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推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


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第二十八話 戦場の番

 出立はすでに午後も遅く、ヴェルグラート平原に辿り着いたのは、夜も更けてからだった。


 拠点は平原と北への道を一望できる丘の上に設けられ、先行した魔法士隊や近隣から駆け付けた騎士団の部隊が、せわしなく出入りしている。


 先行した魔法士隊は、夕暮れの薄明かりが残るうちに到着したらしい。

 そのときにはすでに――平原一面を埋め尽くす、大小強弱さまざまな魔獣の群れが確認されていたという。


 平原の向こう――闇の奥で、魔獣の咆哮が途切れることなく響いていた。


「――払っても払ってもきりがない……北への街道は閉鎖してるから、溜まる一方だ。

 いっそ……共食いでも始めてくれりゃ、手間が省けるんだがな」


 前線から食事と魔力補給のために戻ってきたヘルマンが、到着したばかりのカイルとエセルの顔を見て言った。


「騎士隊の正念場は夜明け頃になりそうですね……

 街道に入り込んだ強個体の駆除は、夜通しお願いすることになりそうですが――」


 マデルナはヘルマンに肩を貸しながら、遠慮のない口ぶりで続けた。


「……まあ、団長ならどうにかするでしょ。

 エセルさんもいるし」


「……マデルナさん、それどういう意味ですか……?」


 エセルがじとりと聞くと、マデルナは涼しい顔で言う。


「“魔力の(つがい)”って――要するに、命の番。

 生命力そのものを繋げて増幅できるってことですよ。

 ふれあいや交わりが深くなればなるほど、お互いに力が高まる。

 恋人同士のあなたたちなら――もう身体で分かってるでしょ?」


「なっ……」


 マデルナの言葉は、思い当たることばかりで――

 エセルもカイルも頬を染め、ぎくりとする。


「まあ、番が見つかって、それが婚約者なら、悩む理由もないだろう。

 ちょっと気は早いが――関係を進めるのも、悪くない」


「進めるって――どこまで――」


 エセルがわたわたと赤面すれば、ヘルマンとマデルナは答えず、

 ひらひらと手を振り、そのまま奥の仮眠室へと消えていった。


「ねぇ……カイルさん……。ヘルマンさんとマデルナさん……番って、そういう関係だったんですね……」


 口にしてから、エセルははっとして言葉を詰まらせる。

 自分で言っておきながら、顔が熱を持っていくのが分かった。


「……」


 カイルは一瞬だけ視線を逸らし、わずかに息を吐いた。


「……とにかく、まずは街道の視察に行こう。

 第九騎士団と辺境第十一師団が応援に来ているはずだ」



 +++++



 小高い丘から平野を望めば――

 満月の下、魔獣たちの目が無数に赤く光っていた。

 黒々とした影が、地を埋め尽くすようにひしめき合っている。


 その上空を魔法士たちが飛び交い、炎や稲妻が縦横無尽に走る。

 さらに地上からも、同じく魔法が撃ち上げられていた。


「ドラゴンが何体か――少なくとも数十体はいますね……」


 エセルは月明かりの中、神経を尖らせ、目を凝らす。


「その中でも……強個体が五体。

 これらと、まともにぶつかれるのは――カイルさんくらいですね。

 国中でも指折りの竜ばかりでしょう。」


「五体か……」


 カイルは低く呟く。


「それはスタンピードとは無関係に、引っ張り出されたな。

 あいつらは、魔獣の暴走と並行して――竜を操る術を探っていた」


「……だとしたら、スタンピードは目くらましの可能性がありますね。

 神聖帝国の戦力は詳しくは分かりませんが……あの国にドラゴンはいないはずです。

 いきなり数十体も現れれば――まともに対処できる軍は、ほとんどないでしょう」


 エセルはなおも平原を観察していたが、やがて目元を軽くこすると、カイルに振り向いた。


「意外と高位種や、ドラゴン以外の強個体はまだ来ていないようです。

 このままなら、魔法士隊の広域魔法で朝までに九割は片づけられるかと」


「――大したものだな……エセル」


 カイルが感心すると、エセルはわずかに胸を張った。


「それは――私は付与魔法士ですから……。

 言葉を発することを禁じられて、それでも騎士さんたちへ的確に付与魔法をかけるんです。

 戦況や、敵や味方の状態を読むのも、仕事のうちですよ」


「……もし付与魔法士隊と騎士隊が、もっと密に連携できれば――

 せめて言葉を交わすことができれば……」


 カイルが言いかけると、エセルは首を横に振った。


「……それは……あまり良くない気がします。

 さあ、街道まで応援に行きましょう。

 ……ほら、もうドラゴンが二体、こちらに向かっています」


 カイルはエセルを乗せたまま、丘を駆け下りた。

 第六騎士団の部隊も、それに続く。


 付与魔法士の二番と三番も騎士と同じ馬に乗り、

 前線に着くなり、負傷者の回復や騎士たちの強化、疲労軽減に次々と対応していた。


 カイルは愛馬ノクスを後方に預け、エセルとともに徒歩で前線へと向かう。


「筋力増強――、体力増強――」


 エセルはすれ違い、追い抜く騎士たちへ、次々と付与魔法をかけていく。

 魔獣と組み合っていた騎士たちは、たちまち形勢を覆し、魔獣を屠っていった。


「――筋力増強、帯電と畏怖を付与……」


 最前線に踏み込む直前、カイルにも付与を施す。

 帯電は彼の身体を淡く紫に輝かせ、畏怖は並みの魔獣を本能的に退かせる。


 ――ふふふ……ぴかぴか光ってても、カイルさんはかっこいいですねぇ。

 どこにいても、絶対見失いませんよっ。


 久々に余裕のある戦場に、エセルは思わず笑みをこぼした。


『『グォォォォォォ』』


 やがて咆哮とともにカイルの前に立ちはだかったのは、二匹の竜――

 中型の若い個体。だが、並の魔獣とは比べ物にならない威圧を放っていた。


「バルザック隊は右の竜を引き付けろ! ヘンドリック隊は左から私を援護しろ!

 一体ずつ確実に仕留めるぞ!」


 カイルが号令をかけると、すかさずエセルが各隊に付与魔法をかける。


「筋力増強、速度二倍! 疲労軽減および遅延抑制、各個シールド展開っ! 勇猛付与っ!」


 途端に騎士も馬も勇んで竜へと立ち向かってゆく。


「――さすが一番……

 しかし、私以外の男に魔法をかけるのは……どうにも、複雑な気分だな」


 部下を見やりながら、カイルがぼそりとつぶやく。


「……魔力補給は、あなただけですよ」


 彼の背に追いついたエセルが言うと――


 カイルは一瞬だけ振り返り、

 次の瞬間、彼女の唇を奪った。


「すぐ片付けて戻る」


 そう言い残すと、彼は猛然とドラゴンへと向かって走り出した。


 エセルの身体にも、かすかに紫電が伝う。

 その余韻に、彼女はぞくりと身を震わせた。



 北森の王・ドレークを一太刀で屠ったカイルにとって、並みのドラゴンはもはや敵ではなかった。


 バルザック隊が一匹を引き付けている隙に、もう一匹を瞬く間に斬り伏せる。

 返す刃で、引き離されたもう一匹にも斬りかかり――そのまま屠った。


 だが、竜が倒れて生まれた空白には、

 平野で魔法士隊の広域魔法に追われた魔獣たちが、次々と流れ込んでくる。


 それを騎士隊の部隊と共に薙ぎ払い、切り捨て、押し返し――


 月が山の向こうへ沈む頃には、街道へ迫る魔獣の数も、はっきりと減少していた。


「――少し、休憩をとる。

 各隊も交代で休み、夜明けの総攻撃に備えろ!」


 カイルは声を張り、ベアウルフを切り捨てると踵を返す。

 彼が抜けた場所には、後方からやって来た第九騎士団の部隊がすかさず入った。


 前線からやや後方で付与魔法をかけ続けていたエセルは、即座にカイルへと駆け寄る。

 さして強くはない魔獣とはいえ、かれこれ三時間は斬り続けたカイルの呼吸は荒く、疲労の色が浮かんでいた。


「――大丈夫ですか?! すぐに回復促進を――」


 エセルが手を伸ばした、その瞬間。


 カイルはその手を掴み、強く引き寄せると、そのまま彼女を抱き上げた。


「魔法より――君が必要だ」


 低く、息の混じる声で囁かれる。


 その目に宿る熱に、エセルは思わず息を呑んだ。


「……みんなから見えないところがいいです。

 私も……少し疲れました……」


「もちろんだ」


 カイルは短く応じると、歩調を速めた。


 そのまま二人が身を滑り込ませたのは、後方に設けられていた将官用の仮設テントのベッドで――


 最後の一線は守ったものの、

 二人の距離は確かに、これまでよりも近づいていた。

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