第二十二話 逆転の種
「王都に駐屯している第一から第三騎士団および、第六騎士団は、即刻北の森へ!
第一騎士団長に指揮権を一時的に委譲する!」
王城内の駐屯所に着くなり、カイルは各騎士団長を招集し、号令を発した。
息をつく間もない、ほとんど怒号に近い声だった。
「カイル団長は?!」
年若い第二騎士団長のエリック・フィンゼンが、不安を隠しきれずに問い返す。
“魔術師の塔”の危機は、まだごく限られた者にしか知らされていない。
カイルは、背後を指し示した。
そこには、市街突破に同道した第六騎士団のバルザック隊が、武装したまま控えている。
「第六騎士団の三部隊は、引き続き私の指揮下に入れ。
私は付与魔法士隊を護衛し、おまえたちの後を追う。
諸事情により、魔法士団長は出られない。――一番様が指揮をとられる」
「――しかし……我々が先行しても、付与魔法士さまのご助力なしには、とても……」
「生身で戦えとは言わない」
カイルは淡々と遮った。
「それに、待たせるつもりはない
状況を把握しろ。進路上の住民を退避させろ。
重要施設を避けるための陽動――やるべきことはいくらでもある」
「「はっ!」」
騎士たちは胸の前でこぶしを握り、鋭く返事をした。
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カイルは北へ向かう部隊を、王都の東西と北の三方向の城門から出陣させた。
「団長――ダメです。あいつら、今度は絶対逃がさないつもりですよ」
バルザックが馬を寄せる。
陰のように、プリニーツ伯の私兵が、カイルたちを追って付け回していた。
「ああ……臨時拠点に残っている魔法士も、一網打尽にしたいのだろう……どこまでも姑息な……」
カイルも背後や物陰に視線を走らせ、吐き捨てる。
「――今は時間が惜しいです」
エセルはカイルを見上げた。
「臨時拠点の魔法士を全部連れて、とりあえず王都を脱出してもいいんですから――急ぎましょう」
やがて、臨時拠点のドアの前までたどり着くと、エセルは駆け込み、カイルも厳重に警備を命じて彼女の後を追う。
狭い廊下を抜け、さらに奥の扉を大きく押し広げる。
「付与魔法士は出陣準備してっ! 北森の王が錯乱して、王都に向かっているっ!」
ソファーで歓談していた令嬢たちが、色めき立って立ち上がる。
他の魔法士たちも、次々とエセルのもとへ集まってきた。
「ヘルマンさんは? マデルナさんはどうしたの? 一緒に王城へ行ったはずでしょう?」
「第三十五号事案はどうなった!」
「国王陛下は? 我々はこれから――」
口々に飛ぶ声。
エセルはそれを振り切るように、首を横に振った。
「陛下にはお会いできてない。
その前に、団長も、同行した魔法士も……マデルナさんも、みんな――」
一瞬、言葉を切る。
「ローデリック殿下と、プリニーツ伯爵、それに魔術管理局に……捕まったの」
「そんなっ!」
「こんな時に北森の王が?!」
「どうしたらいいんだ……」
エセルは一同を見回し、いつもより低く、腹に据えた声で言った。
「ヘルマンさんは、私に付与魔法士隊をまとめて、騎士隊とともに北へ向かうよう指示されたわ。
幸い、付与魔法士は全員無事――前線には六名出す」
「今ここには八名いるわ。全員で行きましょう。残りは後方に回ればいい」
美しい令嬢――以前三番の覆面を付けていた声の付与魔法士が、即座に声を上げた。
「俺たち魔法士隊にできることはないのか?」
横から屈強な魔法士が割って入る。
それに応じるように、他の魔法士たちも一斉に前へ出た。
「今回の北森の王――ドレークは、魔法が効かない。戦いの主力は騎士隊になるわ。
もしよければ、付与魔法士を箒に乗せて、前線まで運んでほしい」
「よし、いいぞ!
しかし、付与魔法士を乗せて自由に動ける者となると……五名が限界だな……」
魔法士は周囲を見回し、短く見積もる。
「十分よ。では下位五名が魔法士隊の箒に同乗。私含む上位三名は騎士隊に同乗させてもらいましょう。
それから――、この臨時拠点も、狙われてる。今は外を騎士隊が守っているけれど――」
エセルが眉をしかめると、先ほどの魔法士が声をあげた。
「承知した。それなら、君たちが出立した後に、ドアを付け替えておくよ。
今も空間をねじって、王都にあるドアの一つにこの部屋を繋げているにすぎないんだ。
新しいドアは追って連絡する。」
「それなら安心ね。」
エセルが、ふっと笑った。
小一時間と待たず、エセルをはじめ付与魔法士たちはいつもの真っ白な服へと着換え、それぞれ番号のついた面布を付けて並んだ。
一番を付け、先頭に立ったのはエセルだった。
先ほどの令嬢は、今回は二番を付けている。
「それでは、付与魔法士どの、参りましょう。」
カイルが、略式の騎士の礼をとり、エセルを導く。
――もう、カイル様は、全部わかっている。
それでも。
私を“付与魔法士の一番”として扱ってくれる。
エセルは、カイルの手を強く握り返した。
――だから、きっと、大丈夫。
「はい――行きましょう。」
エセルは、覆面の下ではっきりと言った。
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「よーし、魔法士どもは尋問室へ押し込めろ!」
レイブル次官の号令で、魔術管理局の局員は、魔法士たちに枷を付けると、
二人一組で荷物のように運び、魔術管理局の建物の地下にある尋問室へと放り込んだ。
ヘルマンとマデルナ、それから高位の魔法士が五名の、総勢七名が、冷たい石の床に転がった。
ガシャンと大きな音がして、錠が落ちる。
「――見張りも立てないとは……舐められたものだな……」
年長の魔法士が苦笑した。
「まあ、二日間動けないのは事実だからねぇ。いやあ、無様無様~」
ヘルマンがへらへらと笑うと、別の魔法士が苦虫をかみつぶした顔で言う。
「よく言うよ。あんたにはマデルナ嬢がいるじゃないか。
ちゃっかり巻き込んで――」
「そりゃあそうだよ。俺は彼女が居なきゃなーんにもできないのだし。」
「……天才魔術師がよく言う――」
低く吐き捨てる声が、石壁に反響した。
どれくらい経っただろうか。
状況を達観して、昼寝を始める魔法士もいた頃――
荷下ろしに使うリフトの滑車が、重くきしむ音が地下に響いた。
やがて、男たちの会話する声と、複数人の足音が近づいてくる。
「では――セリーナ公女……実地の試験でございます。」
揉み手をしながら、やに下がった笑みを浮かべるプリニーツ伯爵。
彼の横には、車椅子の少女――セリーナ・アルシア。
得意げに胸をそらしている。
「ふふん、任せなさい。で、どうしてほしいの?」
「彼らは、この国の魔術師だが、いささか反抗的でね。
僕の私兵にしてね。帝位簒奪の先鋒に据えたい。」
答えたのは、ローデリック第五王子だった。
「いいわね! アルシア公爵家再興にも、一役買いそう!」
床に這いつくばる七名を見下ろして、セリーナはまるでドレスを選ぶような気軽さで、軽く手を打ち鳴らした。
「それでは――先ほどお教えしたように――」
横合いからレイブル次官が優し気に言うと、セリーナは自信満々で両手を魔法士たちへと突き出した。
わずかに目を閉じ――
彼女の周囲に、魔力が満ちていく。
『汝らは、神聖帝国のしもべ――、聖帝ローデリック猊下の手足である――』
奇妙な響きが、地下に広がった。
魔法士たちの表情が、ぼんやりと焦点を失っていく。
「「「――我らは、猊下のみ心のままに……」」」
やがて、七名の声が重なった。
「――たった一言で、この人数を……この実力者たちを……」
レイブル次官が畏怖を口にする。
「やはり、“言霊の聖女”の血脈は、すばらしい。」
プリニーツ伯爵の目が怪し気に光った。
「はははは、セリーナ、素晴らしいぞ!
神聖帝国の帝位についた暁には、おまえを正妃に迎えてやろう!」
嬉し気に彼女の手を取ったのはローデリック。
けれどもセリーナはツンとそっぽを向く。
「勿体ないお話ですが――私の心はカイルただ一人。
彼を次期アルシア公爵に迎えるつもりですのよ?」
「ならば――、君の力で王立騎士団全ても、我が手に篭絡してもらわねばな!」
「もちろんです。私の声があれば、誰だって意のままですわ!」
セリーナがうなづくと、ローデリックは高笑いする。
「ははは! 我が手には“言霊の聖女”、王国の魔術師――やがて騎士隊も手に入ろう。
我が血族を追い落とした憎き奴らを一掃し――
母の……そして祖父の無念を、晴らすのだ……!」
やがて、一同が去って行ったあと――
マデルナが、むくりと身を起こす。
「もしもーし……ヘルマンさーん。」
枷をうっとおし気に彼へ這い寄るが、ヘルマンは、恍惚とした顔のまま答えない。
「あーあ、みっともないったらありゃしない……。
さあ、皆さん――“目を覚まして”」
パンッ――
空気がはじけた。
途端に、魔法士たちの瞳に、意志の光が戻った。
「――すまない……すっかり我を失っていた……」
ヘルマンが、夢から覚めたように目をしばたかせる。
マデルナは唇を噛み、血をにじませた。
「さ、あなたの番の血をどうぞ――
痛いのでさっさと治してくださいね?」
そう言って、マデルナは唇を寄せた。
次の瞬間――拘束していた魔力の蔦がはじけ飛び、ヘルマンの四肢に自由が戻る。
「動けりゃ十分だ。解呪なんて朝飯前だ」
ヘルマンは言うなり、魔法士たちへと術をかけ、次々と解き放っていく。
「――こちらも……私の唇も、さっさと治してください。痛いです。」
唇を突き出して不満げに言うマデルナに、
「悪い悪い」
と軽く返し、ぺろりと舐める。
傷はあっという間に消えた。
「魔術の番って、便利ですよねぇ。」
マデルナは、にやりと笑った。




