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推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


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第十話 婚約予定

 カイルの判断は早かった。


 エセルを馬上に引き上げると、そのまま王城へと馬を走らせた。


 同行していた騎士たちは、道すがら顔を見合わせ、遠慮がちに問うた。


「団長、こちらのご令嬢は……?」


「――ブラント伯爵令嬢……婚約予定だ。」


「え?」

「は?」


 さらっと爆弾を落としたカイルに、騎士たちは動揺を隠せない。

 しかしカイルは全く気にせず、ヒックヒックとしゃくりあげるエセルを、そっとマントで隠すのだった。



 カイル一行は王城の騎士団駐屯所に立ち寄り、エセルを団長室へと連れて行った。


「緊急事態だ。“第七王女の侍女”と言えば、陛下も王太子殿下も納得するだろう。

 アルフレット。君が私の代理に立て。」


「はっ!」


 団長補佐アルフレットが敬礼し、騎士たちを連れて退室する。


 部屋には、カイルとエセルの二人きりが残った。

 建前上、一応ドアは申し訳程度に細く開けられていた。


「……エセル嬢。一体何があった?

 君は数日ぶりに帰宅したばかりだ――と思うのだが……」


 カイルはソファーに座るエセルの隣へ腰を下ろす。

 やっと泣き止んだばかりのエセルは、彼の発言のおかしさには気が付かない。


 エセルはしばらく黙り込み、やっと口を開いた。


「帰宅したら縁談が進んでいて、プリニーツ伯爵が来ていたんです。

 両親も誰も、カイル様とお付き合いすることになったなんて、信じてもらえなくて……」


「ああ……すぐに遠征に出てしまったから、君の実家にはまだ書状を送っていなかったな……

 しかし、一週間も経っていないのに……性急だな。

 君は、自宅に一報していなかったのか?」


 カイルの口調はあくまで優しい。

 エセルは力なく首を横に振った。


「一報しました。ちゃんと伝令を立てたのです。

 けれど、信じてくれませんでした。」


「そうか……それは私の不徳の致すところだ。すまなかった。

 少し気は早いが、私が直接行って、伯爵夫妻に説明と婚約の許しを請うことはできるだろうか。」


 カイルは努めて穏やかな口調で、膝の上にあるエセルの手に、自分の手をそっと重ねた。


「……カイル様……それは性急かと――」


 ――この段階で両親に挨拶って、言い逃れができない行為ですよっ!

 本命のお相手はどうするんですかっ?!


 エセルは言葉を濁してから、胸の内でツッコミを入れる。

 声に出して問いただせないのが、切ない乙女心である。


「まあ、確かに慣習から考えれば、いささか性急ではあるが――

 プリニーツ伯爵に釘を刺すためにも、それくらいの強い一手は必要だろう。

 奴がどこまで話を進めているか、私も気になる。」


「はぁ……しかし、カイル様にそこまでしていただくわけには……

 両親にあいさつしたとなっては、社交界の口端に上るでしょう。

 カイル様の外聞にもよろしくない――」


 エセルは喋りながら、自分が落ち着いてきたことを感じ始めていた。


 ――カイル団長の前なのに、舞い上がっていない……

 私、プリニーツ伯爵との遭遇が、相当ショックだったのね……


 達観したように微笑を取り繕い、カイルを見上げたら――

 急に抱きしめられた。


「何を言っているんだ。外聞など気にすることではない。

 君のパートナーはこの私だ。そう喧伝した方が、伯も、それ以外の不埒で不適切な輩も、まとめて遠ざけられる。

 頼むよ……私に君を守らせてほしいんだ。」


 カイルの声には、必死さが滲んでいた。


 エセルの頭の中は一瞬真っ白になり、

 次の瞬間、鼓動がバクバクと高鳴り始める。


 ――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……

 カイル団長の抱擁っ!

 ダメですっ! 団長が優しいのは、重々承知ですがっ!


 これは完全に私が勘違いしちゃいますよぉぉぉぉぉ!


 落ち着けエセルっ! 団長には本命がいるっ!

 私は虫よけっ! 隠れ蓑っっ!


 エセルは自分に言い聞かせたが、その間もカイルは彼女の髪を撫で、切なげな視線を向けてきた。


「――エセル嬢。君を守りたいのは、私個人の思いもある。

 だが騎士としても、不遇な立場にある乙女を見過ごすわけにはいかない。」


 ――騎士として……


 エセルの胸にカイルの言葉がストンと落ち、舞い上がっていた気持ちがすっと落ち着いた。


「騎士として――そこまでして、私を守ってくださるのですか?」


「ああ、君を守りたい。」


 カイルはエセルの手を取り上げると、そっとその指先にキスを落とす。


 ――そうか、騎士としてよ。


 騎士の仕草に、エセルは妙に納得した。

 それから改めて自分の置かれている状況を思い出し、覚悟を決める。


「ありがとうございます。

 よく考えれば確かに、ここできちんとプリニーツ伯爵にお断りを入れなければなりませんね。

 あの様子だと、カイル様が直々に言ってくださらないと納得しないでしょうし……

 本当に、有難いお申し出――よろしくお願いいたします。」


「ああ。私も、ヴァルデン侯爵家も騎士団も、君の後ろ盾となり、全力で守ることを誓うよ。」


「ははははは……」


 妙に熱っぽく言い切るカイルに、エセルは少し引き気味に笑った。


 ――団長、大袈裟ですよっ!

 でも……なんだか前より、打ち解けたみたいな……心の距離が近いような――


 小さな気づきに、エセルは少しうれしくなり、彼に微笑みかける。


「カイル様、これからはかしこまらないで、その喋り方でいいですよ。

 むしろ、今まで団長ともあろう方が、私ごときに丁寧すぎたんです。」


「おや……私としたことが……

 いや、でも許してもらえるなら、この喋り方で行くかな……」


「はいっ! 遠慮なく、よろしくお願いします。

 きっとその方が、周りも私たちが親密だって納得しますよねっ♪」


 元気よく言って、エセルの胸はズキンと痛んだ。


 ――カイル団長の本命さん、ごめんなさい。

 でも、私、プリニーツ伯爵は絶対にごめんなのっ。


 落ち着いたら、ちゃんと団長はお返しするから、それまで――


 心の中で、顔も名前も知らないカイルの本命に謝りながら、エセルは笑った。




 +++++




 馬上でカイルに抱かれて帰宅したエセルを見て、両親はぽかんと口を開けたまま出迎えた。

 残念ながらプリニーツ伯爵は既に帰ってしまっており、二人の仲睦まじい様子は見せつけられなかった。


「――本当に……ヴァルデン卿を釣り上げたのね……」


 驚きすぎてしまった母は、失礼なことを言っている自覚はない。


「しかしだなぁ……プリニーツ伯とは業務提携が――ごにょごにょ……」


 父は腕を組んで思案に暮れ始めた。


「――だから、本当だって言ったわよね?

 さぁ、今すぐプリニーツ伯爵へお断りの書状なり、伝令なり出してくださらない?

 お父様が直接うかがってもよろしくてよ! 私は絶対に行かないけどっ!」


 家を飛び出した時とは一変し、エセルはドヤッと胸をそらす。

 その後ろで、社交用の穏やかな微笑を湛えたカイルも、口を開く。


「ブラント伯。私は以前よりエセル嬢をお慕い申し上げておりました。

 諸般の事情で私から声をおかけすることは叶いませんでしたが、この度お嬢様から釣り書きとお手紙をいただいた時は、どれほど嬉しかったことか――。

 彼女を手放すなど、考えられません。どうか、交際を――いえ、すぐに婚約でも構いません。お許し願えませんでしょうか。」


「うぐぐぐ……しかしだなぁ……プリニーツ伯は我が家の負債を全面的に援助し、我が領地の特産品を使った業務提携も既に動き始めていて――」


 父は渋い顔でカイルのつま先あたりを見つめながら、往生際悪くつぶやいた。

 ぼんやりとカイルを見つめていた母も、はっとして横から口を挟む。


「ヴァルデン卿、大変申し上げにくいのですが――

 お恥ずかしながら我が家の経営は火の車でして、エセルの婚姻をもってプリニーツ伯爵からの資金援助を約束されていたのです。

 あなたに、それを賄えるだけの財力がおありでしょうか?」


 ブラント伯爵家の家計はひっ迫している。貧すれば鈍す。

 母は、娘を売るのと同然の言葉を、恥じることなく言い切った。


 カイルは二人を睥睨し、わざとらしくため息をつく。


「何をおっしゃるかと思えば――貴家の窮状は、私も把握しております。

 伯爵家を立て直す額が、はした金とは言いません。ですが、エセル嬢とは比べるまでもありません。

 ご融資は約束しましょう。金を出した分、口も出しますが、あくまで領地経営を健全化し、軌道に乗せるためです。」


「……卿は、ブラント家に婿入りなさるおつもりですか?」


 父は、既に養子の話を付けてしまった遠縁の令息の顔を思い浮かべながら、恐る恐るたずねる。


 カイルは、すぐに首を横に振った。

「いいえ。私も爵位は持っておりますし、騎士団のたたき上げですので、領地経営など知識も興味もありません。

 これからも騎士として仕えていくつもりです。」


 あまりに自分たちに都合のいい話に、ブラント伯爵夫妻は顔を見合わせる。


「――しかしですなぁ……プリニーツ伯もエセルを大層気に入っておりまして、簡単に承諾するかどうか――」


 まだ歯切れ悪く言う父に、カイルは一歩進み出て、凄みを利かせた笑みを浮かべる。


「プリニーツ伯が気に入っているから……

 エセル嬢は嫌がっているようですが、それでも伯に娘を売り渡したい、と?」


 もう一歩進み出て、ドスの効いた低い声でとどめを刺した。


「プリニーツ伯はおやめなさい。

 近いうちに後悔することになる。」




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