最終話 永遠の同行者
「……ホントに、あっという間に結婚しちゃった……」
偽婚姻届けの一件から早七日……
エセルは中央神殿の祭壇の前で、カイルと永遠の愛を誓い、婚姻の宣誓書にサインをし終えた。
プリニーツが偽造した婚姻届けとは格が違う。
それはまだ、カイルが侯爵家に籍を置いており、婚姻には国王の許可が必要だったからでもある。
教会にエセルの両親の姿はなかった。
取り調べがまだ続いてることに加えて、家計の立て直しのためとはいえ、プリニーツに彼女を売ろうとした彼らに、エセルはまだ複雑な気持ちだったからである。
どのみち、披露宴に呼べば、対外的には問題ない。
「もぉっ、カイルったら、こんな急がなくっても、ねぇ。
本当だったら、ちゃんとドレスも仕立てて、盛大にお祝いしたのに……」
カイルの母・侯爵夫人は人目も気にせず頬を膨らませる。
「―――もう、一秒たりとも待てませんでしたからね。
それに、披露パーティーはちゃんと盛大にしますから、ご心配なく。」
カイルはエセルの腰に手を回したまま、ツンと澄まして言った。
「でも本当に、カイルさんは素晴らしい方を迎えてくださったわ」
侯爵夫人の隣にいた若い女性が、しみじみと口を開いた。
カイルの長兄の妻――ベラである。
「あの“亡国の公女さま”を撃退してくださったんですもの。
私なんて、あの女狐には手も足も出なくて……」
「本当になぁ……」
隣で、次期侯爵が気まずそうに苦笑した。
「セリーナの標的がカイルに絞られているのをいいことに、俺たちは別邸へ逃げるしかなかった。
悪いことをしたと思ってるよ。
だが、あれしか妻を守る術がなかったんだ……」
「エセルさんは、あの女を西の“聖エンリケ修道院”まで送って行かれるんでしょう?
その……大丈夫なの?」
ベラはエセルに心配そうに話を振る。
「ええ、色々“魔術師の塔”でも試みたのですが、私か、団長のヘルマンさんくらいしか、
彼女の魅了魔法をブロックできるシールドを展開できる者が居なくて……」
「……そもそも、あれだけのことをしておいて、あの女だけ死罪を免れるなんて……」
ベラは思わず言ってしまってから、少し気まずそうに侯爵夫人を横目で見る。
侯爵夫人は申し訳なさそうに視線をそらしていた。
「……母上、セリーナが修道院送りで済んだのは、母上の助命嘆願のおかげではありませんよ。」
カイルの言葉に、侯爵夫人はビクリと肩を震わして、恐る恐る視線を息子へと上げた。
「……私がしたこと……知っていたのね?
でも、じゃあ、なんで……」
「……体よく言えば、我が国の国防と魔術発展のため――
“魅了魔法”とは言ってはいるが、実態はほとんどわかっていないんです。
あんなのが他にもいるのなら、我々は対策をしなければならない。」
カイルの毅然とした口調に、侯爵夫人は再び視線を落とす。
「そう……なのね。
でも、私は――それでもあの子のこと……」
「お義母さま、ここまでにしましょう?
私が振っておいて何なんだけど、
今日はカイルさんとエセルさんのおめでたい日なのよ?」
ベラはここまでだと手を叩くと、侯爵夫人もハッとしてエセルの方へと向き直る。
「そうね、ごめんなさい。
――カイルとエセルさんは、この後すぐ、王都を発つのよね?」
「はい、セリーナさんの護送の任に半月ほど従事いたします。」
エセルが言うと、
「私も同行いたします。」
とカイルが彼女を抱き寄せる。
「では、その間にこちらでも色々と進めておいても良いかしら?
最終的に二人で決めるとしても、色々と候補を絞ったり手配したりはできると思うわ。」
侯爵夫人が微笑むと、ベラも横合いからでうなづいて口を挟む。
「エセルさん、お義母さんは本当にこういうの得意だから、任せた方がいいわよ?
希望があるのだったら、あらかじめそれは伝えて――、絶対に、自分でやるよりもいい結果になるわ。」
「そうですね――、私にも特にこだわりはありませんし、任務も色々と立て込んでいますので、
カイルさんさえかまわないなら、私としては大歓迎です。
ね? カイルさん?」
エセルがカイルを見上げると、彼は眉間にしわを寄せたまま、自分の母親をじとりと見詰める。
「……私としては、エセルを着飾るのは自分の特権だと主張したいところなのですが……
母上が見立てた方が、絶対に良い仕上がりになるとわかっているんです。
わかってはいるのですが……」
「あら、心配しなくてよろしくてよ? 絶対にあなたを唸らせるようなドレスを選んで見せますから、この母を信用してくださいな。」
侯爵夫人は得意げに自分の胸を叩いた。
その仕草に、一同顔に笑みがこぼれた。
+++++
結婚式の翌日――
護送任務のため王城へ現れたエセルとカイルを、居合わせた一同は生暖かい視線で迎えた。
「しかしなぁ……専属契約から、まだ七日だぞ?
その短期間で、その衣装を……なぁ?」
ヘルマンがニヤニヤと、エセルの頭のてっぺんから足先まで視線を往復させる。
それもそのはず――
エセルが身にまとっているのは、もはやいつもの白ずくめではなかった。
カイルの騎士団総長専用騎士服と、一目で対だとわかる意匠。
繊細な刺繍には、ヴァルデン家の紋章とカイル個人の紋、それからヴァルデン家の女性だけに使用を許された意匠まで巧みに織り込まれており――
彼女がカイルの伴侶だと、これでもかと主張していた。
「……ずっと前から……1年前から、用意されていたらしいです……
叙爵されたら紋も変わるから、今しか着られないって……」
エセルが頬を染めてうつむくと、カイルはスッと視線を逸らす。
「……1年前から……
カイル殿、エセルが他の男に嫁いでいたらどうしたんですか……」
ヘルマンがあきれた口調でたずねると、カイルは視線をヘルマンへ移す。
「……そこまでは考えておりませんでした。
ただ、意中の女性がこれを身にまとった姿を夢想するだけで、十分だった。
今こうして着ている姿を見られて、大変うれしいです。」
「――とんでもねぇ……。エセルにぴったりのサイズじゃないか……。
いつも涼しい顔して、うちの筆頭付与魔法士をどんな目で見てたんだか……」
「なんとでも。
ああ、でも、もう“私の付与魔法士殿”ですから、そこはお間違えなきよう――」
しれっと言いきったカイルに、ヘルマンは一度押し黙るが、諦めたように首を横に振った。
「……これはひどい……公私混同も甚だしい。
付与魔法士と騎士の番はこれほどまでとは……
だからこそ匿名も納得できるが――
いやでも、エセルの魔力も恐ろしく上がっているし、王国にとってはいいことづくめ、だが……なぁ。」
ヘルマンがしばらく口の中でもごもごとつぶやいていると、少し後ろにいたマデルナが彼の尻をぴしゃりと叩く。
「“付与魔法士の私物化”などと、あなたが非難できた口ですか?
別にエセルさんは今まで通り“魔術師の塔”には参加してくださるんだから、いいじゃないですか。」
「まあ、騎士団といたしましても、私のように付与魔法士殿へ特別な感情や運命を感じる者もおりますので、今後は“魔力の番”の可能性も含めて、協力を強化して行けたらと思います。
そもそも、付与魔法士の匿名化も、魔術管理局が推し進めたものでしょう?」
カイルが笑うと、ヘルマンはなおも納得いかない顔で口の中で何やら呟いた。
そして、再びエセルへと顔を向けた。
「……エセルは、それで良いんかい?
番の当事者として、何か思う所はないかな?」
「そうですねぇ……私も長らくカイル団長を推してきましたし……
その団長に嫁ぐことができた上、付与魔法士としてまだ貢献できるのですから、
控えめに言っても、最高! としか……」
「だよなぁぁぁぁぁっっ」
デレっとやに下がったエセルに、ヘルマンはくだらない質問をしてしまったと、うなだれたのだった。
+++++
「魔法防御シールド展開確認――問題ありません。」
中庭に用意された鋼鉄の護送車へ、エセルがかけた魔法の具合を確かめる。
厳重な魔法シールドの向こうに、セリーナが目隠しに手枷、猿轡まで噛まされて、一人で乗せられている。
王国の西の果てにある“聖エンリケ修道院”は、修道院とは名ばかりの、魔術研究施設。
通常の修道院や収容施設では対処できない、魔力をもった犯罪者が送られる場所だった。
この度のクーデターの重要人物で唯一生き残った彼女は、記憶を消去され人格が改変されない限り、魅了耐性を持つ研究員以外との接触は許されない。
エセルにも彼女に関する研究の打診は来ていたが、あからさまな人体実験への参加には消極的だった。
「――では、陛下、殿下。
この任の遂行後は、長期休暇を確かにいただきますよ。」
見送りに来た国王と王太子にカイルは釘を刺してから出発の礼をとった。
世紀の大粛清後の立て直しに奔走している彼らは、一瞬だけ恨めしそうな顔をした。
だが、カイルの鋭い視線を受けると、二人そろって無理やり笑みを浮かべる。
「よし、では出発――」
“聖エンリケ修道院”周辺を守護する、辺境第十八師団の団長が先導し、やがて護送車が動き出す。
「エセル、私たちも――」
ひらりと愛馬 ノクスにまたがったカイルが手を差し出すと、エセルは慣れた様子でその手を取った。
彼女の身体が軽く宙を舞い、いつもの指定席――カイルの前へと納まった。
鞍はいつの間にか、二人で乗るにも適したものが誂えられており、以前よりよっぽど乗りやすい。
「……鞍、変えました?」
エセルが尋ねれば、カイルは嬉しそうに手綱を引いた。
「ああ、これからも基本的に私たちは二人で行動するだろうから――
この方が、特に長距離は良いだろう?」
「ええ、そうですね。」
エセルは満足げに相槌を打つと、カイルの胸にそっと背を預ける。
「ふふ、任せてください。カイルさんの指揮する部隊は、私の付与魔法でみーんな最強の戦士にして差し上げます。」
彼女の身体には、昨夜極限まで注がれた魔力がみなぎっていた。
「頼もしいな。魔力はいくらでも補給するから、遠慮なく使ってくれ。
そうすれば、また補給できるから――」
カイルは、彼女にだけ聞こえる声で低く囁いた。
おしまい
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!
長く描いた和風ロマンスからの脱却のために、執筆した作品でしたが、
「はわわわわ~」「ほぇぇぇ」なエセルに、実は暗い執着まみれの清廉騎士カイルは、書いてて大変楽しかったです。
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あと、評価には関係ないですが、リアクションいただけると、あれがメチャクチャ嬉しかったです!
それでは、また次のお話でお会いできれば幸いです。
あ、過去作も、自分としてはその時々の全力で、自分が面白いと思ったものを書いておりますので、覗いていただければ幸いです。
ではでは~、ありがとうございました!




