第二十六話 ドレークのいない森
カイルは、北森の臨時守備部隊の指揮を第一騎士団長へと戻し、
バルザック以下三部隊を率いて、王都へと馬首を返した。
エセルをはじめ、一番から三番までの付与魔法士も、覆面を付けて同行している。
王都を出てから、すでに二日。
ドレーク討伐の伝令は、その日のうちに発っている。
昨日の夜明けには、すでに王都へ届いているはずだった。
「なぜ、国交正常化に反対している亡命貴族派が北森を無防備にしたんでしょうか
……王国と神聖帝国の現聖帝が親交を深めれば、自分たちの立場が危うくなるはずですよね?」
馬上で、カイルの前に座っていたエセルが首をかしげる。
「そうだな……今は大きく西へ迂回するルートしか道はないが、北森が通れるようになれば、人も物も、往来は一気に容易くなる。
亡命貴族を受け入れて以来、関係は冷え切っているが、元は王国最大の貿易相手だ。保守派は再開を今も望んでいる」
「ドレークが居なくなって喜ぶのは、保守派ですよねぇ……。なんでプリニーツ伯は神聖帝国への最短ルートを開きたいのでしょうか……それに、国交があった十年前もドレークはいて、北森は通れなかったんですよ?」
「――わからん。何か企んでいるとしか……」
二人は答えの出ない問答を繰り返し、やがて一行は王都の門をくぐった。
門兵に止められることもなく、すべては平常通り――
唯一の違和感といえば、いつもは王都を巡回している騎士隊に一度も出会わないことくらいだった。
「おかしいな……南面の第四騎士団に、王都警邏の応援を要請したはずなのだが……第一騎士団の残留部隊も見えないぞ……」
カイルは眉間にしわを寄せながら、それでも日常の王都の中を進んでゆく。
やがて、王城の大門が見え始めた高級貴族街に差し掛かった時であった。
「カイルっ! いいところに来たわ!
あなた、ねぇ、何か知らない?!」
ヴァルデン侯爵家の屋敷から飛び出してきたカイルの母――侯爵夫人が、叫び声をあげた。
カイルは手綱を強く引き、急停止させる。
「母上? どうかいたしましたか?!」
「セリーナちゃんが帰ってこないの!
昨日出立したローデリック殿下の遠征隊と一緒だったって、見た人が――!」
慌てふためいた侯爵夫人の話は要領を得ない。
カイルが困惑していると、父のアルベルトも門から出てきた。
「父上、急いでおりますので馬上から失礼――セリーナがどうしたのです?」
カイルが断りを入れてたずねると、アルベルトは眉根を寄せたまま、抑えた声で語り出す。
「実は……二日前に、セリーナを魔力測定に――魔術管理局へ連れて行ったのだが……
それっきり、私たちはあの子に会わせてもらえていないのだよ」
「なんですって? セリーナを魔術管理局へ連れて行ったんですか?」
カイルの表情が一気に険しくなる。
今度は侯爵夫人が、ハンカチを握りしめたまま、震える声で言った。
「ええ、エセルさんも、『一度魔力測定をして、能力や強度を知っておいた方がいい』っておっしゃっていたでしょう?
だから、すぐに局に連絡を入れて――そしたら、すぐにでも連れて来てくれって――」
「それで、私たちはセリーナを連れて行ったのだが……すぐに別室に通されてな。その後は『ご両親はお引き取り下さい』と。粘ったら、ローデリック殿下の名を出されて――衛兵につまみ出された」
アルベルトは平静を装っていたが、その声には隠しきれない焦りがにじんでいた。
「殿下の名を出されては、我々もどうしようもない……
しかしな、あの子は神聖帝国の元公爵家令嬢……ローデリック殿下と行動を共にしているなど……
悪い予感しかしない。」
「……ローデリック殿下の母君は――神聖帝国の皇女殿下……でしたか?
実父は、失敗した政変の首謀者だったとか――」
カイルが記憶を手繰り寄せれば、アルベルトは深くうなずいた。
「ああ。殿下は今では亡命貴族の旗印だ。
そんな相手に、アルシア公爵家の再興を夢見るセリーナが連れていかれたとなると……」
――ローデリック殿下の遠征、亡命貴族、神聖帝国への最短ルート……
そして、アルシア公爵家の生き残り、セリーナ……
カイルの中で、ひとつひとつのピースが、一本の線へとつながってゆく。
――いや、まさか……まさか、な。いくらなんでも無謀すぎる。
カイルは思い浮かべてしまった最悪のシナリオを、思わず首を振って打ち消した。
「――父上、私も最善を尽くしますが、万が一の時には、お覚悟ください」
「おまえも、やはりそう思うか……もちろんだ」
同じ想像に至った父子の様子に、侯爵夫人だけは取り乱し、烈しく首を横に振る。
「い……いやよっ! いやっ!
だってあの子は箱入りで、世間知らずなのよ?
だから、亡命貴族や役人の口車に乗ってしまっただけで――何にもわかっていないのよ」
「セリーナも大事だが――侯爵家を守ることの方が大切だ……来年には、孫も生まれるのだぞ? いざとなったら、何を切るべきか――お前も分かるであろう」
アルベルトの非情な言葉に、侯爵夫人はその場にしゃがみ込み、泣き崩れた。
「――王城へ報告があるので、私はそろそろ……
父上と母上は、大勢が決するまで屋敷で静かにしていてください。また連絡します」
カイルが礼の姿勢をとると、アルベルトも姿勢を正す。
「わかった。母さんは任せてくれ。気を付けて――」
馬は再び王城へと歩み出し、カイルに続く騎士たちも、侯爵夫妻に軽く礼をしながら、その場を通り過ぎていった。
王城の大門をくぐると――
そこには、異様な光景が広がっていた。
城の前庭、芝生が貼られた広場に、大勢の文官や武官、それから貴族も――
荒縄で縛められ、ある者は枷を付けられ、何人かはすでに吊るされていた。
指揮を執っているのは王太子で、国王も仮設の天幕に置かれた玉座から、険しい顔でそれを見守っている。
「――一体これは、何の騒ぎですか……?」
帰還の挨拶もそこそこに、カイルが戸惑いながらたずねると、王太子は肩をすくめる。
「――反逆者の処分だよ。クーデターがあったんだ」
「……クーデター……?」
繰り返したカイルに、王太子は塔の方を顎でしゃくった。
視線を移せば、塔の窓から何人かの男が吊るされている。
おそらく死んではいない。
だが、死ぬまで――いや、死んだ後も、朽ち果てるまで吊るし続けるもの……
その男たちは、魔術管理局のレイブル次官とその部下だった。
呆然としていると、後ろから突然声を掛けられる。
「お疲れさん、ドレークを一人で屠ったんだって?
ますますバケモノじみて来たねぇ」
振り返れば、そこにはヘルマンが立っていた。すぐ後ろにはマデルナも控えている。
「へ……ヘルマンさんっ! マデルナも! 無事だったんですね!?」
カイルの横に控えていたエセルも二人に気が付き、覆面の下で表情を崩した。
「――じゃあ、俺は忙しいから、あとはヘルマンから聞いて。
何かあれば、逐一報告してくれ」
王太子は二人をヘルマンたちに押し付けるようにして、そのまま仕事へ戻って行った。
「……一番って呼べばいいのかな? それとも、もうカイル団長に言った?」
ヘルマンが眉根を下げて、どこか気遣うように問えば、エセルはおもむろに面布を外す。
「言いました。言ってしまいました。なので、エセルでいいです」
「そう。それは、おめでとう」
ヘルマンは、小さく息をついて、わずかに寂しげに言った。
「――そこまで関係が進んでしまったなら、エセルさんも、個人契約をすればいいですよ。私みたいに」
ヘルマンの後ろに控えていたマデルナが、突然口を開く。
「えっ? マデルナさん? ええっ?!」
エセルが目を白黒させれば、ヘルマンも何でもないことのように告げる。
「――ああ、マデルナね、実は付与魔法士なんだよ。で、俺の『魔力の番』。個人契約してるんだ。おかげで今回も窮地を脱せたけど」
「エセルさんも知っていると思うけど――付与魔法士って、基本的に支援魔法も魅了魔法も、なーんにも効かないでしょ?
だから、あのセリーナって小娘が魅了をかけてきても、私だけ正気だったってわけです」
澄まして言ったマデルナに、エセルはまだ理解が追いつかない。
「えええええーーーっっっ、マデルナさんって、ただの事務員さんじゃなかったのぉぉぉっっっ!」
思わず上げたエセルの声に、騎士たちも、拿捕された役人や貴族たちも、一斉に振り向いた。
+++++
ヘルマンたちの話によれば、ドレーク討伐の知らせが届いたのと同時に、ローデリックとプリニーツは挙兵した。
セリーナの精神魔法で、王城にいた国王や王太子をはじめ、役人たちを意のままに操り、神聖帝国への侵攻を認めさせたという。
さらに、王都に駐屯していた第一騎士団の一部と、到着したばかりの第四騎士団も魅了。
彼らと亡命貴族、それからセリーナを伴って出兵していったという。
レイブル次官は、四十八時間後に禁呪のいましめが解けるのを待ち、あらかじめセリーナが洗脳したヘルマン以下魔法士隊を率いて合流する予定で、王城に残っていた。
「――奴ら、私のこと、まったくノーマークだったんですよ。ふふ、詰めが甘いんです。
ローデリックたちが出発した後、私たちの術が解けているのにも気づかないで、べらべら作戦をしゃべるんだから、もう間抜けで――」
マデルナが笑う。
「こっちも手薄だからさ、敵が手薄になるまで待っていたら、本隊は取り逃がしちゃったんだけどね。
でも、国王陛下も王太子殿下も、すぐに洗脳を解いた。
それから片っ端から役人どもや貴族たちの洗脳も解いてやってさ、敵と味方を分けて今に至るっと」
ヘルマンもへらへらと笑った。
「――しかし、ローデリック本隊とはいえ、亡命貴族と洗脳された第一騎士団の一部、それから第四騎士団だろう?
その少ない手勢で神聖帝国に乗り込むなんて、正気の沙汰ではないぞ」
カイルが腕を組み、首をかしげる。
「ああ、西の街道は封鎖しているし、北森にも大量の騎士隊が投入されている。
あの人数で突破なんて夢のまた夢だよ。
まあ、だから我々もさして慌てていないのだがね」
ヘルマンの言葉に、カイルは納得しつつも、なお首をひねっていた。
「伝令――っっっ!」
突如、前庭に少年兵の悲鳴のような声が響いた。
その場にいたすべての者が、彼へと視線を向ける。
「スタンピードですっ! 大規模な――魔獣のスタンピードが各地で発生っ」
カイルの目が――ヘルマンもエセルも――大きく見開かれる。
「ドラゴンを含む魔獣の大群が――北森に向かって進んでいますっっっ!」
――北森へ。
ドレークのいない北森へ、魔獣の大群が向かっていた。




