第二十七話 仕組まれた戦火
カイルは、すぐに出立の算段を立てた。
しかし――王都の兵力の大半は、ローデリックによって洗脳され、所在すら掴めない。
すぐに動かせる手勢は、第六騎士団の三部隊のみだった。
「スタンピードみたいに魔獣がごった返してるなら、俺たち魔法士隊が広域魔法で露払いをする。
騎士隊は、討ち漏らした高位個体を叩いてくれればいい」
ヘルマンはそう言いながら、通信機を取り出す。
「ローデリックの連中は、魔法士隊までは連れて行けてない。
――戦力は、王都に丸ごと残ってる」
「国中の魔獣たちが北森へ向かっているなら、本隊は必ず一度、ヴェルグラート平原に集積するはずだ。
……ならば、我々はそこで待ち構えるべきだろうな」
「ああ。すでに北森へ到達した個体については、騎士隊の残留部隊で対処可能だ。
付与魔法士も五名ついている――魔法士隊も、高位者数名に急行させている」
ヘルマンが通信機のフタを、パチンと音を立てて閉めた。
「ヴァルデン卿、テルダム卿――」
背後から声をかけてきたのは、王太子を伴った国王だった。
カイルとヘルマンは、即座に膝をつき、こうべを垂れて最敬礼を示す。
「――ドレーク討伐、ならびに王城における洗脳の排除、ひいては王国への献身。
その功、いかに言葉を尽くしても足りぬ。深く感謝する。
……そして。
その禍の一端が、我が子にあること――
これは、王としてのみならず、一人の父として、まことに慚愧に堪えぬ」
王は二人から視線を外し、わずかに間を置いてから、俯いたまま言葉を絞り出す。
「第五王子ローデリック、および彼に与したすべての者を捕らえよ。
――生死は問わぬ。
その全権を、汝らに委ねる」
「承知いたしました、陛下。
洗脳下にある我が騎士団の同胞は――」
カイルがたずねると、国王はようやく視線を上げた。
「無論、その意志に反して従わされている者の罪は問わぬ。
その見極めはテルダム卿の専分であろう。
騎士団は魔法士隊と協働し、これにあたれ」
「「はっ!」」
カイルとヘルマンが声を揃える。
その直後――
国王の肩が、わずかに落ちた。
王太子が無言で歩み寄り、その身体を支える。
そのまま静かに、玉座へと導いていった。
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「あー、まだいてくれてよかった」
カイルがヘルマンと一旦別れ、騎士隊の駐屯所へ向かおうとした、そのときだった。
少し離れたところから、聞き慣れた声が飛んでくる。
振り返れば、第一騎士団の諜報を担うルークスが、紙束を抱えて駆け寄ってきていた。
その腕の中には、明らかに一度や二度の報告では済まない量の書類が積み上がっている。
「――その量を、今聞いている時間はないぞ」
カイルが眉をひそめると、ルークスは涼しい顔で笑った。
「こっちは情報を集めるしか能がない隊でね。必死でかき集めてきたんだ。
……ってのは冗談だ」
彼は肩をすくめる。
「……口頭で、端的に報告しろ。
書類はすべて終わってから目を通す」
「――王城の粛清が始まってすぐ、我が隊はプリニーツ邸へ突入した。
家宅を捜索し、資料および証拠品を多数押収。使用人は全員拘束、地下に拘束されていた奴隷もすべて保護している。
――現在は、伯の違法薬の製造拠点に踏み込んでいる最中だ」
「――仕事が早いじゃないか。」
カイルが低く言うと、ルークスは肩をすくめ、書類の束から一枚を抜き取った。
「まずはこれだ。
――ここから先が、本題になる」
カイルは渡された書類に素早く目を走らせる。
――が、次の瞬間、その表情が強張った。
「……おい、これは――
先日のヘルハウンドも、今回のスタンピードも……プリニーツの仕業か」
「ああ」
ルークスはあっさりとうなずく。
「あいつらは、地下の性奴隷と違法薬物で資金を稼ぎながら、
自分たちに組する人脈を広げていた。
同時に、魔獣を操る術の研究も進めていたらしい。
――そして今、それを実戦に投入した」
「――なぜ、今なんだ?
“魔術師の塔”の件と言い、性急で場当たり的な感が否めないが……」
カイルがいぶかしむと、ルークスはわずかに距離を詰め、声を落とした。
「――まだ公にはされていないが、神聖帝国の現聖帝が崩御した」
その一言で、空気が変わる。
「加えて――奴らは、以前から探していた“言霊の聖女”を確保した」
「“言霊の聖女”?」
カイルが聞き返す。
ルークスは、さらに声を潜めた。
「――言葉ひとつで人を惑わす、神聖帝国の元公爵令嬢。
セリーナ・アルシア……お前の“妹”だ」
「……」
カイルは絶句した。
「――ローデリックは、スタンピードを神聖帝国へ誘導するつもりだ。
混乱に乗じて、帝位を奪うためにな」
ルークスは、珍しく笑みを消したまま言う。
「セリーナ・アルシアは、この計画の中枢――
正直、ヴァルデン侯爵家はかなり危うい。身の振り方を一つ誤れば、お前の首も飛ぶ。
急ぐべき時だが――ここで踏み外すなよ」
カイルは青ざめた顔でルークスを見返す。
「――忠告、感謝する。
引き続き、情報の確保に当たってくれ」
ルークスの背中を見送って、
ずっとカイルのそばで黙っていたエセルが、そっと彼の袖を引いた。
「――私……のせい、ですよね。
私が、セリーナさんに魔力鑑定なんて勧めたから……」
カイルは、彼女の頬から血の気が引き、指先が震えているのを見て、
無言のままその肩を引き寄せた。
「――貴女のせいではない。
あれは、もともと歪んでいた」
低く言い切る。
「公爵家復興の野心は、以前から隠そうともしなかった。
それを放置した侯爵家が咎められるべきで、――貴女は、当然のことを言っただけだ」
カイルは彼女の震える手を、両手で包み込んだ。
「……それよりも、今はスタンピードを何とかしないといけない。
ローデリックの計画が成功するかどうかに関わらず、他国に魔獣を送り込んだ形になれば――
このままでは、各国と戦争になる」
カイルとエセルは、北森からの旅支度のまま待機していた第六騎士団の分隊と合流し、
ほどなくヴェルグラート平原へ向けて王都を発った。
魔法士隊は箒で先行している。
「――聖帝が崩御されて、そこに魔獣のスタンピードがなだれ込んだとして……
第五王子が神聖帝国の帝位を奪うなんて、本当に可能なんでしょうか」
馬上では、カイルの前がすっかり定位置になったエセルが問いかける。
「その条件に加えて、プリニーツの財力と人脈、セリーナの魅了がそろって……
ようやく五分、といったところだろう」
「そんな低い可能性に賭けてるんですか?
なんだか、第五王子はともかく、プリニーツはらしくないですね……」
エセルが首をかしげると、カイルもわずかに頷いた。
「ああ、確かに。
まだ我々の知らない隠し玉を持っている可能性もあるが――
それだけ、亡命貴族たちが追い詰められていた、という見方もできる」
「……あの、国交正常化の話ですか?」
「そうだな。
亡命貴族が十年前のクーデターに執着しているように、神聖帝国でも、あの出来事は深い傷として残っている。
公表はされていないが――今でも亡命貴族の暗殺は、断続的に起きている。
国交が回復すれば、彼らに対する粛清も、さらに激しくなるだろう……」
「――暗殺なんて、王国は許しているのですか?」
「許してはいない。だが、止めることも難しい。
……実のところ、保守派には新興派や亡命貴族を快く思っていない者も多い。」
「――セリーナさんに会ったら……どうしますか?」
エセルが唐突に話題を変えた。
カイルは一瞬、言葉を失う。
それでも、やがて口を開いた。
「洗脳されているかは確認する。
だが……あれの性質を考えれば、その可能性は低いだろう。
捕縛することに、ためらいはない」
まっすぐ前を見据えたまま、続ける。
「必要とあれば、切り捨てることも辞さない。
――自分の意志で王子と共にあるのなら、
それはもう、そういう選択をしたということだ」




