第9話 消灯後、だいたいみんなアホになる
深夜0時。
第三寮、消灯済み。
静まり返った廊下に、かすかな緊張感が漂う……はずだった。
たろーはベッドの中でじっと息を潜めていた。
隣のベッドでは、同室の九条が寝ている。
──そう思った、次の瞬間だった。
ガバッ!!
「伊藤」
「うおっ!? びっくりした……急に起きるなよ」
「コンビニ行こう」
「は? 今から!? 0時過ぎてんぞ!」
「消灯後だから行くんだよ。一般人のコンビニってやつ、一度行ってみたかったんだ。先生に見つかったら即説教。このスリル、たまらんと思わないか?」
「……いや、まぁ、ちょっと面白そうだけどさ」
すでにパーカーを羽織り、靴まで手に持っている九条。
魔法使い一家のくせに、一般人の高校生らしいノリへの準備が早すぎる。
先生の巡回が来る前に部屋を抜け出そうとした、その時だった。
コンコン。
窓を叩く軽い音。
カーテンを開けると、そこには──。
「よ。行くの?」
「お前はなんでゲーミングチェアごと宙に浮いてるんだよ、りん! 参加前提か!」
さらに、部屋の壁が「ボン!」という軽い音と共に消滅。
綺麗に四角い穴が空き、そこからまおがひょこっと顔を出した。
「夜のコンビニってエモいらしいよ。噂の『ホットスナック』ってやつ、買いに行こう!」
「壁壊すなよ(笑)。でも深夜のコンビニは確かに魅力的だな」
⸻
数分後、第三寮の裏手。
夜風が吹き抜ける中、みんなで深夜テンションで集結していた。
先生に見つからないように影に潜みつつも、全員の目がギラギラしている。
「よし、先生の目は巻いた。問題は移動手段だ。このまま歩くか?」
「歩くのしんどい」
「おねがい、たろー。なんか出して? ドキドキしたい」
「夜の闇に映える、ロマンあるやつで頼むわ!」
「しゃあないな、深夜のテンションに合わせるよ!」
たろーは頭に浮かんだ「アホで最高な答え」を形にする。
「……よし、これだ!!」
ドン!!
激しい煙と共に現れたのは──。
「……ショッピングカート?」
「しかも超巨大で、反重力で浮いてるやつな!」
「いいね。センスある」
「すごーい! 深夜のスーパー感ある!」
「乗るぞお前らぁぁぁ!!」
みんなで一斉に巨大カートに飛び乗る。
りんはゲーミングチェアごとすっぽり収まり、まおは後ろ向きに腰掛け、九条が一番前に立って夜風を浴びる。
「出発進行!!」
ズバァァァン!!
カートが猛烈な勢いで急発進した。
「うおらぁぁぁ!! 速ぇぇぇぇ!!」
「風強っ!! でも最高──!!」
夜の住宅街の上空。
巨大なショッピングカートが重力を無視してグングン高度を上げていく。
眼下に広がる街灯の明かりがめちゃくちゃ綺麗で、胸のドキドキが止まらない。
「あはははは! 見ろよこれ! マジで飛んでる! 暴走族だ!!」
「ヤバい、これ楽しすぎる! テンション上がってきた!」
ここで九条が懐から大量の魔導具を取り出した。
「暴走族なら、これが必要だろ!!」
ヒュウゥゥゥゥ──ドカァァァン!!!
九条が放った派手な花火が、夜空に大輪の華を咲かせる。
「わああ!! 綺麗!!」
「夜景と合いすぎる!!」
全員、風を浴びながら爆笑。
「これ絶対怒られるよな!!」
九条が楽しそうに聞く。
「当たり前だろ!!」って、俺も笑う。
花火の光が、
夜の川やビルの窓に反射して、
街全体がキラキラ光っていた。
その真ん中を、
巨大ショッピングカートが爆走していく。
もうめちゃくちゃだった。
でも、
たぶん一生忘れない気がした。
「わあ、綺麗! じゃあ私も負けない!」
負けじとまおが、後ろを向いたまま手から光の魔法をぶっ放した。
ドガァァァン!!
夜空で大爆発が起き、ロケットのごとき推進力でカートがさらに超加速する。
真夜中。
打ち上がる花火。
ロケットの爆音。
めちゃくちゃで、迷惑で、でも──完全に楽しい!!
「──あ、段差」
画面から目を離さないりんが呟く。
「そんなもん関係ねぇ! 突っ切れ──!」
ゴンッ!!
気流の塊にぶつかり、カートが大きく跳ねる。
全員の体がふわっと宙に浮いた。
「「「うわあああああ!! あはははは!!」」」
もはや誰も怒っていない。
楽しさが限界突破している。
すると、静かな夜空に冷徹な寮内放送が響き渡った。
『第三寮生に告ぐ。空飛ぶショッピングカートで花火を打ち上げている生徒は、ただちに停止しなさい』
「あはは、先生に完全にバレてる!」
「名指し最高! マジで伝説になるぞこれ!!」
その時だった。
カートの進行方向。
何もない空間に、ぽつんと人影が現れた。
白い服を着た長い髪の女──怪異が、空中に佇んでいる。
いつもなら、たろーや先生にしか見えないはずの存在。
だが、今の全員の異常なテンションが空間を歪めたのか、ハッキリとその姿がみんなの目にも映っていた。
「お、なんかいるぞ! ……乗るか? コンビニ行くけど」
「大丈夫、スペースあるよ! 一緒にわちゃわちゃしよ!」
「おばけも夜更かしするんだね」
白い女は、全員から普通に声をかけられて、ちょっと戸惑っている。
でも、楽しそうな空気に当てられたのか……
スゥ……と自然な動きでカートの空きスペースに乗り込んできた。
「おっしゃ乗った! おばけも一緒にコンビニゴーだ!」
深夜の空。
巨大ショッピングカートで、怪異も乗せて再び大爆走を始める一同。
花火が上がり、ロケットが火を噴く。
──俺は、高校に入って初めてドキドキした。




