第二十三話 弔いの一太刀
エセルたちが、付与魔法士たちを伴って臨時拠点を一歩踏み出した、その瞬間――
外の空気は、すでに戦場のそれに変わっていた。
入り口を警護していた第六騎士団の分隊は、プリニーツ伯の私兵と激突している。
「団長っ! こいつら、俺らを潰しに来てる――!」
後方で指揮を執っていたバルザックが叫んだ。
「今までが手ぬるかったんだ……これが、一貴族の私兵か?! 動きが統制されすぎてる!」
「王立騎士隊が押されるなんて――ありえん……!」
負傷兵を前線から引き上げながら、騎士たちが吐き捨てる。
「――一番。こんな乱戦じゃ、味方だけに付与なんて無理よ」
二番の面をかぶった付与魔法士が、エセルに耳打ちする。
「私がやる。――前線は任せて。貴女は負傷者を」
エセルは一歩、前へ出た。
そのときだった。
魔法士たちのポケットで、一斉に通信装置が震える。
「――臨時拠点の接触点を変更完了! 六番から八番です!」
仲間の魔導士の声を聞いた瞬間、エセルは覆面の下でニヤリと笑った。
――背後は、もう気にしなくていい。
「四番以下五名は、魔法士隊の箒で、先行した騎士団の援護に急行して!
負傷者の救護と、足止め程度の支援でいいわ!
一番から三番はこのままカイル団長と共に突破するわよ!」
付与魔法士を乗せた魔法士隊は一気に高度を上げ、一直線に北へと駆け上がり、瞬く間に視界から消えた。
二番と三番は、負傷した騎士の手当てに入る。
致命傷はない。戦線復帰は可能だった。
エセルは、交戦中の騎士一人一人に狙いを絞り、次々と支援魔法を叩き込んでいく。
――スピード。体力。一撃の重さ。
普段は魔獣に向ける力を――人に振るう。
押されていた騎士たちの動きが、目に見えて変わる。
「突破を優先しろっ! 仲間が待っているぞ!」
戦況の変化を見て取ったカイルが号令を飛ばすと、馬に飛び乗り、エセルを片手で引き上げた。
それから一刻も経たぬうちに――
プリニーツ伯の私兵を振り切り、王都を抜けて北へと駆けた。
騎士隊の前線基地は、北森から村三つ離れた街道沿いに設けられている。
「団長! ドレークは森に面したアデリア村で辺境第十六師団を殲滅ののち、
ケッフェの古城付近にて、王立騎士隊およびハイン公爵領騎士隊と交戦中です!」
待ち構えていた第一騎士団が、カイルの馬へ駆け寄り報告する。
「先行した付与魔法士どののご助力で、何とか食い止めています……が、長くは持ちません!」
「老竜ゆえの鈍足に救われました……! でなければ、すでに突破されていたでしょう」
前線から怪我や疲労で引き揚げていた第五騎士団、第八騎士団の隊長たちも、口々に声をあげた。
「ケッフェの古城に誘い込んだのか――あそこなら人里から離れている。……よくやった。」
手綱を引き、歩みを止めたカイルが告げると、張り詰めていた隊長たちの表情がわずかに緩んだ。
「カイル団長っ! 至急、お耳に入れたいことが――!」
今度は、先行した第二騎士団長のエリック・フィンゼンが、一人のエルフの老人を伴って駆け寄ってくる。
彼の着衣は血と泥で汚れており、六番の覆面をした付与魔法士も、その傍らにいた。
カイルは即座に下馬し、最敬礼をとった。
森の民に対する、王国の正式な礼である。
だが――
エルフの老人は、力なくうなだれていた。
「北森に住むエルフの村落の村長です。
今回のドレークの狂乱で、森のエルフも壊滅的な被害を受けたと――」
エリックに促され、村長は沈痛な面持ちのまま、ようやく言葉を絞り出した。
「――あの古竜……ドレークの、“いとし子”が……殺された」
「……“いとし子”?」
カイルが問い返すと、騎士団長が低く補足する。
「“つがい”のような存在で――エルフの少女だったそうです」
村長は、かすかに肩を震わせた。
「……“いとし子”の血痕が、村へと続いていた。ドレークは……村を薙ぎ払った。
今も、“いとし子”の遺体を追っている……」
「……それが……あの穏やかな古竜が、錯乱した理由か」
カイルは、言葉を噛みしめるように呟いた。
村長は、目を伏せたまま深くうなずいた。
「もう、ああなってしまっては、元には戻らない。
……その命を絶つしか、救いはない」
わずかに声を震わせ、顔を両手で覆う。
そして――その場に崩れ落ちるように膝をついた。
北森のエルフは、王国とも良好な関係を築いていた。
殊に、壊滅した辺境第十六師団とは、伝統的に合同軍事演習を行っていたと、カイルも知っている。
カイルは村長の前に膝をついた。
王国騎士としての、最大限の敬意を示す姿勢である。
そして――剣を胸の前に掲げる。
「――必ず、止めてみせましょう」
静かに、しかし確固たる声で言葉を紡ぐ。
「“いとし子”を必ずや見つけ出し、彼女を弑した者を捕らえ――
必ずや、裁きを下します」
やがてカイルは立ち上がり、静かにエセルの前へと歩み寄った。
「――私に力を」
その声音には、揺るぎない決意が宿っている。
「……あの古竜を、ひと太刀で。
苦しむ暇もなく、絶命させる力を――授けてほしい」
真剣なまなざしを受け、エセルはごくりと喉を鳴らした。
――その願いの意味を、理解して。
そして、静かに覚悟を決めた。
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指示は即座に実行へと移された。
第二騎士団には、エルフの村やアデリア村の生存者の支援と、“いとし子”の捜索を任せ、
カイルは第六騎士団の三部隊を引き連れ、すぐさまケッフェの古城へと馬を駆った。
付与魔法士は三名が同行する。
エセルはカイルへの支援に専念し、他の騎士たちの支援は二番と三番が担うことになった。
「――念のため、確認しますが……」
エセルは、彼にだけ聞こえる声で問いかけた。
「……手加減なしで、いきます」
カイルは前を向いたまま、短く応じる。
「ああ。後のことなど、気にしていられる相手ではない」
わずかな沈黙ののち――
エセルは、ほんの一瞬だけ後頭部をカイルの胸に預けた。
「――私も、同行します。術師として、最善を尽くしたいので」
「……もちろんだ。頼りにしている」
――断られなかった。
戦場で彼に信頼されていることに、エセルは胸の奥でその喜びをそっと噛みしめた。
まもなく――ケッフェの古城に辿り着いた。
崩れた城壁に囲まれた開けた城跡で、古竜ドレークは騎士たちと激しくぶつかり合っていた。
咆哮は慟哭。
狂乱に染まった目からは、赤い涙がしたたり落ちている。
その巨躯をよじり、鱗が剥がれ落ちようとも。
振り回した尾の骨が砕けようとも。
彼は止まることを知らず、目に入るすべてに無差別に牙を向けていた。
「ヴァルデン卿、出陣感謝する!
竜殺しの貴君が来たなら、もう安心だ!」
当主自ら騎士隊を率いるハイン公爵が、馬上から真っ先に声をかける。
――ここは、ハイン公爵の領地だった。
「――これはもはや、王国を揺るがす国難です。
我が騎士団の名誉にかけて――切り伏せてみせましょう」
カイルは毅然と言い切ると、エセルに手綱を預け、ひらりと馬から飛び降りた。
「――筋力増強、五倍。速度、五倍。簡易シールド、前方展開!」
エセルの声が凛と響く。
鎧の下でカイルの筋肉が唸り、額に青筋が浮かぶ。
「カイル・ヴァルデン参るっ! 道を開けろぉっ!!」
咆哮とともに地面を爆ぜさせ、まっすぐドレークへと駆けた。
――人の速度ではない。
騎士たちが即座に身を引き、道を開ける。
迫り来る気配に、ドレークが顔を上げた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
「――揚力最大。重力軽減!」
エセルの支援が重なる。
カイルの身体は、高く――さらに高く、ドレークの巨躯を越えて舞い上がる。
そして、頂点。
一瞬の静止。
「――重力増加、最大っっ!!」
エセルの腕が、振り下ろされた。
カイルの身体が、長剣と一体となって、流れ星のように墜ちる。
その瞬間。
真正面にドレークを捉えた、カイルの横顔が見えた。
――すまない、安らかに……
エセルの心に、確かにその声が届いた。
そして――
天を仰いだドレークの脳天から心臓まで、
切っ先が一気に貫いた。




