんは僕がかざしている小説を下からマジマジと見つめていた。




「あの‥僕、登紀子さんの事知り合いに紹介しようと思ったんですけど

登紀子さんの事何も知らないって事に気がついて…」



「そうですか…。」



「で、その…少し聞いてもいいですか?」

僕はポケットから昨日メモを取った紙を取り出した。



「あの…登紀子さんの苗字と年齢と家族構成とか色々聞きたいんです。」



登紀子さんはじっと僕の顔を見つめる。



「どうしてでしょうか…」



以外な言葉に僕は言葉に詰まる。



苗字や年齢を僕に知られるのが嫌なのだろうか…。

僕はそれほど好かれてはいないのか。




「あっ…その…嫌なら答えなくていいです。答えられる範囲で…」



登紀子さんは僕の顔を見つめたまま



「父と母はもういません。歳は20歳です。」

とだけ答えた。



20歳か。お姉さんだ!!

僕は少し嬉しくなったが、緩む笑顔を引き締めて。



「お父さんとお母さんは亡くなられたんですか…?」

と聞いた。



登紀子さんは

「はい‥。」とだけ呟いて視線を落とした。




僕はなんだかこれ以上、聞いてはいけない気がしたけれど

どうしても聞きたかった事があった。




「あの…今、彼氏とかはいますか?」



登紀子さんは再び僕へと視線を戻すと、

「今はいません。」と答えた。




僕は心の中でガッツポーズを決める。



「別れたんですか?」

僕は再び問いかける。



「彼は死んだんです。事故で。」



登紀子さんは瞬きもせずに僕を見つめながらハッキリと答えた。




「そうでしたか…すいません。辛いこと思い出させてしまって…」




「いえ…大丈夫です。」

そういうと登紀子さんは橋下の滝壺へと視線を移した。




もう雨がザザ降りで、せっかく買った小説はグニャリと曲がりきっていた。




「今日はこんな雨だし、帰りましょうか。送りますよ。」

そう言って、僕は初めて登紀子さんの肩に触れた。



ヒヤリと冷たかった。




「いえ…賢治さん先に帰って下さい。風邪引きますから」

登紀子さんはそう言って肩に触れている僕の手を外した。



「え…でも…傘もないし。送りますからこれで」

僕はフニャフニャになった小説を見せた。



登紀子さんはクスッと笑い、

「大丈夫です。賢治さんありがとう」と手を振った。



「そうですか‥解りました。」

僕は登紀子さんの笑顔も見れた事だし、少し満足して帰る事にした。



「じゃあ、登紀子さんも早く帰って、風引かないように」



登紀子さんはコクリと頷いた。




僕はビショビショになったまま自転車に跨る。

「じゃあまた!」と言って自転車を漕いだ。



少し漕いでから後ろを振り返った。



登紀子さんは、雨で黒髪が額にへばりついていて、笑っているのか…

それとも…



泣いているのか



わからない笑顔で手を小さく振っていた。





「風邪引かなきゃいいけどな…」僕は小さく呟いて

再び家へと急いだ。



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