第三十三話 その女も死刑だ
「カ……カイルさんっ! ストップ、ストップです!
こ……これ以上はっ!」
もう数えること十回目……
絶頂から降りてきて、再び手を這わせ始めたカイルを、
エセルは必死の形相で押し戻した。
「――もう、疲れたのか? だったら――」
「いいえっ! 抜かず休まず十連戦っ! なのに、全然疲れていませんっ!
疲労感はゼロ、魔力は満タンっ! 身体の調子は絶好調! だから問題なんですよぉっ!
そろそろ、隊に戻らないとっ!」
悲鳴のような声で抗議したエセルの唇を、唇でふさいでカイルは再び手を伸ばす。
「――全権は委任した。事態は収拾したのだし、報告を聞くのは夜明けを待ってもいいだろう?」
タガの外れたカイルは、劣情にまみれた瞳でエセルを誘う。
その彼女にしか見せない表情に、くらりと流されそうになったが――
「だめですっ! ほら、さっきからテントの外――
ちょっと離れた所から、師団長か、隊長か――気配がずっとしています。
カイルさんの号令か指示か――必要が出てきたんですよっ!」
真剣なエセルの声に、カイルの瞳に理性の光が戻り始める。
深くため息をついて、彼女の脇に身を横たえると、手で目を覆った。
「――本当は、私もさっきから気が付いていた……
でも、止められなくて、何度果てても君が目に入るとどうしようもなくて――
……幻滅したか?」
カイルは指の間から、ちらりとエセルをうかがう。
その様子はまるで悪戯のバレた少年の仕草で――
エセルは思わず笑ってしまう。
「幻滅なんてしませんよ。
私だって、時間と場所が許すのなら、ずっとカイルさんとくっついていたい。
でも――、今は戻りましょう。」
エセルはそっと彼の耳元に唇を寄せると、ひそめた低い声で囁く。
「私――やっぱり、騎士団長しているときのカイルさんが――なにより好きなんです。
凛々しいカイルさんを知っているから――、
さっきみたいに歯止めが効かないの、私だけ特別なんだって……」
「――エセル……、それは、私を試しているのか……」
カイルはうめいて、それからゆっくりと身を起す。
「わかった。今は戻ろう……
だが、この一件が終わったら――長期休暇をもぎ取る。絶対にだ。」
「そうですね。
そのためにも、さっさと片付けちゃいましょう。」
エセルも身を起し、微笑んだ。
+++++
それからほどなくして――
夜は既に更け、草木も寝静まる時間だった。
だが、多くの騎士はまだ起きて事後処理に当たっている。
すっかり身なりを整えたカイルとエセルは、騎士隊の前に進み出る。
すると、騎士たちはすっかり回復したエセルを見て、歓声を上げた。
「カイル団長、一番様、回復おめでとうございます。
早速ですが――こちらをご検分いただけないでしょうか……」
進み出て来たのは、第一騎士団長だった。
彼は、険しい顔をしていた。
運ばれてきたのは一台の担架で、白布で覆われていた。
「――これは……」
カイルが歩み寄り、ちらりと白布を上げて中を見た。
が、すぐに顔をしかめて白布を戻す。
カイルですら目をそむけたくなるような、酷い状態だった。
第一騎士団長も、あまり視界には入れたくないと顔を背けて早口に言った。
「――ローデリック第五王子です。
錯乱状態に陥ったドラゴンに、運悪く踏みつぶされまして――
着衣と所持品から王子と判断しましたが、何しろ状態が悪く、我々では断定に至っておりません。」
「わかった。このまま棺に詰めて、王城に送って検分に回せ。
最終的には侍医殿と侍従長殿に判断していただくことになるだろう。」
「承知いたしました。それでは直ちに――」
第一騎士団長が合図をすれば、担架は再び運ばれてゆき、彼もまた一礼して退出して行く。
「……カイルさんでも、判断はつかなかったんですか?」
白布の中身は見なかったエセルがたずねると、カイルは深くうなづく。
「ああ……まあ、ほぼ確定だろうが――しばらく記憶に残りそうだ。
エセルは見なくて幸いだよ。」
「そう……ですか。
でも、自分のものだと思ったドラゴンに踏みつぶされて死ぬなんて――
なんだか哀れですね……」
エセルも去ってゆく騎士の背中を見送りながらつぶやくと、
カイルは少しわざとらしく明るい声を出す。
「そうでもないさ。
状態からしておそらく即死――、痛いと感じる暇もなかったと思う。
生け捕りにされていたら、拷問の末、長く苦しむことになっただろうから」
エセルはそれには答えず、しばらくその場に立ち尽くした。
+++++
翌朝、日の出とともに騎士隊は順次王都や師団の駐屯地に向けて発って行く。
エセルとカイルは罪人たち――プリニーツやセリーナ、ローデリックの遺体の護送の任についた第一騎士団と共に王城へと帰還した。
到着を今か今かと待ち構えていた国王と王太子は、嬉々として裁きの場と化した中庭へとプリニーツたちを引き立てる。
「国王陛下! よーくお考え下さい! 私は超先進国『リューセイオン王国』とコネクションがあります!
かの国と手を組めば、神聖帝国も我が王国の傘下に――」
後ろ手に縛られ、芝の上に直接跪かされたプリニーツは、発言の許可を得る前にがなり立てる。
国王は額に青筋を立てながら、怒りを通り越して笑っていた。
「――貴様、調べはついている。
我が臣民を私的に奴隷にした上、私腹を肥やし、
隣国だけでなく我が国の転覆を我が王子にそそのかし――
最終的には、自分が実権を握るつもりだったようであるな?」
「そ……そのようなことっ! 滅相もございませんっ!
私は、王国の発展こそ願いこそすれ、そのような大それたこと――」
プリニーツは、見苦しく抵抗する。
国王はますます笑みを深める。
「――貴様の死罪は、どうあがいても覆らない。
そして、最期に一つ、良いことを教えてやろう。」
国王は玉座から立ち上がると、プリニーツの少し手前でしゃがみ込み、彼と目線を合わせる。
彼は嗜虐に満ちた、低い声で囁いた。
「神聖帝国とは、まもなく国交が正常化する。
それから、貴様が頼みにしていた『リューセイオン王国』だったか?
政変が起こったそうだぞ?ラザムカルド王も処刑された――半月前に。」
「は?」
プリニーツは目を見開いて固まった。
「詳しいことは分らんが――、過ぎた文明に蝕まれ、自滅した、と。」
「そん……な……」
ガクリと彼の身体から力が抜ける。
その様子を、国王は満足げに見つめてから、おもむろに立ち上がった。
「プリニーツ伯爵家は爵位を剥奪の上、一族郎党連座。
奴隷妻以外、死刑を言い渡す。」
中庭に、国王の声が朗々と響き渡った時――
プリニーツは狂ったように笑い始めた。
「ははははははは、死刑、私が死刑っ!」
それから、傍聴していたエセルの方へと振り向いた。
「国王陛下! 今確かに、『一族郎党死刑』とおっしゃいましたねぇ?
ははははははは、エセル・ブラント、貴様も死刑だぁっ!」
中庭中の視線がエセルへと集まった。
「は?」
エセルの口から飛び出したのは、間の抜けた声――
まったく訳が分からない。
プリニーツは、なおも勝ち誇ったように笑い続ける。
「はははははっ! 貴様と私の婚姻届けは、とっくの昔に受理されているっ
そして、貴様は奴隷妻ではない――連座対象なのだよっ!」
彼は、狂気に飲まれた表情のまま、グルンと国王の方へ顔を向けた。
「国王陛下? あなたの言葉に二言はありませんよねぇ?」
「――っっ」
国王も、目を見開き戸惑いの表情でエセルを見た。
「――そうなのか? ブラント伯爵令嬢……」
エセルは慌てて力いっぱい首を横に振り、叫んだ。
「違いますっ! 婚姻どころかっ、婚約もお断りさせていただいておりますっ!
婚姻届けにもサインをしておりませんっ!!」
「ははははははは、連座だ、連座だぁっ! そいつの実家も、私の事業にがっつり噛んでるぞっ!
ほらほらぁ、その雌犬から処刑しろぉっ!」
「――婚姻の成否はともかく」
国王は苦渋を滲ませ、エセルから視線を外した。
一度「受理された公文書」の名が出た以上、王といえど無視はできない。
「騒乱防止のため、当事者は一時拘束。……ブラント伯爵令嬢を、別室へ」
国王が揺れ、罪人を管理している獄卒がエセルへと迫る。
が、その前に剣を抜き放ち、立ちはだかったのは――
騎士団総長、カイル・ヴァルデン、その人だった。




