第8話 核には種類がある
赤い核が生み出した熱。
投入した電力では説明できないエネルギー。
そして、遠くで発生した《境界変動》と同期する不可解な反応。
それだけでも十分すぎるほど異常だった。
だが翌日、神代拓真が大学の研究室へ呼び出された理由は、それ以上に大きなものだった。
「……あるじゃないですか」
拓真は、目の前に置かれた銀色のケースを見て言った。
「何がでしょう」
三枝はいつもの澄ました顔で答える。
「比較試料」
「昨日、検討すると申し上げました」
「つまり、前から持ってたんですよね?」
「その質問には回答できません」
「便利だなぁ、それ」
「拓真」
隣の真帆が肘で軽く小突く。
「今日は喧嘩しに来たんじゃないでしょ」
「してないって」
「三枝さんを困らせてる」
「困ってはいません。慣れました」
「慣れられた……」
「喜ぶところじゃないよ」
久世教授と相馬、そして拓真の父・鉄平も同席していた。
「俺まで必要なのか?」
鉄平が不機嫌そうに言う。
「今日は加工しねえんだろ」
「現時点では、その予定はありません」
三枝が答える。
「では帰っていいか?」
「親父、せっかく来たんだから見ようよ」
「工場の仕事があんだよ」
「社長ってもっと暇じゃないの?」
「全国の社長に謝れ」
鉄平は文句を言いながらも、ケースから目を離さなかった。
三枝がロックを外し、蓋を開ける。
厚い緩衝材の中央に、透明な密閉容器が固定されていた。
「青い……」
真帆が呟く。
容器の中には、淡い青色の石が収められていた。直径は四センチほど。赤い核より小さく、内部には白い筋が幾重にも走っている。
「これが比較試料ですか?」
「はい。我々が《B-04》と呼んでいる試料です」
「どんな生物から?」
「現時点ではお答えできません」
「ですよね」
拓真は青い核を見つめた。
「赤いやつは?」
「A-17です」
「分かりづらいな」
「研究試料ですから」
「赤石一号とか」
「もっと分かりづらいよ」
真帆が呆れた。
「では、A-17の追加試験結果から説明します」
相馬がモニターへグラフを表示した。
「特定の疑似神経信号を与えると、周囲の温度が上昇する。これは昨日確認した通りです。夜間に十二回、再試験を行いました」
「結果は?」
「十一回で明確な反応。一回は弱い反応でした」
「使うほど弱くなった?」
「反応量は、試験を重ねるごとに低下しています」
拓真と真帆が同時に顔を上げた。
「つまり、何かを消費している」
「そう考えるのが自然だろう」
久世が答える。
「無限エネルギーではないんですね」
「少なくとも、現時点ではな」
拓真はグラフを見つめた。
「その方が納得できます。何かを蓄えていて、それを使っている」
「問題は、何を蓄えているかだ」
久世が言った。
「現在は便宜的に《未知エネルギー》と呼んでいる」
「名前そのままですね」
「まだ名前を付ける段階ではない」
拓真の視線が青い核へ移る。
「では、B-04を試しましょう」
◇ ◇ ◇
青い核は専用の測定容器へ移された。
周囲には温度センサー、電磁計測器、未知反応センサーが配置されている。真帆が制御端末の前に座った。
「まずA-17と同じ波形で」
久世が指示する。
「出力は最低値から始めます」
真帆が操作した。
ピッ。
疑似神経信号が送られる。
青い核に変化はない。
「反応値、ほぼゼロ」
「出力を少し上げます」
反応なし。
周波数を変えても、別の波形を試しても、しばらくは何も起きなかった。
「波形D」
真帆が切り替えた。
「あ」
相馬がモニターを見た。
「未知反応値が上昇しています」
「温度は?」
「……下がってる」
室温二十三・六度。
二十三・三。
二十二・九。
二十二・四。
「容器内部だけが冷えている」
「核自体の温度は?」
「ほぼ変化なしです」
赤い核と同じく、核そのものが変化しているわけではない。
違うのは、周囲に現れた現象だった。
赤い核は熱を放出した。
青い核は、周囲から熱を奪っている。
「停止」
久世が指示する。
真帆が信号を切ると、温度低下も止まった。
「再現性を確認する」
冷却後、同じ条件で再試験を行う。
二十三・七度。
二十三・四。
二十三・〇。
二十二・六。
「再現しました」
相馬が言った。
「冷却速度もほぼ同じです」
「入力電力は?」
「A-17の試験時と同程度です」
久世が青い核を見つめる。
「同じ種類の器官でありながら、反応の性質が違う」
「個体によって、発生させる現象が異なる?」
拓真が言った。
「その可能性はある」
相馬が頷く。
「B-04の生物について、何か分かっていることは?」
拓真が三枝を見る。
「寒冷地で確認された個体です」
三枝は端末を操作した。
モニターに、白い獣の写真が表示される。
狼に似た大型の獣。
周囲の草木と地面が、季節外れの冷気で凍りついていた。
「三年前、国内の山岳地帯で確認されました。発見時の外気温は十八度前後。それにもかかわらず、個体の周囲だけが凍結していた」
「この核が原因?」
「当時は分かっていませんでした。現在なら、関連を疑う理由があります」
拓真は写真と青い核を見比べた。
「赤い核の生物も、同じような現象を起こせた可能性がある」
「熱を出す核だからといって、個体が火を放てるとは限らない」
久世が釘を刺す。
「分かっています。ただ、核の性質が生物の能力に関係している可能性は高い」
鉄平が青い核を見ながら言った。
「要するに、赤い石と青い石じゃ、出るもんが違うってことか」
「現時点では、その可能性があるという段階です」
相馬が答える。
「装置を作るなら、同じものとして扱えねえな」
鉄平の言葉に、拓真は頷いた。
「そうだね」
◇ ◇ ◇
追加試験によって、B-04もA-17と同じく、特定の信号にだけ反応することが分かった。
さらに試験を重ねると、冷却能力も徐々に低下した。
「反応値が弱くなっています」
真帆がグラフを示す。
「試験開始時と比べて、冷却能力が約二十パーセント低下しています」
「青い核も何かを消費している」
拓真が言った。
「赤い核と同じだ」
久世が頷く。
「核は内部に何らかのエネルギーを蓄え、特定の信号を受けることで現象を発生させる」
「では、そのエネルギーはどこから来るのか」
真帆が呟いた。
拓真は、昨日の測定結果を思い出した。
「境界変動の直後、A-17の状態量が上昇していました」
「つまり、境界変動の際に何かを取り込んだ?」
「可能性はあります」
三枝が口を開いた。
「境界変動の発生時には、既存の機器では説明できないノイズが増加します。核の反応と同一のものかは不明ですが、関連している可能性は否定できません」
拓真は目を輝かせた。
「向こう側の環境を測りたい」
「ゲートを通過することは認められていません」
三枝が先回りして言う。
「まだ何も言ってません」
「言う前に伝えました」
「無人機なら?」
「政府の管理下で、取得データを共同管理すること。発生地点を秘匿し、独断で接近しないことが条件です」
「分かりました」
拓真は即答した。
頭の中ではすでに、通信装置、空気サンプル採取機、未知反応センサーを搭載したドローンの設計が始まっていた。
◇ ◇ ◇
夕方。
会議室のホワイトボードには、二つの核の比較が書かれていた。
『A-17』
熱の放出。
反応量の低下。
『B-04』
周囲の冷却。
反応量の低下。
「二つの核は、同じ種類の器官だ」
久世が言った。
「ただし、蓄えている力の性質が違う」
「赤は熱、青は冷却」
拓真が書き加える。
「他にも種類があるかもしれない」
「二例だけで法則を作るな」
「分かっています。でも、向こうの生物ごとに核の性質が違うなら――」
拓真は、赤い核と青い核の写真を見比べた。
色。
反応。
生物の能力。
すべてが偶然とは思えなかった。
三枝は何も言わなかった。
その沈黙が、拓真には気になった。
「三枝さん。ほかにも核があるんですよね?」
「回答できません」
「絶対ある」
「本日の研究は以上です」
三枝はそれ以上答えなかった。
研究室を出ると、鉄平が拓真へ声をかけた。
「お前は人の秘密を暴く前に、自分の仕事をしろ」
「仕事?」
「外骨格だ。あの化け物が出たら、今のままじゃ同じことになる」
拓真は足を止めた。
「……作る」
「なら、手を動かせ」
◇ ◇ ◇
神代製作所のCAD画面には、全身型の強化外装が表示されていた。
脚だけだった試作外骨格に、腕、腰、胸、背中のフレームが加わっている。
頭部にはヘルメットと情報表示装置。
まだ無骨で、装甲も足りない。
それでも、拓真が子供の頃から夢見ていた《鎧》に近づいていた。
拓真は動力部の設計欄に、新しい項目を追加した。
『未知核エネルギーユニット』
「……仮だけど」
赤い核から取り出せたのは、まだ熱だけだ。
直接電力へ変換する方法も、再充填の方法も、安全性も分かっていない。
それでも、いつかここへ魔石を搭載できるかもしれない。
拓真が背中のバッテリーを小型化しようとしていると、工場の入口から鉄平の声が飛んできた。
「拓真。何時だと思ってる」
「まだ十一時」
「帰れ」
「あと五分」
鉄平はモニターを覗き込んだ。
「……これか」
「新しい外骨格」
「外骨格っていうより、鎧だな」
「だからアーマー」
鉄平は設計図を確認し、脇腹や肩、背中の構造を次々に指摘した。
「ここが薄い。」
「直す」
「背中のバッテリーもでかすぎる。転んだら潰れるぞ」
「それも変える」
拓真はすぐに修正を始めた。
「明日やれ。メモしろ」
拓真は渋々、修正案を保存した。
「親父。これ、作れると思う?」
鉄平はしばらく画面を見つめた。
「今のままじゃ駄目だ。金もかかる。会社の機械だけじゃ無理な部品もある」
「大学に協力を――」
「勝手に使うな。ちゃんと先生に申請しろ」
「分かった」
「あと図面を持ってこい」
拓真は笑った。
「うん」
その夜。
神代拓真が設計した最初の全身型強化外装は、まだ名前すらなかった。
それでも、少年の夢見た《鎧》は、少しずつ現実になり始めていた。
そして拓真たちは、まだ知らない。
赤い核と青い核の正体を。
ゲートの向こう側では、それがごく当たり前の存在として知られていることを。




