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『底辺配信者の俺、異世界素材でパワードアーマーを作る ~町工場から始める異世界ヒーロー計画~』  作者: バックドロップ


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第4話 どうやら政府は知っている



『空中に突然、異世界につながってるみたいな穴が開いて、そこから出てきました』


『……』


「もしもし?」


『少々お待ちください』


 電話口から保留音が流れ始めた。


 拓真はスマートフォンを耳に当てたまま、目の前に横たわる巨大な獣を見た。


 黒い体毛。


 背中から肩を覆う硬質な甲殻。


 成人男性の腕ほどもある太い脚。


 口元から伸びる牙。


 死んで動かなくなった今でも、地球上の生物ではないという異様さは少しも薄れていない。


「……やっぱり、信じてもらえてないかな」


「そりゃそうだろ」


 陽斗が答えた。


「夜中に『異世界から巨大な狼が出てきました』なんて通報された警察の気持ちも考えてみろよ」


「でも、他に説明のしようがないだろ」


「俺が受付だったら、まず酔ってないか聞くけどな」


「飲んでないよ」


「知ってる」


 二人とも、まだ緊張が抜けきっていなかった。


 軽口を交わしてはいるものの、ほんの少し前まで本気で死にかけていたのだ。


 特に拓真は左肩を負傷している。


 陽斗が応急処置をしてくれたものの、動かすたびに鈍い痛みが走った。


『お待たせしました』


「あ、はい」


 保留音が途切れる。


 先ほどとは別の男性の声だった。


『現在地を確認させてください』


「えっと――」


 拓真が位置を伝える。


『怪我人は二名ですか?』


「怪我をしているのは俺だけです。友人は服を少し引っかかれただけで」


「俺も怪我人に入れてくれていいんだけど」


「どこを怪我したんだよ」


「心」


「元気そうですね」


「冷たいな、お前」


 電話の向こうでは、二人の会話を気にした様子もなく質問が続いた。


『その大型動物は、現在も生きていますか?』


「いえ。死んでます」


『近づかないでください』


「はい」


『死骸にも触れないようお願いします』


 拓真が一瞬だけ黙った。


 地面に落ちていた甲殻片を採取したことを思い出す。


 直接死骸へ触れたわけではない。


 とはいえ。


「……落ちていた破片を、サンプル容器に入れました」


 陽斗が横目で拓真を見る。


 拓真は視線を逸らした。


 隠すつもりはなかった。


 未知の生物である以上、危険性が分からない。


 病原体。


 毒。


 寄生虫。


 放射性物質。


 何が付着しているかも分からないのだ。


『分かりました。その容器も開封せず、そのままにしてください』


「了解です」


『警察官と救急隊が向かっています。それまで現場から離れず、安全な場所で待機してください』


「分かりました」


『それと――』


「はい?」


 一瞬、電話の向こうの声が途切れた。


『青白い……裂け目についてですが』


 拓真の表情が変わった。


「ゲートのことですか?」


『……現時点では、こちらから名称を申し上げることはできません』


「え?」


『撮影された映像があるのでしたら、消去せず保存しておいてください』


「もちろんです」


『SNSや動画サイトなどへの投稿については、現場の警察官から説明があります』


「……投稿?」


『では、安全を確保してお待ちください』


「あ、ちょっと――」


 通話が切れた。


「……」


 拓真はスマートフォンを見つめた。


 陽斗が近づいてくる。


「どうした?」


「今の人さ」


「うん」


「俺、ゲートの色なんて言ったっけ?」


「……」


 二人とも黙った。


 陽斗の顔から、少しずつ冗談っぽさが消えていく。


「言ってなかったよな?」


「たぶん」


「俺も聞いてたけど、言ってない」


 拓真は通話履歴を確認しかけたが、今さら見ても意味がないと気づいてスマートフォンを下ろした。


「『青白い裂け目』って、向こうから言ったんだよな」


「ああ」


「それに、最初の担当者じゃなかった」


「途中で上の人に代わったとかじゃないのか?」


「警察の上司ならあり得る。でも……」


 胸の奥に、小さな違和感が生まれていた。


 これまでゲート現象は都市伝説として扱われていた。


 政府も公的機関も認めていない。


 だから拓真も、自分で調べ続けてきた。


 だが、もし。


「……知ってるのかな」


「何を?」


「警察か……政府かは分からないけど」


 拓真は、何もなくなった空間を見る。


 ほんの少し前まで、そこには別世界への裂け目が開いていた。


「ゲートのことを」


 陽斗もそちらを見る。


「いやいや」


 笑おうとした。


 だが、最後まで笑い切れなかった。


「さすがに陰謀論すぎないか?」


「だよな」


「お前のチャンネルみたいになるぞ」


「俺のチャンネルを陰謀論チャンネルみたいに言うなよ」


「異世界の穴を五年間追いかけてるチャンネルだろ」


「結果的に、本当にあったじゃん!」


「……それを言われると、何も返せねえな」


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


「とりあえず」


 拓真は息を吐いた。


「今は待とう」


「そうしよう」


「あと、動画のバックアップ」


「もうやってる」


「仕事が早いな」


「俺を誰だと思ってんだよ」


 陽斗がノートパソコンを指す。


 撮影データはすでに二つのSSDへコピーされていた。


 さらに。


「クラウドにも上げてる」


「完璧じゃん」


「こういうのは、データを一個しか残してない奴から死ぬんだよ」


「何の映画の話だ?」


「編集業界の話」


「そっちかよ」


 しばらくして、遠くからサイレンが聞こえ始めた。


     ◇ ◇ ◇


「……多くない?」


「多いな」


 最初に到着したのは、警察のパトカーだった。


 それ自体は分かる。


 次に救急車。


 これも分かる。


 さらにもう一台パトカーが続き、その後ろから白いワゴン車がやってきた。


 そして。


「……あれ」


 陽斗が目を細める。


「警察か?」


「違うと思う」


 黒い大型車両が二台、少し離れた場所に停まった。


 外見だけなら一般のSUVにも見えるが、降りてきた人間の雰囲気が明らかに違った。


 警察官が先に二人へ近づいてくる。


「通報された神代さんですね?」


「はい」


「藤崎さん?」


「俺です」


「まず怪我の確認をします。救急隊はこちらへ」


 救急隊員が拓真の左肩を見る。


「爪で引っかかれたんですか?」


「たぶん」


「かなり大きな動物だったんですか?」


「そこにいます」


「……」


 救急隊員が獣を見る。


 動きが止まった。


「……あれですか?」


「はい」


「熊では?」


「違うと思います」


「ですよね……」


 明らかに戸惑っている。


 それも当然だ。


 救急隊員ですら、こんな動物を見たことはないだろう。


「傷を確認しますね」


「お願いします」


 応急処置を外し、傷を見る。


 幸い、深くはない。


「縫うほどではないと思います。ただ、動物に引っかかれた傷ですし、感染症の可能性もあります。病院で検査しましょう」


「分かりました」


「それから、破傷風ワクチンの接種歴は?」


「えーっと……」


 拓真が考えている間に、別の警察官たちは巨大な死骸の周囲へ規制線を張り始めていた。


 写真撮影。


 現場記録。


 足跡の確認。


 だが、やはり警察官たちも困惑している。


「……犬か?」


「こんな犬いるか?」


「狼じゃないのか?」


「日本に野生の狼なんていないだろ」


 小声の会話が聞こえた。


 そこへ、黒いSUVから三人の男が降りてきた。


 一人は四十代ほどのスーツ姿。


 残る二人は、紺色の作業服のような服装をしている。


 胸元には小さな身分証が下がっていた。


 警察官の一人が、彼らを見る。


「早かったですね」


「ああ」


 短いやり取りだった。


 それだけで、拓真の目が細くなる。


「陽斗」


「ん?」


「今の聞いたか?」


「俺も聞いた」


 ――早かったですね。


 つまり、警察は彼らが来ることを知っていた。


 スーツの男が死骸へ近づく。


 しゃがみ込み、手袋をはめる。


 小型の測定器を取り出し、獣の胸へ近づけた。


 ピッ。


 数値を確認する。


「核反応あり」


「……」


 拓真の耳が、その言葉を拾った。


「核?」


 思わず呟く。


 放射性物質という意味ではなさそうだ。


 男がこちらを見た。


 一瞬、目が合う。


 そして、そのまま拓真たちへ歩いてきた。


「神代拓真さんですね」


「はい」


「藤崎陽斗さん」


「はい」


 男は胸元から身分証を取り出した。


「内閣府の関連機関から来ました。三枝と申します」


「関連機関?」


「現時点では、その程度の説明でお願いします」


 拓真の眉が上がった。


「内閣府?」


 陽斗も驚いた顔をする。


 地方の山中に出た大型動物。


 普通なら、内閣府が深夜に即座に出てくるような案件ではない。


 つまり。


「やっぱり、知ってるんですね」


 三枝の表情がわずかに変わった。


「何をでしょう」


「ゲートのことです」


「……」


「さっき電話でも、俺が言ってないのに『青白い裂け目』って言われました」


 陽斗が横で小声を漏らす。


「いきなり聞くのかよ……」


 拓真は止まらなかった。


 今まで五年間、ずっと調べてきた。


 誰も認めなかった現象。


 それについて知っている可能性が高い人間が、今、目の前にいる。


 聞かずにはいられなかった。


「数年前から起きてますよね?」


 三枝は拓真をしばらく見つめた。


 否定するかと思った。


 笑うかもしれない。


 都市伝説だと言うかもしれない。


 だが。


「神代さん」


「はい」


「まずは病院へ行ってください」


「答えになってません」


「怪我をされています」


「軽傷です」


「未知の生物と接触したんですよ」


「……」


 そこを言われると弱い。


 三枝が続ける。


「現時点では、感染症や未知の毒性がないとは断言できません。あなた自身だけでなく、ご家族に影響する可能性もあります」


「……分かりました」


 拓真は引いた。


 自分一人ならともかく、家族を持ち出されれば話は別だ。


「ただ」


「はい?」


「後で、話を聞かせてください」


 三枝が少しだけ目を細めた。


「こちらも、そのつもりです」


 それだけ言うと、三枝は死骸の方へ戻っていった。


「……」


 拓真はその背中を見る。


 陽斗が肩を小突く。


「絶対、何か知ってるだろ」


「うん」


「陰謀論じゃなかったな」


「だから俺は陰謀論者じゃないって」


「今日だけで、お前の都市伝説が二つも真実になったぞ」


「すごくない?」


「嬉しそうに言うなよ」


 その時、先ほどの作業服の一人が大型ケースを開いた。


 中から取り出したのは、銀色の器具やセンサー、特殊な袋だった。


 普通の警察の鑑識装備とは思えない。


 そして何より。


 彼らは、あの獣を初めて見る人間の動きではなかった。


 驚いていない。


 警戒はしている。


 慎重でもある。


 だが、戸惑ってはいない。


 まるで、手順を知っているようだった。


「……やっぱり」


 拓真が呟く。


「前にもあったんだ」


     ◇ ◇ ◇


 病院へ到着した頃には、時刻は午前三時半を回っていた。


 拓真は救急外来で傷を洗浄され、検査を受けた。


 採血。


 傷の処置。


 感染症への対応。


 幸い、骨折などはなかった。


「今日は念のため、安静にしてください」


「はい」


「傷が腫れたり、熱が出たり、身体に異常を感じたら、すぐに受診してください」


「分かりました」


「それから――」


 医師が少し困った顔をする。


「襲ってきた動物について、私も詳しいことは聞かされていません」


「ああ……」


「検体については、専門機関が確認するそうです」


「専門機関?」


「私にも、それ以上は分かりません」


 まただ。


 拓真は質問したかった。


 だが、医師を困らせても意味はない。


「ありがとうございます」


 診察室を出る。


 廊下では陽斗が待っていた。


 缶コーヒーを二本持っている。


「ほら」


「ありがとう」


 拓真は一本を受け取った。


「どうだった?」


「軽傷。感染症とかは経過観察だって」


「よかった」


「陽斗は?」


「俺は本当に無傷」


「服は?」


「破れた」


「弁償するよ」


「三脚もな」


「覚えてたか」


「七万だぞ」


「ちゃんと覚えてる」


 二人は待合室の椅子に座った。


 自動販売機の低い音。


 深夜の病院。


 静かだった。


 陽斗がコーヒーの缶を開ける。


「動画、どうする?」


「……」


 拓真も缶を開けた。


 そこだ。


 ずっと考えていた。


 本物のゲート。


 本物の異世界。


 本物の未知生物。


 五年間、証拠を探してきた。


 それが今、手元にある。


「出したい」


「だよな」


「当然だろ」


 拓真は即答した。


「これを撮るために、配信を続けてきたようなところもあるし」


「まあな」


「それに、みんなずっと『証拠を出せ』って言ってた」


「今回は証拠しかないな」


「だろ?」


 ゲートの発生から消滅まで。


 ドローンを異世界へ入れた映像。


 獣が飛び出してくる瞬間。


 戦闘。


 死骸。


 複数のカメラ。


 センサーデータ。


 ここまで揃っていれば、少なくとも単純なCG動画として片付けるのは難しい。


「……ただな」


 陽斗が言う。


「さっき、警察の人に動画を公開しないでくれって言われた」


「俺も言われた」


「どうする?」


「理由次第だな」


 拓真は答えた。


「理由?」


「『政府に都合が悪いから黙っていろ』って話なら、嫌だよ」


「お前、そういうところ頑固だよな」


「でも」


 拓真は続ける。


「ゲートの場所を公開したら、絶対に人が集まる」


 陽斗の表情が変わった。


「……ああ」


「俺たち、死にかけたじゃん」


「死にかけたな」


「もし動画から場所を特定されて、野次馬が押しかけて」


 拓真は、あの獣をもう一度思い出した。


「そこでまたゲートが開いたら」


 笑えない。


「死人が出る」


「……そうだな」


「だから、場所は絶対に隠す」


「そこは同意する」


「ゲートの向こう側へ行くのも、今は勧められない」


「今は?」


 陽斗が横目で見る。


 拓真は缶コーヒーを飲んだ。


「……いつかは行きたい」


「知ってた」


「五年間探してたんだぞ?」


「だからって、今日死にかけた翌日に言うか?」


「今日は行かないよ」


「その程度で安心させようとするな」


 陽斗が頭を抱えた。


 拓真は少し笑う。


「でもさ」


「ん?」


「向こう側、本当にあったんだな」


「……ああ」


「見た?」


「見たよ」


「あの木」


「でかかったな」


「空の色も違った」


「違ったな」


「鳥みたいな声も聞こえた」


「聞こえた」


 言葉にするたび、実感が増していく。


 異世界は存在する。


 本当に、あの向こうに未知の世界がある。


「行きたいなぁ……」


 拓真がぽつりと言う。


「装備なしでは、絶対に行かせないからな」


「……」


「何で黙るんだよ」


「いや」


 拓真は自分の左肩を見る。


 包帯。


 傷。


 そして、今日使った試作外骨格。


 あれがなければ、おそらく死んでいた。


 だが逆に言えば、あれだけの装備でも足りなかった。


「装備……」


 拓真の目が少しずつ細くなる。


「おい」


「何?」


「今、変なこと考えてるだろ」


「いや?」


「顔が発明モードになってる」


「そんな顔ある?」


「ある。長い付き合いだから分かる」


 拓真は苦笑した。


「でも」


 頭の中では、すでに考え始めている。


 脚だけでは駄目だ。


 腕部補助。


 防御。


 ヘルメット。


 通信。


 生命維持。


 センサー。


 もしゲートの向こうへ行くなら、未知の大気や病原体も考えなければならない。


 そして。


「……装甲」


「また言った」


「え?」


「さっき山でも言ってただろ」


「ああ」


 あの外殻。


 異常な硬度。


 それなのに軽い。


「……あれ、調べたかったな」


「政府っぽい人たちが、全部持っていくだろ」


「だよな」


 拓真は残念そうに息を吐いた。


「一片くらい――」


 その瞬間、動きが止まった。


「……」


「拓真?」


「陽斗」


「何だよ」


「俺のサンプルケース」


「サンプルケース?」


「山で甲殻を入れたやつ」


「ああ」


「あれ、どうした?」


「……」


 陽斗も考え込む。


 機材。


 警察。


 救急車。


 荷物。


「警察に渡したっけ?」


「いや」


「俺、持ってきた記憶がない」


「車じゃないか?」


 二人は顔を見合わせた。


     ◇ ◇ ◇


 病院を出たのは、空がわずかに白み始めた頃だった。


 警察から、事情聴取は後日改めて行うと言われている。


 車は警察の許可を得て、陽斗が回収してきていた。


 駐車場。


 白いワンボックス。


「荷室だよな」


「たぶん」


 陽斗が後部ドアを開ける。


 壊れた機材。


 ケース。


 外骨格。


 曲がった三脚。


「見るたびに腹が立つな、これ」


「弁償するって」


 拓真は自分の機材箱を探る。


 一つ。


 二つ。


「……ない」


「マジか?」


「こっちかな」


 別のケースを開く。


 採取用器具。


 空気サンプル。


 草。


 そして。


「あった」


 透明な密閉容器。


 その中に、黒褐色の甲殻片が入っていた。


「……」


「……」


 二人とも黙った。


「これ」


 陽斗が言う。


「警察に連絡した方がいいんじゃないか?」


「……そうだね」


 拓真も頷く。


 勝手に隠して持ち帰るつもりはない。


 ただ。


「その前に」


「何をする気だ?」


「写真だけ」


「拓真」


「容器は開けない」


「絶対だぞ」


「重量も、容器込みで測れる」


「病院の駐車場で始めるなよ」


「……はい」


「工場でも勝手に開けるなよ」


「分かってる」


「目を見て言え」


「分かってます」


 拓真は容器を光に透かした。


 朝日が差し込み、薄い光が甲殻に当たる。


「……」


 やはり、不思議な素材だ。


 生物の外殻だと言われれば、そう見える。


 だが。


 金属のような艶。


 異常な硬度。


 軽さ。


 そして何より、既存の材料ではない。


 胸が高鳴る。


 未知の世界。


 未知の生物。


 未知の素材。


 もし、この素材を地球の加工技術で扱えたら。


 何ができる?


 拓真の頭の中で、昨日まで存在しなかった設計図が少しずつ形を作り始めていた。


     ◇ ◇ ◇


「何だ、それ」


 午前七時過ぎ。


 神代製作所。


 鉄平は作業場の机に置かれた密閉容器を見ていた。


 拓真たちは病院を出たあと、そのまま工場へ戻ってきた。


 両親には警察から先に連絡が入っていたため、事情は大まかに伝わっている。


 当然、美智子には盛大に怒られた。


『危ないところには入らないって言ったでしょう!』


『入ってないよ! 向こうから出てきたんだって!』


『屁理屈を言わないの!』


 拓真は二十二歳になって、久しぶりに本気で母親に叱られた。


 そして今。


 鉄平がサンプルを見ている。


「昨日の獣の外殻」


「これが?」


「うん」


「開けていいのか?」


「駄目」


「じゃあ、見るだけだな」


 鉄平は容器越しに眺める。


 しばらくして、口を開いた。


「金属じゃねえな」


「分かる?」


「見りゃ分かる」


「でも、めちゃくちゃ硬かった」


「どのくらいだ?」


「鋼鉄のバールを思いきり叩きつけても、ほとんど傷がつかなかった」


「……」


 鉄平の顔つきが変わった。


 職人の顔だ。


「そのバールは?」


「これ」


 拓真が持ってくる。


 噛み跡。


 打撃による傷。


 鉄平はそれを見る。


「……こっちが負けてるじゃねえか」


「そうなんだよ」


 拓真の声に興奮が混じる。


「それなのに、この甲殻はかなり軽い」


「測ったのか?」


「まだ」


「測るだけなら、容器を開けなくてもいいだろ」


「そう思ってた!」


「声がでけえ」


 電子秤を用意する。


 まず空の同型容器の重量を記録する。


 次に甲殻入りの容器を載せ、差し引いた。


「……十八・六グラム」


「サイズは?」


「だいたい十七センチ掛ける九センチ。厚さは平均六ミリくらいかな」


「軽いな」


「だろ?」


「密度は正確な体積を出さねえと何とも言えん」


「あとで三次元測定――」


「大学の設備を勝手に使うなよ」


「親父まで!?」


「当たり前だ」


 鉄平が甲殻を見る。


「これ、削れるのか?」


「分からない」


「熱には?」


「分からない」


「曲げたら?」


「分からない」


「衝撃には?」


「分からない」


「何も分かってねえじゃねえか」


 拓真は笑った。


「だから面白いんじゃん」


 鉄平が息子を見る。


 その目は、完全に輝いていた。


 子供の頃。


 初めて壊れたモーターを分解した時。


 初めて旋盤を触った時。


 初めて自分でドローンを飛ばした時。


 あの頃と、何も変わっていない。


「……寝ろ」


「え?」


「お前、何時間起きてる?」


「えーっと……」


「寝ろ」


「でも、サンプルが――」


「警察に連絡してからだ」


「分析だけでも――」


「寝ろ」


「親父」


「寝ろ」


「……はい」


 拓真は肩を落とした。


 だが、工場を出る直前、もう一度だけ振り返った。


 机の上。


 透明な容器。


 その中にある、異世界の欠片。


「親父」


「今度は何だ」


 拓真は少し笑った。


「これさ」


「あ?」


「加工できたら――」


 頭の中には、外骨格があった。


 昨日、自分を救った機械。


 だが、防御はなかった。


 だから。


「鎧、作れると思う?」


 鉄平は一度、甲殻を見る。


 それから、息子を見る。


「……まずは」


 低い声で答えた。


「削れるかどうかを確かめてからだ」


 拓真の口元が上がる。


「だよね」


「だから寝ろ」


「はいはい」


「返事は一回でいい」


「はい」


 拓真はようやく工場を出ていった。


 鉄平は一人残る。


 机に置かれた黒い甲殻を見つめた。


「鎧、ねえ……」


 そう呟き、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 異世界から現れた未知の生物。


 その身体を覆っていた素材が、やがて一人の青年の夢を形にする。


 空を飛び。


 怪物と戦い。


 人を守る。


 彼が幼い頃から憧れ続けた。


 鋼のヒーローを。

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