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推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


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第九話 変態伯爵来る

 戦後処理を行う騎士団と魔法士隊に先立ち、エセルたち一部の付与魔法士は、馬車で王都へと帰還することになった。


 彼女たちは皆、貴族の令嬢だ。

 表向きは“王族付き侍女”として出仕している身である。


 泊まり込みの仕事と誤魔化すことはできても、あまり長く家を空ければ、さすがに家族に怪しまれる。


 そのため、エセルたちは最初の帰還組に回された。



「私、これが最後の出陣だったの。来月には嫁ぐわ。」


 エセルの向かいに座る8番の付与魔法士が、ふいに口を開いた。


「――婚家は、ご理解がないのかしら?」


 エセルの隣に座る3番が、腕を組んで言った。

 8番は、ふっと鼻で笑う。

 どこか諦めたような笑いだった。


「そうね。結婚しても出仕するなんて、ちょっと無理ね。

 領地経営が上手く行ってないのよ。私が何とかしなきゃ……」


「……あなたに、どうにかできることなの?」


 8番の隣の5番が、首を傾げる。


「――ボンクラの婿殿よりは、まともな判断ができる自信はあってよ?」


 ――退役しても、付与魔法士だったことは秘匿される。

 それでも、付与魔法そのものは家族や領民のために使うことができた。


「あなた、生命力を活性化させる系統の魔法が得意だったわね。

 きっと領民にも喜ばれるわよ。」


 エセルは覆面の下で、そっと微笑んだ。


「そういう1番さんはどうなのよ? カイル団長との連携、すごかったけど――

 縁談の一つや二つ、来ているんでしょう?」


 3番がエセルを見て言った。


「そうよ。正直、あなたが退役するなんて考えたくないんだけど……

 どうなの? これからも続けていくの?」


 5番も3番に同調してうなづいた。


「1番さんさぁ……あなた、団長のこと相当好きでしょう?

 ふふ、ばれてないと思った?」


 8番が身を乗り出した。


 突然話題の中心に引きずり出されたエセルは、ドギマギと自分の膝を見つめた。


 ――お見合い申し込んだら応えてくれた。

 魔力補給って、口づけしちゃった……


 言えない……そんなこと、言えないっ。


「あ゛……え゛ぇ……団長は好き……だけど――」


 裏返った声で言い淀んだエセルに、一同は同情とも憐憫ともつかない表情を向けた。


「あらあら、よりによってカイル団長なんて――ついてないわねぇ。」


 5番はそれでもからかいを含んだ声音で言う。


「“付与魔法士”としてなら、一番信頼されていらっしゃるわ。ええ、それは保証します。

 でもねぇ……やっぱり令嬢としては難しいでしょうねぇ。

 心に決めた乙女がいるって、もっぱらの噂ですもの――」


 3番は同情するような顔をしているが、やはりどこか面白がっているのがにじみ出ていた。

 8番はうなづきながら腕を組んだ。


「そうらしいわよね。

 そういえば、今回の出陣の直前に、第七王女の招聘に応じたとか?!

 もしかしたら、カイル団長の想い人は、シャーロット王女だったりして?!」


「きゃあ♪ 騎士と王女の禁断の恋??」


 黄色い声をあげたのは5番。


「……でも、シャーロット王女は十五歳……団長と十以上も違うわよ?

 そんな年下が好きなタイプにも見えないけれど――」


 3番は首をかしげた。


「わ……わ、わたしはそういうのじゃないの。

 団長が健やかで幸せなら、それでいいのよ。」


 話題から一拍遅れてエセルがそう言うと、三人はくすくす笑い始めた。


「またまたぁ。」


「でも、まあ、高望みしていないのが健全でしてよ。」


「将来告白して振られても、付与魔法士を辞めないでね?」


 ――誰も信じてない……まあ、当然よねぇ……


 エセルは覆面の下で眉を下げ、反論を諦めた。




 +++++



 魔法士団長のヘルマンはまだ戦後処理に当たっているため、報告は後回し。

 “魔術師の塔”には着替えのためだけに立ち寄り、数日ぶりに何食わぬ顔で自宅へ帰った。


 表には、豪華だがいささか下品な、見慣れない馬車が停まっている。

 嫌な予感を募らせながら玄関に入れば、

 いつかを彷彿とさせる、とってつけたような笑みを浮かべた父と、

 皮算用をすっかり済ませた表情の母がエセルを出迎えた。


「あらあらあら、ちょうどいいところへ帰ってきたわね。」


「ったく、役目だか何だか知らんが、何日も家を空けて連絡もつかないとは――

 王女殿下の侍女とは言えけしからん。」


 二人の後ろから、でっぷりと太った壮年の男が現れた。


「まあまあ、立派にお勤めを果たされているのです。私は気にしませんよ」


 寛大そうな声で言ったが、やに下がった表情を浮かべ、派手好みの衣装にギラギラと宝飾品を付けた姿は、どう見ても善良な人間には思えない。


 エセルは一歩引き下がった。


 以前、夜会で見かけたことのある男だった。


「――プリニーツ伯爵?!」


「おやおや、花嫁殿は私を待ち望んでいてくださったのですな?!

 僥倖、僥倖――」


 プリニーツ伯爵は額に汗をにじませ、フウフウと荒い息をつきながらエセルの傍までやって来る。


 断りもなく伸びてきた腕に、エセルはヒイッと小さく叫び、もう一歩後ずさった。


「父さま、伯との縁談は一旦止めるという約束ではありませんでしたかっ?!」


 なおも伸びてくる手を避けながら、エセルが叫んだ。


「ああ、確かにそう約束したが……

 ヴァルデン卿との顔合わせの後、おまえは何も言ってこなかったではないか。

 どうせ断られたのだろう? だからこうして、プリニーツ伯との縁談を――」


「言ってこなかったってっ! 仕事だったんですよっ!

 王女殿下の急な仕事で、四日間王城に泊まり込みっ!

 ちゃんと伝令は出したはずですがっ?!」


 鼻の下を伸ばしたプリニーツ伯爵をよけつつ抗議すれば、母親も参戦してくる。


「そんなの言い訳でしょう? カイル卿からも、ヴァルデン家からも、なんの音沙汰もないもの。

 断られたのに、みっともなく現実逃避していたのではなくて?」


「カイル団長はっ! 顔合わせの直後に郊外へ遠征していたの、でしてよぉっっっ!

 自宅へ知らせる余裕なんて、あるわけないじゃないっっっ!」


 巨体のわりに素早いプリニーツ伯から逃げ回りながら、エセルは必死の形相で答える。


「でも、断られたのだから関係ないでしょ」


「往生際が悪いぞ。ほら、おとなしく伯爵に『嫁にもらってください』とお願いしなさい。」


「ムフフフフ~、元気な女の子は大好きですぞぉっ!

 これは調教しがいのあるじゃじゃ馬ですな~♪」


 次第に扉の方へ追いつめられたエセルは、ドアノブに手をかける。


「断られてないっ! 本当にお付き合いすることになったのよっっ!」


 エセルの悲鳴に、一瞬三人はきょとんとしたが、

 次の瞬間、噴き出して腹を抱えて笑い始めた。


「嘘をおっしゃい!」


「そんな事我々が信じるとでも?」


「私の気を引こうとするとは、かわいらしいですねぇ。

 でも、そろそろ素直になってください。私はそう気が長い方ではありませんのでね。」


 プリニーツ伯の瞳の奥に、残忍な気配を感じ、エセルはヒュッと喉を鳴らす。


 ――だめだ……信じてもらえない……このままじゃ……!


 エセルは瞬時に決断し、ドアノブを握り締めた。


 後ろ手でドアを開け、振り返らず一目散――

 自宅から逃げ出した。


「おいっ、エセルっ!」


 父の怒号が背中を打つ。


「ちょっとっ!どこへ逃げるのっ?!」


 母の声も追ってくる。

 プリニーツ伯爵のドタドタという重く鈍い足音も迫ってくる。


 だがエセルは、立ち止まらずに走り続けた。


 息が上がる。

 足が痛む。


 もっと早く、もっと――


 ――こんな時、自分に付与魔法がかけられればいいのに……


 エセルは、痛む胸を押さえながら思った。

 付与魔法は、自分にはかけられない。


 石畳を王城の方へ向かって、

 走って、走って、ひた走って――


 追手の気配が消えた路地で、エセルはようやく足を止めた。


 ――もしかしたら、プリニーツ伯爵は馬車で追ってくるかもしれない。

 でも……もう……走れない……


 スカートの裾を握りしめ、荒い息をつきながら、エセルはまた歩き出した。



「――エセル嬢?」


 大通りに出たところで、後ろから声をかけられた。


 振り返ると、カイルが数名の騎士を引き連れ、馬上から不思議そうにこちらを見下ろしている。

 彼はちょうど、ナデリの関所から報告のため戻ってきたところだった。


「カイル……さま……」


 走り疲れ、髪も服も乱れたエセルは、呆然と彼を見上げ、ぽろぽろと涙をこぼし始める。


 ただならぬ彼女の様子に、カイルは慌てて馬から飛び降りた。


「一体、どうしたのですかっ!?」


「だんちょぉ……助けてください……もう……わたし……」


 エセルは泣きながら、カイルにすがった。

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