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推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


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第二十四話 確信の口づけ

 竜を真っ二つに切り裂いた勢いのまま、カイルの長剣は地面へと深々と突き刺さった。

 同時に、膝をついたカイルの身体も、大地を抉るように沈み込む。


 切断された竜の巨体から、血が勢いよく噴き出した。

 それは雨のように降り注ぎ、カイルの全身を赤く染め上げる。


「カイルさんっ――!」


 ――大丈夫。シールドは簡易で十分。

 跳躍は筋力五倍、重力六分の一、揚力三倍で――


 エセルは、自らがかけた支援魔法を必死に思考の中でなぞりながら、

 無我夢中でカイルへと駆け寄った。


「エセル――」


 カイルがかすかに名を呼んだ、その瞬間。


 エセルは、付与魔法士の純白の衣装が汚れるのも構わず、彼をかき抱いていた。


「カイルさんっ――」


 カイルは彼女の背に手を回そうとして、血まみれのありさまに一瞬ためらう。

 が、すぐに力強く彼女の身体を抱き返す。


「私は無事だ――。君が的確に支援してくれたから。」


「――本当? 本当に? どこも痛くないですか?」


 エセルは身体を少し離し、鎧の上から確かめるように触れる。


 カイルはくすりと笑った。


「……鎧の上から確かめられてもな」


 そう言いながら、ふと手を伸ばし――

 覆面の端をつまみ上げる。


「それよりも――」


 露わになった口元に、迷いなく唇を重ねた。


「ん……んん――」


 角度を変え、さらに深く。

 まるで貪るように、カイルはエセルを求める。


 エセルはぎゅっと目を閉じ、その熱に翻弄されながらも、必死に受け止めた。


「カ……カイル……さんっ!」


 ようやく唇が離れた、その一瞬。


「――戦闘後の口づけは、君への“ご褒美”……そう思っていたか?」


 低く、囁くような声。


「ち……違うんですか?」


「……唇を合わせるようになってからは――」


 わずかに息を乱しながら、カイルは続ける。


「どちらかというと、私の方が恩恵が大きい。

 身体の回復が……まるで違う」


「え……? はぁ――?」


 驚きに開かれた唇に、再び唇が重ねられる。

 深く、逃がさぬように。


 ――相手の血や体液は、甘美な媚薬にもなり得るし、

 時に驚異的な回復をもたらすこともある――


 いつかヘルマンが語っていた言葉が、ふと脳裏をよぎる。


 けれど――


 その思考もすぐにほどけ、熱に溶かされていった。




「――あー……えーと……。あの竜を一刀両断は、まあいい。普通にすごい」


 一瞬前までは、語り継がれるであろう討伐劇だったはずが。


「……で、これは何を見せられているのだ?」


 血煙の向こう側。

 突如として繰り広げられる“恋人のそれ”に、ハイン公爵は額を押さえた。

 ついでのように、小姓の目はきっちりと手で覆っている。。


「――団長は、“一番様”を得られたのです」


 そばにいたバルザックが、静かに告げた。


「唯一の(つがい)であるお方と結ばれたからこそ――

 あれほどの力を引き出せる。

 だからこそ、お独りで巨竜を屠ることができたのです」


 その眼差しは、まるで奇跡を前にした信徒のそれだった。


 ハイン公爵は、なおも理解しきれぬまま、わずかに首をかしげる。


「……まあ、いい」


 短く言ってから、ハイン公爵はふっと肩の力を抜いた。


「あの竜を仕留めた。それで十分だ。

 秘密の一つや二つ――守る価値はある」


 ようやく唇が離れる。


 ――その瞬間になって、エセルは気づいた。

 衆人環視の中で口づけを交わしていたことに。


「え……っ、あの……っ」


 慌てて身を引こうとした、その時――


 騎士たちが勝鬨を上げた。


 地鳴りのような歓声とともに、彼らは次々と二人のもとへ雪崩れ込んでくる。


「団長! しびれましたっ!」

「まさかお独りで一刀両断とは……!」

「やっぱり、一番様と団長のコンビは最高だっ!」


 口々に讃えるその声に、揶揄や冷やかしの色はない。

 あるのはただ、純粋な敬意と興奮だけだった。



 +++++



 巨竜ドレークの遺体は、ハイン公爵家が引き取り、処理されることとなった。


 長命を誇ったその身には、並みの竜を遥かに凌ぐ高品質の魔石が宿っている。

 鱗の一枚一枚に至るまで、計り知れない価値を持っていた。


 その一部は後日、王国へ納入される取り決めである。

 得られる利益は、被害を受けた領地の復興に充てられる。


 騎士隊の大部分は、被害状況の把握と、被災した国民やエルフたちの支援のため、しばらくこの地に逗留することが決まった。


 指揮権を再び第一騎士団長へ委ねたカイルは、エセルを伴って天幕へと戻る。


 ――無論、やましい理由ではない。

 単騎で竜を屠るという無茶をした、その身体を診るためであった。


 簡易ベッドに腰かけて、血まみれの鎧を脱げば、汗に濡れた肌が露わになる。


 ――はわわわわわ、傷一つない……真珠みたいに艶やかな、筋肉っ……!


 エセルは覆面の下で頬を赤く染めながら、濡らした手ぬぐいをそっと当てた。

 拭いながら、その身体に異常がないか、慎重に確かめていく。


「ああ。――“一番様の口づけ”は、何よりの特効薬、だな」


「――っ!」


 エセルは覆面の下で息を呑み、思わず肩を震わせた。

 指先がきゅっと縮こまり、その場で小さく身をよじる。


 それでも何とか気持ちを立て直すと、彼女はカイルへとまっすぐ向き直った。


「あの……カイルさん……」


 もじもじと視線を落としながら、言葉を探す。


「なんだ?」


 カイルはすでに答えを知っているような顔で、静かに促した。


 エセルはしばらくためらい――やがて決意したように顔を上げる。


「――やっぱり、私たちは……“魔力の(つがい)”なんですよね?

 いつから……知っていたのですか?」


「――確信したのは、初めて口づけを交わしてから、だが……。

  ずっと以前から、予感めいたものはあったな。」


 カイルは遠くを見つめ、記憶を手繰るように目を細めた。


「君の初陣の後――

 初めて、君に跪いたとき」


 静かに、言葉を選ぶ。


「その指先に口づけを落とした、あの瞬間から――

 私はずっと、君に惹かれていた」


 そっと手を伸ばし、エセルの手を包み込む。


「そんな前から――」


 エセルは小さく息をつき、それから覆面に手をかけた。


 ためらうように指をかけ――

 やがて、ゆっくりとそれをまくり上げる。


「――私が……エセル・ブラントが、“一番”だと気が付いたのは……?」


 露わになったその顔に、カイルは目を見張った。


 息を呑む。


 次の瞬間には、引き寄せられるように、その頬へと手を伸ばしていた。


「君が釣り書きを送ってくれた時に――

 添えられていた手紙から、よく知る君の魔力の気配がした」


 カイルは静かに言う。


「それで――確信した」


 引き寄せるようにエセルを抱き寄せ、そのまま腕の中に閉じ込める。


「この機会は逃さない。

 必ず、君を手に入れると決めた」


「私は――」


 エセルもまた、そっと彼の頬に手を伸ばした。


「ずっと……ずっと前から、カイルさんに夢中でした。

 いつからなのかも、もう思い出せないくらい」


 目を細めて、かすかに笑う。


「ああ、知っていたよ。

 君はいつも、まっすぐに私を見ていた」


「……お恥ずかしい限りです」


 小さくうつむき、そして――もう一度、顔を上げる。


「でも――今は、少し違うんです」


「――というと?」


 カイルが首をかしげる。

 エセルは一度つばを呑み込み、覚悟を決めたように彼を見つめた。


「あなたを、誰にも渡したくない」


 一歩、踏み込むように。


「戦いの後のキスも……私だけのものに、してほしい」


 その言葉が落ちた瞬間。


 カイルはエセルを引き寄せ、強く抱きしめた。

 そのまま唇を奪い、逃がす隙も与えない。


「――エセル」


 低く名を呼びながら、彼女を簡易ベッドへと押し倒す。


 覆いかぶさるように距離を詰め、そのまま腕の中へと閉じ込めた。


「キスも……それ以外も」


 唇が触れ合う寸前で、囁く。


「すべて、君だけのものだ」


 再び唇が重なる。

 衣擦れの音だけが、静かな天幕に満ちていた。


「団長――第二騎士団の“いとし子”捜索部隊が帰還いたしました!

 至急、本部までいらしてください!」


 外からの声が、鋭く空気を裂く。


 その瞬間――


 二人の動きが止まった。


 エセルは息を呑み、カイルの腕の中で強張る。


「……わかった。すぐ行く」


 低く応じると、カイルは小さく息を吐いた。


 名残を断ち切るように、そっと、その乱れた裾を整える。


 エセルは深く息を吐き出し――

 たまらず両手で顔を覆った。


 二人とも――耳の先まで、真っ赤に染まっていた。


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