第三十五話 執着という名の愛
「くそー、降ろせ――っっ、陛下っ!お考え直し下さい――」
今まさに城壁に吊られたプリニーツが、宙を蹴るように足をばたつかせていた。
地に届かないと悟ってなお、その動きはやまない。
エセルの婚姻問題の決着を待って、彼の処刑は執行された。
彼は生きたまま吊るされ、絶命まで長く苦しむことになる。
彼の隣には、成人した息子や娘たち、それから歴代の妻のうち、積極的に関与していた二名が首に縄をかけられて絶命している。
即座に命を絶たれた分、彼らの方が“まだましな最期”だった。
まだ背後で軋む縄の音を聞きながら――
客室から騎士団の駐屯所に向かって、王城の中庭をゆっくりと、カイルとエセルは並んで歩いた。
「エセルの嫌疑は晴れた……だが、ブラント伯爵夫妻は、非常に厳しい立場にある。
領内から違法魔法薬の製造工場が摘発された。」
「――そうですか」
エセルはふと中庭を振り返った。
見知った顔、見知らぬ顔――、多くの貴族や官吏が、処刑し、処刑されていた。
流刑が決まったものは荷馬車に詰められ、領地や爵位を取り上げられただけのものは、その場にしゃがみ込んだり、呆然と立ち尽くしたり――
裁く側、処刑する側も疲労の色が濃く、消耗している。
「――私も連座ですと、カイルさんにはご迷惑をおかけしてしまいますね……。
婚約も、いったん白紙にしていただいた方が、良いかもしれません。」
「エセル嬢、それは、時期尚早だと思うよ?」
横合いから声をかけて来たのはルークスだった。
筆跡鑑定の一件以外にも多くの案件を抱える彼の腕には、おびただしい量の書類が抱えられている。
「君のご両親、ついさっき――、半日ほど前に、第十三辺境師団に“救出された”そうなんだ。
領地の屋敷の地下牢に、夫婦そろって軟禁されていたらしい。
今、王都へ輸送しているところだが――、自領に違法魔法薬の工場を建てられることを知らなかったか、合意していなかった可能性が濃厚だ」
そう言うと彼は束の中から一枚の書類を抜き出してカイルへ渡す。
「写しだが、プリニーツとブラント伯爵の間で締結された書類。
今のところ、何の変哲もない薬草の栽培と加工の契約が、半月ほど前に交わされただけだ。
ちなみに、違法魔法薬工場は、一年ほど前から操業していることが分かっている。」
「――ブラント伯爵領を乗っ取ること前提で、無断で進めていた、ということか?」
カイルは書類を一瞥して、エセルに渡す。
一方エセルは、舐めるように隅から隅まで文字を追う。
「そうだねぇ。で、多分、途中で反目したんだ。
だから、地下牢に夫婦そろって閉じ込められていたんじゃないかな?
取り調べ前だから、確かじゃないけど――」
ルークスはエセルが全て読み終えるのを待って、再びその書類を束に戻した。
「――私の両親だから、と容赦せず、徹底的に調べてください。
私も、咎を負う覚悟があります。」
据わった目でエセルがルークスを見返すと、彼は苦笑しながら返す。
「そんな覚悟しなくて大丈夫だよ。
まず、そんな事、君のカイル団長が許さないと思うけど?」
「ああ、そもそも、あいつらの起こしたスタンピードを、隣国へなだれ込む前に止めた最大の功労者は、エセルなんだ……それを忘れてもらっては困る。」
カイルも深くうなづいた。
「でも――、本当に、どうなっちゃうんでしょう……
これじゃあ、王宮内の勢力が一変しちゃいますよね?」
ルークスを見送って、騎士団の駐屯所へ再び歩み始めたエセルが、ぽつりとつぶやく。
「そうだが――取り潰しになったのは概ね亡命の新興貴族。
古くからの家で関わった所は、当主の交代で終わるだろう。
彼らが亡命してくる十年前に戻るだけ、だと思うがね。」
カイルは、そっとエセルの腰に手を回して、自分の方へと引き寄せる。
エセルは素直に彼へと身を寄せた。
「……ちょっとだけ、本音、言ってもいいですか?」
「――ああ、もちろん、構わない」
カイルが言うと、エセルは一段と低い、周りに聞こえない声量で言った。
「――ルークスさんにはブラント家の娘として、ああ言いましたが……本当は、連座なんて嫌なんです。
だって、私は全力でプリニーツとの婚姻を拒否したし、カイルさんは危険性を説いてくれたのに。
お金に目がくらんで無視したのは両親じゃないですか……」
「そうだな……もちろん、私は君をあきらめるつもりも、咎人にするつもりもないが……
よく思い出してくれ、私か゛君の父上へ直談判した時――
既に事業提携が始まっているようなことを言っていた。先ほどの書類も少し前の日付だった。」
カイルはエセルの顔をのぞき込む。
「お父上は、私の警告を聞いてくれたのかもしれない。
だからあれ以上の契約書は出なかったし、結果的に地下牢に閉じ込められた――
まあ、取り調べが済むまでは推測の域は出ないが、君に累が及ぶ確率は、非常に低いと私は思う。」
「――そう……でしょうか……」
まだうつむいたままのエセルを、カイルは一瞬黙って見つめた後、
そのおとがいに指をかけ、優しく顔を上向ける。
「たとえ君に累がおよび、罪を問われたとしても、私は君を手放さないよ。なぁ……エセル?」
それでもエセルの視線は下がったままで、カイルから逸らしている。
「……嫌ですよ、カイルさんに迷惑がかかるじゃないですか。
騎士団総長の相手が、そんな瑕疵のある女だなんて――
だから、せめて一旦保留に――」
「嫌だね。よし、明日にでも、正式に婚約する旨を陛下に報告しよう。
侯爵家以上の婚姻は、陛下の承諾が必要だから。
婚姻も最短で結ぶ。すぐにでも君を妻にしたい。」
一気に言い切ると、往来なのも気にせず、カイルはエセルを抱きしめて、腕の中へと囲い込んだ。
「ちょ……ちょっと……カイルさん?!
落ち着いて! わかったから、離して――」
周囲の目を気にして慌てて暴れるエセルを、カイルはいとも簡単に抑え込んでしまう。
「いーやーだ。もう決めたんだ。
私はエセルを離さない。婚約中も、結婚後も――ひと時たりとも離すものか。」
「え……えぇぇ……騎士団総長の仕事は、どうするんですかぁ……
私だって、付与魔法士を辞めるつもりはさらさらないんですけど……」
エセルが困ったような、情けない顔で言うと、カイルは涼しい顔で答える。
「ヘルマン団長と、マデルナ女史のように、個人契約を結ぼう。
私が君を独占する。国家にだって分けてやるもんか。」
「……カイルさん……実は、私のこと……好きすぎでしょ……?
っていうか、もしかして、これが素? これが本当のカイルさんなの?!
いつからそんなにこじらせてたんですかぁぁぁ」
エセルは顔を真っ赤にして、悲鳴のように細く叫ぶ。
「――実は、五年前から……“一番様”は私が独占すると、決めていた。
そのために、私がどれだけ研鑽にはげみ、君にふさわしい騎士であろうとしたか……
たぶん、君が思っている以上に、私は君の事を愛しているし、
醜悪なほど、おそろしく執着している。」
言っている内容とは裏腹に、とんでもなく色っぽく囁かれた言葉に、
エセルの腰はあえなく砕け、その場にへたり込みそうになったのを、カイルは嬉々として支える。
そのまま横抱きに抱き上げて、カイルは上機嫌で駐屯所へと向かった。
凄惨な処刑場化した王城の中、カイルの周りだけ、まるで花が咲いたようだった。




