第九話 変態伯爵来る
戦後処理を行う騎士団と魔法士隊に先立ち、エセルたち一部の付与魔法士は、馬車で王都へと帰還することになった。
彼女たちは皆、貴族の令嬢だ。
表向きは“王族付き侍女”として出仕している身である。
泊まり込みの仕事と誤魔化すことはできても、あまり長く家を空ければ、さすがに家族に怪しまれる。
そのため、エセルたちは最初の帰還組に回された。
「私、これが最後の出陣だったの。来月には嫁ぐわ。」
エセルの向かいに座る8番の付与魔法士が、ふいに口を開いた。
「――婚家は、ご理解がないのかしら?」
エセルの隣に座る3番が、腕を組んで言った。
8番は、ふっと鼻で笑う。
どこか諦めたような笑いだった。
「そうね。結婚しても出仕するなんて、ちょっと無理ね。
領地経営が上手く行ってないのよ。私が何とかしなきゃ……」
「……あなたに、どうにかできることなの?」
8番の隣の5番が、首を傾げる。
「――ボンクラの婿殿よりは、まともな判断ができる自信はあってよ?」
――退役しても、付与魔法士だったことは秘匿される。
それでも、付与魔法そのものは家族や領民のために使うことができた。
「あなた、生命力を活性化させる系統の魔法が得意だったわね。
きっと領民にも喜ばれるわよ。」
エセルは覆面の下で、そっと微笑んだ。
「そういう1番さんはどうなのよ? カイル団長との連携、すごかったけど――
縁談の一つや二つ、来ているんでしょう?」
3番がエセルを見て言った。
「そうよ。正直、あなたが退役するなんて考えたくないんだけど……
どうなの? これからも続けていくの?」
5番も3番に同調してうなづいた。
「1番さんさぁ……あなた、団長のこと相当好きでしょう?
ふふ、ばれてないと思った?」
8番が身を乗り出した。
突然話題の中心に引きずり出されたエセルは、ドギマギと自分の膝を見つめた。
――お見合い申し込んだら応えてくれた。
魔力補給って、口づけしちゃった……
言えない……そんなこと、言えないっ。
「あ゛……え゛ぇ……団長は好き……だけど――」
裏返った声で言い淀んだエセルに、一同は同情とも憐憫ともつかない表情を向けた。
「あらあら、よりによってカイル団長なんて――ついてないわねぇ。」
5番はそれでもからかいを含んだ声音で言う。
「“付与魔法士”としてなら、一番信頼されていらっしゃるわ。ええ、それは保証します。
でもねぇ……やっぱり令嬢としては難しいでしょうねぇ。
心に決めた乙女がいるって、もっぱらの噂ですもの――」
3番は同情するような顔をしているが、やはりどこか面白がっているのがにじみ出ていた。
8番はうなづきながら腕を組んだ。
「そうらしいわよね。
そういえば、今回の出陣の直前に、第七王女の招聘に応じたとか?!
もしかしたら、カイル団長の想い人は、シャーロット王女だったりして?!」
「きゃあ♪ 騎士と王女の禁断の恋??」
黄色い声をあげたのは5番。
「……でも、シャーロット王女は十五歳……団長と十以上も違うわよ?
そんな年下が好きなタイプにも見えないけれど――」
3番は首をかしげた。
「わ……わ、わたしはそういうのじゃないの。
団長が健やかで幸せなら、それでいいのよ。」
話題から一拍遅れてエセルがそう言うと、三人はくすくす笑い始めた。
「またまたぁ。」
「でも、まあ、高望みしていないのが健全でしてよ。」
「将来告白して振られても、付与魔法士を辞めないでね?」
――誰も信じてない……まあ、当然よねぇ……
エセルは覆面の下で眉を下げ、反論を諦めた。
+++++
魔法士団長のヘルマンはまだ戦後処理に当たっているため、報告は後回し。
“魔術師の塔”には着替えのためだけに立ち寄り、数日ぶりに何食わぬ顔で自宅へ帰った。
表には、豪華だがいささか下品な、見慣れない馬車が停まっている。
嫌な予感を募らせながら玄関に入れば、
いつかを彷彿とさせる、とってつけたような笑みを浮かべた父と、
皮算用をすっかり済ませた表情の母がエセルを出迎えた。
「あらあらあら、ちょうどいいところへ帰ってきたわね。」
「ったく、役目だか何だか知らんが、何日も家を空けて連絡もつかないとは――
王女殿下の侍女とは言えけしからん。」
二人の後ろから、でっぷりと太った壮年の男が現れた。
「まあまあ、立派にお勤めを果たされているのです。私は気にしませんよ」
寛大そうな声で言ったが、やに下がった表情を浮かべ、派手好みの衣装にギラギラと宝飾品を付けた姿は、どう見ても善良な人間には思えない。
エセルは一歩引き下がった。
以前、夜会で見かけたことのある男だった。
「――プリニーツ伯爵?!」
「おやおや、花嫁殿は私を待ち望んでいてくださったのですな?!
僥倖、僥倖――」
プリニーツ伯爵は額に汗をにじませ、フウフウと荒い息をつきながらエセルの傍までやって来る。
断りもなく伸びてきた腕に、エセルはヒイッと小さく叫び、もう一歩後ずさった。
「父さま、伯との縁談は一旦止めるという約束ではありませんでしたかっ?!」
なおも伸びてくる手を避けながら、エセルが叫んだ。
「ああ、確かにそう約束したが……
ヴァルデン卿との顔合わせの後、おまえは何も言ってこなかったではないか。
どうせ断られたのだろう? だからこうして、プリニーツ伯との縁談を――」
「言ってこなかったってっ! 仕事だったんですよっ!
王女殿下の急な仕事で、四日間王城に泊まり込みっ!
ちゃんと伝令は出したはずですがっ?!」
鼻の下を伸ばしたプリニーツ伯爵をよけつつ抗議すれば、母親も参戦してくる。
「そんなの言い訳でしょう? カイル卿からも、ヴァルデン家からも、なんの音沙汰もないもの。
断られたのに、みっともなく現実逃避していたのではなくて?」
「カイル団長はっ! 顔合わせの直後に郊外へ遠征していたの、でしてよぉっっっ!
自宅へ知らせる余裕なんて、あるわけないじゃないっっっ!」
巨体のわりに素早いプリニーツ伯から逃げ回りながら、エセルは必死の形相で答える。
「でも、断られたのだから関係ないでしょ」
「往生際が悪いぞ。ほら、おとなしく伯爵に『嫁にもらってください』とお願いしなさい。」
「ムフフフフ~、元気な女の子は大好きですぞぉっ!
これは調教しがいのあるじゃじゃ馬ですな~♪」
次第に扉の方へ追いつめられたエセルは、ドアノブに手をかける。
「断られてないっ! 本当にお付き合いすることになったのよっっ!」
エセルの悲鳴に、一瞬三人はきょとんとしたが、
次の瞬間、噴き出して腹を抱えて笑い始めた。
「嘘をおっしゃい!」
「そんな事我々が信じるとでも?」
「私の気を引こうとするとは、かわいらしいですねぇ。
でも、そろそろ素直になってください。私はそう気が長い方ではありませんのでね。」
プリニーツ伯の瞳の奥に、残忍な気配を感じ、エセルはヒュッと喉を鳴らす。
――だめだ……信じてもらえない……このままじゃ……!
エセルは瞬時に決断し、ドアノブを握り締めた。
後ろ手でドアを開け、振り返らず一目散――
自宅から逃げ出した。
「おいっ、エセルっ!」
父の怒号が背中を打つ。
「ちょっとっ!どこへ逃げるのっ?!」
母の声も追ってくる。
プリニーツ伯爵のドタドタという重く鈍い足音も迫ってくる。
だがエセルは、立ち止まらずに走り続けた。
息が上がる。
足が痛む。
もっと早く、もっと――
――こんな時、自分に付与魔法がかけられればいいのに……
エセルは、痛む胸を押さえながら思った。
付与魔法は、自分にはかけられない。
石畳を王城の方へ向かって、
走って、走って、ひた走って――
追手の気配が消えた路地で、エセルはようやく足を止めた。
――もしかしたら、プリニーツ伯爵は馬車で追ってくるかもしれない。
でも……もう……走れない……
スカートの裾を握りしめ、荒い息をつきながら、エセルはまた歩き出した。
「――エセル嬢?」
大通りに出たところで、後ろから声をかけられた。
振り返ると、カイルが数名の騎士を引き連れ、馬上から不思議そうにこちらを見下ろしている。
彼はちょうど、ナデリの関所から報告のため戻ってきたところだった。
「カイル……さま……」
走り疲れ、髪も服も乱れたエセルは、呆然と彼を見上げ、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
ただならぬ彼女の様子に、カイルは慌てて馬から飛び降りた。
「一体、どうしたのですかっ!?」
「だんちょぉ……助けてください……もう……わたし……」
エセルは泣きながら、カイルにすがった。




