第5話 異世界素材を解析してみた
神代拓真が目を覚ましたのは、午後三時を過ぎてからだった。
左肩の痛みに顔をしかめた瞬間、昨夜の出来事が一気に蘇る。
巨大な獣。
そして、あの甲殻。
「……そうだ」
拓真はスマートフォンを手に取った。着信履歴には陽斗の名前が残っている。
かけ直すと、すぐに出た。
『やっと起きたか?』
「甲殻は?」
『第一声がそれかよ』
「工場にあるよね?」
『ない』
「……え?」
『午前中に三枝さんたちが回収した』
「マジか……」
『お前、絶対勝手に調べるつもりだっただろ』
「ちゃんと許可を取るつもりだった」
『本当か?』
「……たぶん」
『駄目じゃねえか』
拓真は肩を落とした。
未知の生物の外殻だ。硬く、軽く、地球上では見たことのない構造を持っている。削って、熱を加えて、強度を測ってみたかった。
だが、病原体や毒性の有無すら分かっていない。政府が回収するのは当然だった。
「ウチの親父は?」
『たぶん工場。お前が来ると思ってるんじゃないか?』
「じゃあ行ってくる」
『昨日安静にしろって言われただろ』
「見るだけだよ」
『絶対何かする気だろ』
「全く信用ないな」
『常日頃の積み重ねだ』
通話を切る。
「……ひどいな」
否定できないのが、さらにひどかった。
◇ ◇ ◇
神代製作所へ着くなり、鉄平に言われた。
「家に帰れ」
「まだ何も言ってないだろ」
「医者に安静にしろって言われたんだろ」
「甲殻を見に来ただけ」
「もうねえぞ。朝に持っていかれた」
「さっき聞いた」
拓真は、甲殻が置かれていた作業台を見る。そこには何も残っていない。
「そんな顔すんじゃねぇよ」
「どんな顔だよ」
「おもちゃを取り上げられた子供みてえな顔だ」
「病原菌が付いてるかもしれないんだから、勝手に触らない方がいいのは分かってる」
「ならもう帰れ」
「でも調べたい」
「だろうな」
鉄平は旋盤へ向き直った。
「親父も気になってるだろ」
「俺は別に」
「硬さとか、熱の入り方とか、加工条件とか」
「ほらもう帰れ」
「やっぱり親父も気になってるじゃん」
「拓真」
「はい」
「俺まで巻き込むな」
「仕事として受ければいいんじゃない?」
鉄平が振り返る。
「……客だ」
工場の入口に、黒い乗用車が停まっていた。
降りてきたのは、昨日の男――三枝だった。
◇ ◇ ◇
事務所の応接スペースで、三枝は拓真の体調を確認した。
「発熱や吐き気は?」
「ありません。肩の痛みだけです」
「分かりました」
三枝は鞄からタブレットを取り出した。画面には、昨夜の戦闘映像が映っている。
「映像は確認しました。この外骨格について教えていただけますか?」
「元々は作業補助用です。設計は俺が、加工は工場の設備を使って作りました」
三枝が映像を止める。
拓真がバールで獣の甲殻を叩いた場面だった。
「この外殻についても、かなり詳しく観察されていますね」
「硬いのに軽かったんです。衝撃にも強い。普通の生体素材とは思えません」
「我々も解析を進めています」
三枝は一度、拓真と鉄平を見た。
「ただ、成分や構造を調べる研究者と、実際に材料を加工する技術者では、見る場所が違います」
鉄平の目が変わった。
「ウチで加工試験を?」
「正式にロケット部品等で実績もある神代製作所へ協力をお願いしたいと我々は考えています」
「やります」
拓真が即答する。
「条件を聞いてからにしろ」
鉄平がたしなめる。
三枝は苦笑した。
「試料は政府側で管理します。持ち出しは禁止。加工時には担当者が立ち会い、破片や粉末も全て回収します。画像や分析結果の無断公開も認められません」
拓真の表情が曇る。
「動画も、まだ公開するなということですか?」
「現時点では控えていただきたい」
「理由は?」
「発生地点の秘匿と、社会的混乱の防止です」
三枝は淡々と説明した。
「場所が知られれば、見物人が集まります。未知の生物が再び現れる可能性もある。異世界への門が存在すると、準備のないまま公表すれば、恐怖や混乱を招くでしょう」
「……分かります」
拓真は渋々頷いた。
「ただ、永久に黙っていろという話ではありません」
三枝はそう付け加えた。
「公開については、改めて協議します」
「分かりました」
拓真は少し考えたあと、別の質問を口にした。
「昨日の獣は、初めてじゃないですよね?」
事務所の空気が変わった。
「現場に来た人たちは、あの生物を初めて見るようには見えませんでした。それに、『核反応あり』とも言っていた」
三枝はしばらく黙っていた。
「正式名称はお伝えできません」
「でも、過去にも確認されている?」
「……あなたが遭遇した生物と類似する存在は、過去にも確認されています」
拓真の表情が消えた。
「何年前からですか?」
「それ以上は回答できません」
「ゲートのことも?」
「回答できません」
「向こうへ行った人は?」
「回答できません」
「まだ聞いてないですよ」
「だいたい分かります」
拓真は思わず笑った。
「便利な言葉ですね」
「拓真!」
美智子が事務机から睨む。
三枝はわずかに口元を緩めた。
「それでは、三日後に試料を持ち込みます」
「三日後?」
「準備に時間が必要です」
「分かりました」
三枝が立ち上がる。
拓真はその背中を見送りながら、作業台に置かれる未知の素材を想像していた。
◇ ◇ ◇
三日後。
神代製作所の作業台に、銀色のケースが置かれていた。
拓真の肩の痛みは、ほとんど引いている。
三枝の隣には、白衣姿の若い男が立っていた。
「相馬直樹です。材料工学を専門にしています」
「神代拓真です」
「戦闘映像を拝見しました。三脚で殴っていましたね」
「恥ずかしいので忘れてください」
「貴重な映像でした」
「そこだけ切り抜かないでくださいね」
「善処します」
「絶対しないやつだ」
相馬がケースを開く。
中に入っていたのは、黒褐色の大きな板だった。
「昨日の個体の肩部外殻です。約二十八センチ四方。厚さは四ミリから十三ミリ」
「こんなに大きいのが……」
相馬がタブレットを操作する。
「既知の生体組織に近い成分を含んでいますが、構造が特殊です」
電子顕微鏡の画像が表示された。
有機繊維層と、金属イオンを含む無機層が、何層にもわたって規則正しく積み重なっている。
「天然の複合材……」
「そう考えています。硬度と靱性が同時に高く、四百度程度まで大きな変性もありません」
「生体素材で?」
「はい」
拓真は甲殻へ顔を近づけた。
「切断は?」
「試みましたが、超硬工具では刃が先に摩耗しました」
鉄平が工具の条件を確認する。
「回転数が高すぎる」
「硬質材料向けの設定ですが」
「金属ならな。こいつは生き物の殻だ。構造を見て削り方を変えろ」
鉄平はルーペで甲殻を観察した。
「表と裏で模様が違う。層ごとに繊維の向きも変わってる」
「木目みたいなもの?」
拓真が聞く。
「似たようなもんだ。向きを無視すりゃ、余計な力がいる」
鉄平は甲殻を固定し、低速の工具を選んだ。
「最初は安い刃で癖を見る」
「俺がやる?」
「怪我人は見てろ」
「はい」
工具が回転する。
刃先が甲殻へ触れた。
キィィィン――!
甲高い音が響く。
数秒後、鉄平が機械を止めた。
「傷は入った」
「でも?」
「刃も減ってる」
鉄平は固定角度を変えた。
「次は繊維の向きに合わせる」
再び工具が動く。
今度は音が違った。
キィィ――。
「削れてる」
拓真が身を乗り出す。
「騒ぐな。まだ切れてねえ」
刃が少しずつ進む。
数分後。
カチン。
小さな破片が切り離された。
全員が黙った。
「切れた……」
拓真が呟く。
「切れた!」
「聞こえてる」
鉄平は機械を止めたが、その口元には笑みが浮かんでいた。
相馬が切断面を確認する。
「信じられない。こちらでもかなり苦労したんですが」
「加工屋を舐めるな」
鉄平は切断面を見ながら言った。
「理屈を考える奴と、削る奴は別だ」
拓真が頷く。
「だからウチの親父はすごいんだよ」
「お前に言われたくねえ」
三枝が甲殻へ視線を落とした。
「これで加工可能だと分かりました。では、この素材を利用出来るとしたら何を作ります?」
拓真は即答した。
「装甲です」
「昨日の外骨格に?」
「今のままじゃ量も情報も足りません」
拓真は甲殻を見つめる。
脚だけでは足りない。
腕。
腰。
背中。
防御。
センサー。
通信。
未知の環境に耐えるための装備。
「次にゲートが開いても、今の装備では向こうへ行けない」
三枝の表情が変わった。
「向こうに行くつもりですか?」
「行きたいです」
「昨日、襲われて死にかけたんですよね?」
「そりゃあ怖いですよ」
拓真は左肩へ触れた。
「だから、次は全身に外骨格で死なない装備を作ります」
三枝が黙る。
鉄平が息子を見る。
「作るなら、中途半端なもんは作るな」
「うん」
「昨日みてえな装備で行くなら、俺がぶっ壊す」
「……」
「行きてえなら、生きて帰ってこられるもんを作ることだな」
拓真はゆっくり頷いた。
「分かった」
作業台の上に置かれた、異世界の甲殻。
その一片を起点に。
未知の世界を歩くための、最初の《鎧》の開発が始まろうとしていた。




