第八話 効率的な魔力補給
星がすべて消え、空は群青からライラック色へと変わってゆく。
春とは言え、早朝の空気は冷たく、凛と張り詰めている。
関門の見張り台で、カイルやヘルマン、魔法士隊のメンバーは、黙って日の出を待っていた。
昨夜のうちに、魔法士隊は十名ずつ三部隊に編成された。
一部隊は昨日のうちに南へ回った第三騎士団と合流。
もう一部隊は、第四騎士団と共に北砦のさらに北の岩山から草原へ回り込む。
中央の関所には、威力はさておき、特に広範囲の魔法を得意とする者を配置した。
一足遅れて、マデルナを伴ってやって来たエセルに、ヘルマンが自分の横を開けて誘う。
ヘルマンが口を開いた。
「ヘルハウンドは、魔法耐性の弱い魔物です。
範囲魔法で数を減らし、そこを南北から挟み込んで掃討戦に持ち込みます」
昨夜の作戦会議を知らないエセルのために、ヘルマンが簡潔に説明する。
エセルは、北砦の作戦のあと、一晩ぐっすり熟睡し、つい先ほど起きたばかりだった。
「キルシャの町にも、辺境第十二師団とヴァルデン侯爵領騎士隊が到着したと連絡が入った。
掃討戦の際には、このナデリの関所とキルシャの町――東西両方向からも打って出る。」
カイルは遠眼鏡で草原を覗きながら言った。
「――ベアウルフがいるな……。あいつらが指揮をしていたか……」
カイルが独り言のように言うと、ヘルマンがフンと鼻を鳴らした。
「そのあたりは騎士隊が片づけてください。付与魔法士は君たちに付けるのだから。」
やがて空は白み、朝日が昇る。
背後から一条の光が草原を刺した。
ヘルマンは魔法で照明弾を空高く打ち上げ、魔法士隊による大規模攻勢の狼煙を上げた。
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「シールド展開、筋力増強――」
門の内側では、七番、十一番、十五番の付与魔法士が、並んだ騎士たちへ次々と付与魔法をかけていく。
関門の櫓からは魔法士隊が絶え間なく広範囲魔法を放ち、門の外からはヘルハウンドの断末魔が響いていた。
「一番様、昨日に引き続き、本日もよろしくお願いします。」
馬上からカイルがエセルに手を差し伸べ、彼女を引き上げる。
一番のエセルはカイルと、三番は第二騎士団長と馬に同乗して戦場へ赴く。
状況に応じて即時付与を掛け替え、重ねていく手はずになっていた。
「物理防御特化シールド展開、体力・筋力増強三倍、衝撃範囲前方へ拡大――」
エセルは彼の甲冑の胸に手を当て、詠唱で答えた。
やがて櫓の上で魔法攻撃に加わっていたヘルマンが、信号弾を打ち上げた。
――全軍突撃の合図。
魔法士隊の攻撃が止み、ゆっくりと門が開かれる。
カイルを先頭に、鬨の声をあげながら騎士たちは草原へと打って出た。
草原の四方から迫る騎士たちは、敵の残党を難なく狩ってゆく。
――こんなに密着して幸せですが……
カイル団長の雄姿は、少し離れた所から見るのが一番シビれますわぁぁぁぁ。
昨日の緊迫した撤退戦と比べれば、残党狩りなど緊張感もない。
余裕のできたエセルは、いつものように心の中で幸せに浸っていた。
――んんんっっっ、昨日は気が付きませんでしたが、この匂い……
カイル団長ご自身の匂いではありませんかぁぁぁぁぁっっっ!
ふふふふふふふ、いつもなら香水で隠されているけれど、
ずっと出ずっぱりだから、付け直す余裕もなかったのねぇぇぇっっっ。
はぁぁぁぁっっっ、役得役得――
いつものように身体をくねらせないよう細心の注意を払いながらも、
エセルは鼻息荒く、カイルや周囲の騎士たちへ次々と支援魔法を付与していった。
「一番様……今日も絶好調ですね。」
剣を振るう合間に、カイルは含み笑いを浮かべながらエセルに囁いた。
最後まで立っていたひときわ大きなベアウルフを、カイルと第二騎士団長の二人で切り伏せる。
指揮系統を完全に失ったヘルハウンドの残党は、散り散りに逃げ始めた。
昼前までには東西南北の各隊が残党を撃破し、草原の中央で落ち合った。
「各隊よくやった! ここに勝利を宣言する。」
カイルは剣を高く掲げ、勝利を宣言した。
エセルも信号弾を打ち上げ、関所や遠方の魔法士隊へ勝利を知らせた。
カイルは各隊への戦後処理の指示と、ヴァルデン侯爵領騎士隊を率いてきた次兄への謝辞を終えると、
馬上で待っていたエセルへと向き直る。
「お待たせいたしました。それでは――
一番様はじめ、戦場に出陣していただいた付与魔法士どのは、
それぞれ責任をもって関所までお送りします。」
――はうぁっ! カイル団長っ、笑顔がまるで王子様っ!
不意打ちでカイルの笑顔に撃ち抜かれたエセルは、くらりと馬上で体勢を崩した。
「一番様っ!?」
慌てたカイルが、とっさにエセルの手を掴み、落馬を防いだ。
「大丈夫ですか?! もしやご無理をなさっていたのでは――早く戻りましょう!」
言うなりカイルは馬へ飛び乗ると、拍車をかけた。
まもなく関門へ駆け戻ると、カイルは丁重にエセルを馬から抱きおろし、
昨夜彼女が休んでいた天幕へと連れて行く。
仮眠用の寝台へ彼女を座らせると、片膝をついて真剣なまなざしでエセルを見つめた。
「――一番様……昨日の今日で、もしや魔力切れではありませんか?
もしよろしければ、いつもより効率的な魔力補給をご提案いたしますが……
いかがですか?」
――効率的な、魔力補給?
なんだろう、とエセルは首をかしげた。
「その――古い文献で見つけた方法なのですが……
気を失いかけていらっしゃいましたし……
より効率的な方法が必要だと思うのです。」
カイルは少し視線を外し、それでも切羽詰まったように言った。
――魔力切れってほどでもないけれど……
どんな方法か、ちょっと気になるわね。
エセルは、こくりとうなづいた。
「承知しました。それでは――口づけしてもよろしいですか?」
カイルが今度は視線をエセルに合わせて、確認した。
エセルはうなづき、いつも通り右手を彼へ差し出した。
「失礼――」
カイルはエセルの手を取ると、そのまま身を乗り出し、
空いている右手で覆面の端をちらりと上げる。
ほんの一瞬だった。
ほんの一瞬――カイルの唇がエセルの唇を塞ぎ、舌が触れ合い、歯がカチリとぶつかった。
――…………………。
頭が真っ白になった。
動けないほどの衝撃だった。
ほんの一瞬のふれあいだったのに、全身に力が駆け巡り、魔力で神経が焼き切れるようだった。
身体を硬直させたまま、ゆっくりと後ろへ倒れる。
「おっと――」
カイルはとっさに抱きとめて、エセルをそっと仮眠用のベッドに横たえる。
「……少々刺激が強かったようですね。
帰りは馬車をご用意しております。ゆっくりお休みになられてお帰り下さい。
この度は、ご助力ありがとうございました。お礼はまた改めまして後日――」
彼はもう一度膝まずき、今度はいつものように指先に口付けると、
何事もなかったように天幕を出て行った。
――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………。
エセルは、ただ天井を見上げることしかできなかった。
一方、何事もなかったように天幕を出たカイルだったが、
関所内に植わっているブナの木の下まで行くと、その幹に手をつき、額を預ける。
「――やってしまった……」
小さくつぶやき、ズルズルと地面に座り込む。
――唇、熱くて、柔らかかった……
感触を思い出し、そっと自分の唇に指を這わせる。
「控えめに言って、最高……だったな」
また感触を思い出し、ぶるっと身を震わせた。
「ブフンッ」
背後からノクスがやって来て、座り込んでいる主人の襟元をかじる。
彼は完全に面白がっていた。




