第三十四話 その婚姻は、偽り
「陛下、ブラント伯爵令嬢は、私の婚約予定者で――、“魔力の番”です。
既に私たちは一心同体。彼女を拘束するなら、私も共に参ります。離れることはありません。」
カイルが一歩も引かない決意を込めた目で国王を見返し、剣の柄を握り直すと、獄卒たちは気迫に押されて半歩後ずさる。
「――落ち着くのだ、ヴァルデン卿……」
国王は、静かに片手を上げて獄卒たちを制した。
「……早計だな、プリニーツ。
“一族郎党”と便宜的に言ったが、私が各自の罪状を調べず、雑に決めているとでも思ったか?」
「……」
先ほどまで高笑いしていたプリニーツは、顔色を失って黙り込んだ。
「こちらとて、短期間とはいえ、綿密な調査の上、一人一人の処遇を決定しているのだ。
ただ、貴様は『ブラント伯爵令嬢と婚姻を結んでいる』と主張した。
これは我々のあずかり知らぬこと。
真偽を確かめねばならんし、彼女の潔白のためにも、厳重に取り調べねばならん。」
「そうだとしても、私は彼女の傍らを離れません。」
カイルは剣を納めてもなお、眼光鋭く言い放った。
国王の目がわずかに細められ、口端が苦笑に歪む。
「――“番”ゆえ、か。」
「そうです。番は、“騎士の誓い”より優先されるはずです。」
「……よかろう。
しかし、ヴァルデン卿が“魔術師の番”となるとはな……我が国にとっても、まさに僥倖――
故に、はっきりさせねばならぬ。」
国王は再び表情を引き締めると、獄卒たちに合図した。
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エセルとカイルが連れてこられたのは、客室の一つだった。
てっきり、地下の尋問室にでも連れていかれると思っていたエセルは、少し拍子抜けしてしまう。
「国王はあの場ではああ言いましたけど、プリニーツの言うことなど、真に受けてないと思います。
なぁに、ルークス殿が念入りに調べてるんですから、すぐに潔白が証明されますよ。」
彼らの見張りに立ったのは儀典長で、二人の前でのんびりとティーカップに口を付ける。
国王の信任は厚いが、本来このような業務にあたる人物ではない。城内の人手不足を如実に表していた。
「ならよいのですが――、本当に私、プリニーツからの婚約は承諾していないんです。
それが、突然もう入籍しているなんて……」
エセルが不安げに瞳を揺らすと、カイルがその肩を抱く。
「彼女からの婚約の申し出を受け入れ、ご両親にもあちらには断りの連絡を入れるよう要請しました。
それ以来、私が彼女を保護しています。彼女に、あいつと結婚している暇も、婚姻届けに署名する隙も無いと思いますが……」
カイルも眉根を寄せると、ドアが突然開いた。
それは第七王女のシャーロットで、制止する侍女たちを振り切って入って来た。
「私の侍女に、嫌疑がかかってるですって?! プリニーツの妻だなんてっ!
ヴァルデン卿との橋渡しをした私の面目丸つぶれじゃないっ!
だいたい、あのブタ、目つきがいやらしいのよっ!」
シャーロットは一気にまくしたてる。
「王女殿下、エセル嬢は裁定中――勝手なことをされては困りますよ。
陛下にまた叱られてしまいます。」
侍女は慌てていさめるが、シャーロットはフンと鼻を鳴らす。
「お父様もお父様よ! エセルは名目上では私の侍女なの。
なのに、私をのけ者にするなんて――」
それから、エセルの方へ向き直ると、彼女はにこりと笑う。
「災難だったわね。大丈夫、任せて頂戴。
貴女がヴァルデン卿と婚約予定なのは、私が証言するわ!」
「――王女殿下、勇ましいのは大変結構ですが――」
開きっぱなしのドアから、声がかかる。
それは騎士隊のルークスで、一枚の書類を持って険しい表情をしていた。
「カイル団長、エセル嬢、不利な証拠が出た。
王都西教会に、婚姻届けが十日ほど前に提出され、既に受理されていた。」
「なん……だって?」
「で……でもっ、婚姻は家同士でも、署名は最終的に本人しか――
私、署名していないから偽造では……」
カイルもエセルも思わず立ち上がった。
ルークスは二人に一枚の書類を差し出す。
それは、婚姻届けで、司祭の署名や印も押された正式な物で、プリニーツの名に並んで、エセルの署名もある。
「筆跡鑑定で、本人と認められた。
残念ながらエセル嬢は、正真正銘、プリニーツ伯爵夫人だ。
婚姻は解消できても、記録は残り、傷がつく。」
ルークスが悲痛な面持ちで目を伏せる。
「そんな……、でも、最低でも宣誓式を行って、司祭の前で署名しないと成立しないですよね?
私、その期間は王都にいませんでしたし、西教会にも行ったことない――」
エセルが詰め寄るが、ルークスは首を横に振る。
「その署名の司祭も西教会も、プリニーツから多額の献金を受け取っている。
既に捜査は入って、司祭は拘束されているが――、署名が本人だと認められた以上は……」
一方、カイルは差し出された書面を、黙ったまま穴が開くほど観察していた。
紙をすかし、筆跡をなぞり、何度も裏返して――
「違う」
やがて怒ったように、書面をルークスに押し返した。
「鑑定士の目は節穴か? これはエセルの筆ではない」
「いや、ハイレンツ分析官の仕事だぞ? それに他の分析官の目にも触れている。
間違うことなど――」
「――彼らは“王宮侍女のエセル・ブラント”として鑑定したのだろう。
だが違う。彼女は筆頭付与魔法士だ」
カイルは書面を指で叩いた。
「エセルの筆跡には、必ず魔力が乗る。
だが――この署名には、それが一切ない」
「は? 筆跡に魔力? そんなの聞いたことないぞ?」
「だろうな。私も彼女以外に知らん。
だからこそ、分析官どもも見落とした」
カイルは一歩踏み込む。
「疑うなら、魔術管理局の記録と、私に送られてきた手紙、
そしてこの署名――魔力を比較すればいい。結果は一目瞭然、のはずだ。」
「わ……わかった……」
「私への手紙は、団長室の執務机に入っているから、そこから持っていけ。
分析には、魔術痕跡に長けた者を入れろ。」
ルークスは、カイルと書面を何度か見比べて、敬礼し、再び分析するために去って行った。
「大丈夫よエセル。貴女の潔白は、きっと証明されるわ。」
シャーロットがエセルの両手を取り上げて、包み込む。
エセルは声もなく、何度も頷いた。
そして間もなく――
乱暴に扉が叩かれた。
「団長!」
息を切らしたルークスが飛び込んでくる。
「出た。鑑定結果だ――
あの署名、やっぱり偽造だ」




