第6話:見えてるの、俺だけ?
渋谷のスクランブル交差点。
人。
光。
騒音。
なのに。
たろーだけ、
急に世界の音が遠くなった気がした。
人混みの向こう。
白い服の女が立っている。
顔がない。
「……ッ」
息が止まる。
女が、
ゆっくりこちらを向いた。
「伊藤?」
九条の声で、
たろーはハッとする。
「どうした?」
「いる」
自分でも分かるくらい、
声が震えていた。
「あそこ」
たろーが指差す。
「白い服の女」
九条とりんが同時に振り返る。
だが。
「……どこ?」
「え?」
まおも目を細める。
「見えない」
たろーの背筋が冷えた。
「いや、いるって!
あそこ!!」
でも。
周囲の人間は、
誰一人反応していない。
信号待ち。
スマホ。
笑い声。
普通の渋谷。
女だけが、
そこから切り離されたみたいに立っている。
⸻
カンカンカン。
信号が変わる。
人の流れが動き出した。
そして。
女も歩き出す。
ゆっくり。
まっすぐ。
こちらへ。
「……来てる」
たろーが後ずさる。
九条の表情が変わった。
「待って」
「え?」
「伊藤、それ……
本当に見えてるのか?」
「だから見えてるって!」
その瞬間。
近くの巨大モニターが、
ビリッと乱れた。
ノイズ。
映像が一瞬止まる。
通行人たちは気づかない。
でも、
九条たちは明らかに顔色を変えた。
りんが低く言う。
「結界が歪んでる」
まおも珍しく静かだった。
「やばいかも」
⸻
女が近づく。
一歩。
また一歩。
顔はない。
なのに、
たろーには“見られてる”感覚だけがあった。
周囲の音が遠い。
スマホの画面が、
勝手に砂嵐になる。
夏なのに、
変に寒い。
「伊藤」
九条がスマホを取り出す。
「先生に連絡する」
指が少し震えていた。
コール。
数秒後。
『……なんだ』
榊先生の低い声。
九条が早口になる。
「渋谷駅前です。
伊藤が“見えてます”」
沈黙。
電話の向こうも静かになる。
『……特徴は』
「白い服。
女。
顔が——」
その瞬間。
榊先生の声が変わった。
『目を離すな』
空気が凍る。
『絶対に』
⸻
たろーは動けなかった。
女はもう、
交差点のすぐ近くまで来ている。
人混みの中を、
静かに歩いてくる。
誰もぶつからない。
誰も気づかない。
女だけが、
この世界から少しズレていた。
そして。
たろーの目の前で、
ぴたりと止まる。
顔はない。
何もない。
なのに。
耳元で、
女の声だけが聞こえた。
「——やっと、見つけた」




